日本物理学会誌
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78 巻, 8 号
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巻頭言
目次
解説
  • 高橋 優樹, 野口 篤史
    原稿種別: 解説
    2023 年 78 巻 8 号 p. 446-455
    発行日: 2023/08/05
    公開日: 2023/08/05
    ジャーナル 認証あり

    2019年にGoogleは53量子ビットを有する量子コンピュータを用いて,ある特定の問題を現在最速のスーパーコンピュータを使った場合よりも格段に速く解くことができることを実証した.これは,量子コンピュータの古典コンピュータに対する「優越性」を初めて実験的に示した成果だった.

    一方で,いま世に存在する量子コンピュータの全てが,「誤り耐性」を獲得するに至っていない.量子コンピュータ内の情報は波動関数の確率振幅というアナログ値を使って表現されるため,訂正を行わない限りエラーは蓄積し続け,計算はある時点で破綻してしまう.量子誤り訂正符号とそれを使った誤り耐性量子計算は,この問題に対する解決法を提供するものの,その実現には現在のハードウェアの限界をはるかに超えた膨大なリソースが必要となる.誤り耐性量子計算に向けて,量子ゲート操作の精度を落とさずに数千~数万の量子ビットを集積できるハードウェアを探索することが焦眉の研究課題となっている.

    量子コンピュータを実装する物理系の候補は様々あるが,イオントラップ中に捕獲され,レーザー冷却されたイオンもそのうちの一つである.イオントラップ系の大きな特長は,長いコヒーレンス時間を持つ量子ビットを比較的容易に準備できることにある.これは,固体系の量子ビットと異なり,イオンは超高真空中に浮揚して捕獲されるため,外界の擾乱からよく隔絶されているためである.また,原子の同一性から量子ビット間のばらつきが発生しない.トラップされた複数のイオンはクーロン結晶を形成し,その運動状態はイオン間に働くクーロン斥力により結合し,集団振動モードを形成する.イオン間の距離は通常数ミクロン程度あるため,異なるイオンの内部状態は互いに自然には結合しないが,レーザーなどの輻射場により集団振動モードを介して結合を誘起することができる.特にスピン依存力と呼ばれる手法を用いると,同一のクーロン結晶内にあるイオンであれば,その間の距離によらず量子もつれゲートを作用させることができる.

    このように,イオントラップでは,外界から保護された良質な量子ビットが利用でき,それらの間の相互作用を輻射場で任意に制御できる,という量子コンピュータを実装する上で理想的な環境が手に入る.一方で,単一のイオントラップ内に捕獲して制御できるイオン数には現実的な上限が存在する.これはイオン数の増大に伴って,集団振動モードの数とそれらの間のクロストークが増大するため,量子ゲートの忠実度が下がってしまうのが主な原因である.

    この課題を克服するために,単一のイオントラップだけにイオンを捕獲するのではなく,複数のイオントラップを用いてそれらを量子的に接続する方法が追求されている.代表的な手法として,複数のトラップゾーンを用意し,イオンを物理的に輸送することで異なるゾーンを接続する量子CCD,異なるイオントラップを光子を介して接続する量子光接続が存在する.イオントラップ型量子コンピュータの大規模化にむけて,このような「イオントラップを接続する」技術が今後必須になると考えられる.加えて,個々のイオントラップにおけるトラップ寿命や量子制御の精度の向上を目的とした極低温環境でのイオントラップや高精度マイクロ波ゲートの実現も重要な研究課題である.

最近の研究から
  • 川口 一朋, 長尾 秀実
    原稿種別: 最近の研究から
    2023 年 78 巻 8 号 p. 456-460
    発行日: 2023/08/05
    公開日: 2023/08/05
    ジャーナル 認証あり

    タンパク質は生物機能の中心を担っており,他の分子(低分子や他のタンパク質,脂質,核酸等)との複合体形成は,様々な生物機能に直結する.例えば,ウイルスカプシド(殻)は数十から数百のタンパク質が会合して安定な複合体を形成することで,内部の核酸を保護するための殻を形成する.他にも,複合体形成は分子認識,不活化したタンパク質の再活性化,タンパク質間の電子伝達など様々な生物機能に直結している.

    近年では,スーパーコンピュータなどの並列計算機の著しい発展により,全原子モデルを用いた大規模・長時間の分子動力学(MD)シミュレーションが可能になり,原子レベルで構造やダイナミクスを観察できるようになってきた.また,ミクロな原子運動とマクロな生命現象の中間の領域を理論的に解析,考察するために粗視化モデルが使われることがある.粗視化モデルを用いたシミュレーションにより,フェムト秒程度の原子レベルの速い運動を無視して,大規模な構造変化やマイクロからミリ秒程度の長時間のダイナミクスを効率的に観察することができる.

    特にタンパク質内相互作用の粗視化モデルは,長時間のシミュレーションが必要なフォールディング過程の研究のために発展してきた.これに加えて,生物機能に必要な複合体形成過程の研究を進めるには,タンパク質間相互作用の粗視化モデルの発展が必要となる.

    我々は,タンパク質間相互作用の粗視化モデルを発展させ,複合体の会合・解離過程のダイナミクスを追跡することで,複合体形成によって進行する様々な生物機能の理解を目指している.

    一例として,小型の水溶性タンパク質GCN4-pLIのシミュレーションを紹介する.GCN4-pLIは四分子で安定な複合体(四量体)を形成する.シミュレーションから得られた構造を実験結果と比較することで,モデルの妥当性を確認した.タンパク質間の相互作用として疎水性アミノ酸間の引力のみを考えた場合に,実験で得られている構造に近い構造を得ることができた.ただし,会合した状態でモノマー間の配向は変化しており,アミノ酸間の疎水性相互作用のみでは一つの構造に安定化しなかった.

    疎水性相互作用に加えて,荷電性アミノ酸間の静電相互作用も考慮することで,配向も安定な四量体構造が得られた.四量体の会合には疎水性相互作用の寄与が強いが,配向の安定化には静電相互作用が必要であることがわかった.また,系の自由エネルギー変化を四量体の慣性半径とオーダーパラメータの関数として表した(自由エネルギー地形).これにより,四量体形成経路を示し,配向変化に関する実験結果を説明できた.

    別の例として,細胞分裂の進行に関わるサイクリン依存性キナーゼ4(CDK4)の構造安定性と複合体形成に関するシミュレーションを行い,CDK4の構造変化と複合体形成について調べた.CDK4は常温で天然構造とオープン構造の両方を取り得るが,サイクリンD3により天然構造が安定化されることが示唆されている.

    シミュレーションの結果から,オープン構造から天然構造への構造変化が見られ,実験既知の天然構造の他に,未知の安定構造が得られた.この構造はCDK4の二つのドメインの間にサイクリンD3がはさまれるような形で安定化しており,実験では得られていない中間体構造の存在を示唆している.

  • 志村 恭通, 常盤 欣文
    原稿種別: 最近の研究から
    2023 年 78 巻 8 号 p. 461-466
    発行日: 2023/08/05
    公開日: 2023/08/05
    ジャーナル 認証あり

    絶対零度付近で起こる物性物理学の基礎研究の対象が,磁気冷凍という技術に応用され新たな展開を見せている.近年,絶対零度付近に大きな比熱,即ちエントロピーを持つイッテルビウム(Yb)化合物が,磁場を使うことで,1 K以下まで冷却できる磁気冷凍材料として実用可能であることが分かってきた.

    現在,0.1 Kを下回る極低温を生成する手段としては,希釈冷凍法が主流である.しかし希少なヘリウム3ガスに加え,ガスを循環させる複雑なシステムが必要であるため,手軽に冷やすことはできない.一方,磁気冷凍は,磁場を印加した磁性体材料を断熱環境下に置き,磁場を下げるだけで冷却できる.断熱環境下ではエントロピーが不変のため,磁場掃引において磁気モーメントの乱雑さを保とうとする分温度が低下する.

    このように磁気冷凍は,シンプルな原理で冷やすことができるため,適切な磁性体が見つかれば,極低温生成のハードルを下げることができる.しかし,現在までに実用化されている極低温用の磁気冷凍材料は,到達温度が比較的高い酸化物のガーネットや,0.1 K以下まで到達できるものの,不安定で扱いにくく,熱伝導率が低く熱を伝えにくい常磁性塩のみである.

    希土類元素のひとつであるイッテルビウム(Yb)を含む化合物は,磁気秩序を示す場合でも,磁気モーメント間の相互作用が弱いため,磁気相転移温度が1 K以下である場合が多く,極低温用の磁気冷凍材料として有力である.さらに性能向上のために,磁気相転移温度を下げ,エントロピーをより低温側まで保持する機構として,以下の二つの効果がある.一つは,Ybの結晶中での配置によりYb3+の磁気モーメント間の磁気相互作用が互いに競合し,一つの安定した磁気秩序構造を取りにくくする“幾何学的フラストレーション”効果である.もう一つは,Ybの持つ磁気モーメントと金属中の伝導電子の相関効果である.これにより伝導電子が大きな有効質量を持つ“重い電子状態”が形成される.

    我々は上記の効果に着目し,比熱などの物性測定を通じて,高性能で使いやすい極低温用のYb系磁気冷凍材料を探索してきた.具体的には,幾何学的フラストレーション効果を利用した三角格子量子磁性体KBaYb(BO32および,重い電子状態形成を利用した(Yb, Sc)Co2 Zn20,YbCu4Niである.前者は磁気冷凍による最低到達温度が0.02 Kと非常に低く,後者は金属であるため,1 K以下で問題となる熱伝導率の急減がない.我々はさらに,これらの大型試料を合成し,それを市販の冷凍機に搭載して,実際に磁気冷凍の試験を行い,十分に実用に耐えうることを実証した.

    現在までにYbを含む化合物は数多く知られており,磁気冷凍の鍵となるエントロピー特性は様々であるが,冷却材としての報告はまだごく少数しかない.したがって今後,基礎物性研究と応用材料開発をつなぐ学際的研究として,大いに発展するかもしれない.さらに,極低温は物性研究だけでなく,宇宙物理学や量子情報分野にも必要とされており,本研究をきっかけとして,様々な科学者にとって極低温環境が身近になることを期待している.

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