日本物理学会誌
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79 巻, 1 号
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巻頭言
目次
交流
  • 藤原 義久
    原稿種別: 交流
    2024 年 79 巻 1 号 p. 4-11
    発行日: 2024/01/05
    公開日: 2024/01/05
    ジャーナル 認証あり

    経済というと株価を思い浮かべる読者も少なくないだろう.しかし,経済の基幹はやはり,モノやサービスを通した付加価値の生成過程に他ならない.すなわち,企業が他の企業から原材料や製品などを仕入れて,それに付加価値を付け,他の企業,最終的には消費者に販売するという一連の生産(production)こそが実体経済のエンジンである.よく知られているGDP(国内総生産)は一定期間に生み出された付加価値の正味の総和である.

    付加価値を次々と付加するこれらの過程全体は,図(右下)のように,ノードを企業,リンクを仕入先・販売先の取引関係とする,実に複雑かつ巨大なネットワークを形成している.これを生産ネットワークとよぼう.生産には,原材料や製品などのモノに加えて,労働(labor)と金融(financing)も必要である.そこには,労働の供給=家計すなわち消費者,カネの貸し手=金融機関すなわち銀行という異なる経済主体も存在する.図は経済のごく一部である企業,金融機関とその間における,企業間取引(黒線),銀行間金融(青線),銀行・企業間金融(赤線)を示す模式図である.このように経済には多元的な経済ネットワークが存在する.

    ところで,例えば生産ネットワークの取引関係は一般に信用(credit)に基づく.例えば,仕入先企業への支払いは一定期間中に行うという信用に基づいて行われるのが普通だ.金融機関からの借入金,労働者の賃金も信用をベースにしているといえる.このような信用関係は,逆に見れば,いかなる経済主体も別の経済主体から,ネットワークの関係性を通してさまざまな影響を受ける可能性があることを意味している.

    経済危機はもちろん,連鎖倒産,原材料などの価格高騰,災害によるサプライチェーンの途絶,疫病による需要の急激な落ち込みなど,さまざまな経済ショックが経済ネットワーク上で伝播するとき,その規模,範囲,時間スケールとその原因を把握することは非常に重要な課題である.

    その把握にあたっては,経済ネットワークの構造やその上での経済ショックの伝播を理解することが必要である.近年,これまで蓄積されてきた,経済ネットワークに関する大規模なデータによって,その理解が飛躍的に進んだ.その例としていくつかの結果を以下にあげる.

    ・多くの経済ネットワークでは,各ノードのもつ関係性の数は裾野の長い分布をもち,しばしば「少数の巨人と多数の矮人」とよばれる著しい性質をもつ.

    ・各ノードのネットワーク的な性質は,その経済主体のサイズ,産業,地域などの特性と密接な関係があり,クラスターまたはコミュニティ構造とよばれるネットワーク内の粗密構造をもつ.

    ・モノやカネの流れを有向グラフとみなすと,巨大なコアとその上流や下流の成分からなる独特の蝶ネクタイ構造が存在する.

    ・上流や下流の中で占めるノードの位置を定量化し,循環流を抽出するヘルムホルツ–ホッジ分解という離散数学の手法が有用である.

    ・災害や疫病の影響下など,経済ショックの伝播においてこれらの構造がもつ役割が,大規模なシミュレーションで少しずつ明らかになりつつある.

最近の研究から
  • 松永 隆佑, 神田 夏輝, 池田 達彦
    原稿種別: 最近の研究から
    2024 年 79 巻 1 号 p. 12-17
    発行日: 2024/01/05
    公開日: 2024/01/05
    ジャーナル 認証あり

    高強度パルスレーザーを気体に照射すると,入射光の整数倍の周波数を持った光が発生する.これは高次高調波と呼ばれ,レーザーを使ってコヒーレントで制御性の高い紫外線や軟X線領域の光パルスを生成できるため,アト秒科学や高分解能光電子分光において活用されている.2014年頃からは固体による高次高調波発生も報告されるようになり,よりコンパクトかつ安定な軟X線光源の開発や,固体中で生じる非摂動論的な非線形光学応答への興味から,近年活発に研究が進められている.

    高次高調波発生の研究では通常近赤外から中赤外の光源が用いられるが,筆者らは中赤外よりさらに数十倍波長が長い,テラヘルツ帯(周波数約1 THz,波長約300 μm程度)の高次高調波発生に注目している.テラヘルツ(1012 Hz)帯は,情報通信で用いられる電波(109 Hz)と可視光(1015 Hz)のちょうど中間に相当し,技術開発が他より困難な帯域である.この帯域で高効率な周波数変換を実現できれば,次世代の高速エレクトロニクスにおける非線形素子開発に繋がる可能性が期待される.

    この点でまず注目されたのは,質量ゼロの相対論的ディラック電子を有するグラフェンである.ディラック電子をテラヘルツ電場によってエネルギーバンド内で加速することで巨大な非線形電流が誘起されることが2007年に理論的に予測された.その後グラフェンに高強度テラヘルツパルスを照射する実験が数多く行われたが,長らくの間,高調波は観測されなかった.2018年になって巨大加速器から発生させた高強度テラヘルツ光源を用いた実験により,ついにグラフェンからのテラヘルツ周波数帯の高調波発生が観測され,非線形感受率が他の物質と比べて7桁から18桁ほども大きいという特殊な性質が実証された.しかし,それほど高い非線形感受率を持ちながらなぜそれまでの実験では観測されなかったのかという疑問とともに,高調波の発生メカニズムについてもディラック電子とは無関係な熱力学的解釈が提唱されるなど,解明すべき点が多く残されていた.

    筆者らは,グラフェンは原子一層の2次元物質であるために相互作用体積が少なすぎることが周波数変換効率を制限していると考え,代わりに砒化カドミウム(Cd3As2)に注目した.Cd3As2はディラック半金属と呼ばれ,電子が3次元的に質量ゼロのように振舞うことが2014年頃に発見されて以来,その性質に注目が集まっている.筆者らはCd3As2であれば数百nmの厚さの薄膜によってグラフェンより遥かに大きな相互作用体積を実現することができると考え,実際に室温かつテーブルトップ実験で観測可能なほど高効率なテラヘルツ高調波の発生を観測した.さらに,テラヘルツ電場で加速されている真っ只中にある電子の応答をポンププローブ分光によって詳細に調べることで,この巨大な非線形応答が,確かにディラック電子のバンド内加速モデルで説明されることを実験と理論の両面から明らかにした.

    近年ディラック半金属とともに,空間反転または時間反転対称性が破れたワイル半金属にも大きな注目が集まっている.これらは総称してトポロジカル半金属と呼ばれ,3次元的に質量ゼロの電子が存在する.そのためグラフェンに類似した特異な光応答をバルクとして巨視的に引き出すことが可能であり,特に低周波数帯でその特徴が顕在化するため,従来にない機能性を持った光エレクトロニクス素子の実現が期待される.

  • 金井 駿
    原稿種別: 最近の研究から
    2024 年 79 巻 1 号 p. 18-23
    発行日: 2024/01/05
    公開日: 2024/01/05
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    色中心のスピンは固体中で外場から孤立した安定な量子ビットを構成する.中でも傑出したスピンコヒーレンス特性を持つダイヤモンド中の窒素–空孔複合体中心(ダイヤモンドNV中心)は,量子ビットの最も確立された材料系であり,量子計算,量子テレポーテーション,量子暗号通信,量子センシングなど,多彩な量子機能性を実現してきた.

    近年,ダイヤモンドNV中心と類似の磁気的,光学的性質を持つSiC中の空孔–空孔複合体中心(VV中心)が,新たな固体中のスピン中心として理論的に提案され,実験実証された.SiCはダイヤモンドと比較して安価であり,また成熟した基板作製技術やドーピング制御技術が利用可能であることから,高度な電気的制御と検出をはじめとした新しい応用が期待されている.これまでに主に注目されてきた材料系とは異なる特長を持つ材料による,新たな量子機能を模索する機運が高まった.

    電子スピンの量子ビット応用の可能性を決める性質の中で,量子情報を保持することが可能な時間は,忠実度を決める最も重要な特徴の一つである.特に,電子スピンのコヒーレンス時間(T2)はスピン中心と外場,すなわち母体材料との熱的,磁気的,電気的相互作用により決定され,材料の量子情報の保持時間の上限を決定する.ダイヤモンドやSiCのような単結晶のワイドギャップ材料においては,T2は電子スピン–核スピンの磁気的相互作用に支配される.磁気的相互作用を加味したT2は,密度行列の時間発展により計算され,ごく簡単な系に対する厳密解が半世紀前には既に報告されていた.一方,スピンダイナミクスに数千の核スピンが関連する実材料に対しては,莫大な計算コストによりT2の計算は不可能であると考えられてきた.

    最近,計算規模を大幅に低減するクラスター相関展開(CCE)近似を適用することで,数日~数分で数値計算されたT2が実験結果を精度良く再現することが明らかになった.CCE近似によるT2計算を量子材料探索に適用することで,優れたT2が得られる量子ビット材料を同定することが可能である.

    T2は有限の磁気モーメントを持つ核スピンの濃度に反比例(指数-1.0でスケール)することが理論と実験両面から知られている.我々は,CCE近似に基づくT2計算から,この濃度に対するT2のスケーリング関係を確認し,この関係が量子ビット向けの材料では結晶構造に依存しないことを明らかにした.さらに,T2のスケーリング関係を核スピンのスピン量子数,核スピンのg因子,電子スピンのg因子に拡張し,それぞれに対するスケーリング関係が独立であることを明らかにした.母体材料の磁気的相互作用はこれらの核スピン物理量により一意に決まるため,単体材料に対するT2の代数表現を得ることに成功した.また,単体材料のT2から精度良く化合物材料のT2を導く手法を明らかにし,最終的に一般の化合物材料に対するT2の代数表現を得た.

    本表現によりT2を瞬時に予測可能である.結晶構造データベース上の12,000種のワイドギャップ材料についてT2を予測し,ミリ秒~数十ミリ秒の優れたT2が予測される天然材料を約800種明らかにした.このうち,ミリ秒のコヒーレンスが予測される材料は,SiC以外はすべて酸化物およびカルコゲナイドであることがわかった.最近の固体中のスピン中心を用いた新しい量子情報研究の機運が高まることが期待される.

  • 寺田 健太郎, 二宮 和彦
    原稿種別: 最近の研究から
    2024 年 79 巻 1 号 p. 24-29
    発行日: 2024/01/05
    公開日: 2024/01/05
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    生命を育む水惑星「地球」は,いつ,どのようにしてできたのだろうか? この古くて新しい「自然科学の大命題」に地球惑星科学者は挑み続けている.1970年代に提唱された太陽系形成の古典的標準モデルでは,元素組成的にはほぼ均質な原始太陽系星雲から惑星が誕生した,とする.そのうえで,H2Oが昇華/凝固する仮想的な境界線「スノーライン」より内側では岩石ダストのみが集積し地球のような岩石惑星が,外側では岩石ダストに加えH2Oの氷ダストも原始惑星の材料として集積し,巨大ガス惑星,巨大氷惑星へと進化したと考える.その後,多種多様な太陽系外惑星や原始惑星系円盤が直接観測され,我々の太陽系はあまたある惑星系のバリエーションの一つであるという世界観がもたらされたものの,揮発性元素の挙動が惑星の多様性を決定するという基本的なシナリオは変わっていない.

    一方,隕石学でも近年大きな進展があった.同位体比の分析精度が劇的に向上し,有効数字5,6桁での測定が可能になった.これにより我々が手にする太陽系物質(地球の石,種々の隕石,月・小惑星イトカワからのリターンサンプル)は,同位体組成の異なる2種類のリザーバーから形成されたことが明らかになった(“炭素質”のcarbonaceousを表すCCグループと,それ以外のNCグループ(not-carbonaceous)).このような同位体分別のシナリオとして,ALMA望遠鏡による原始惑星系円盤の直接撮像(右図)をヒントに,原始木星の誕生が原始太陽系星雲を分断し,同位体の2分性を引き起こしたという考え方が主流となりつつある.

    このような背景のもと,小惑星探査機「はやぶさ2」は,反射スペクトルからCCグループと似ている地球近傍C型小惑星リュウグウから5.4グラムのサンプル採取に成功した.筆者らは「石の物質分析」を行う初期分析チームのサブグループとして,素粒子ミュオンを用いて小惑星リュウグウの最も基本的な情報である元素組成を決定した.この分析では,人工的に作ったミュオンを試料に打ち込み,放出される特性X線の測定を行う.分析法の最大の利点は,従来の電子由来の特性X線と比べ,200倍大きいエネルギーのX線が利用でき,1 cm程度の岩石試料内部の元素を透視することができることにある.この特長を活かし,123 mgという初期分析チームの中では最大量のリュウグウ試料を,非破壊で,地球大気に晒すことなく,炭素,窒素,酸素を含む主要元素の定量に成功した.その結果,リュウグウ試料は,揮発性元素に富み太陽組成に最も近い,炭素質隕石(CI隕石)と概ね似た組成をしていることが明らかになった.これは太陽系誕生以来,リュウグウは大規模な化学分別を経験していないことを意味する.さらに重要な知見として,リュウグウの酸素濃度がCI隕石と比べ約11%少ないことが明らかになった.これはこれまで太陽系固体物質の基準とされていたCI隕石が,地球物質の汚染を受けていたことを示唆する.

    初期分析の他の結果から小惑星リュウグウは,従来のCCグループよりも低温環境,すなわち太陽から遠い場所で誕生したこと,Fe,Ti,Niの同位体比が,CCやNCグループとは異なることがわかった.これらの知見から,ミュオン非破壊分析によって我々は,約46億年前の土星以遠の固体物質の,揮発性元素を含む平均組成を決定できた,ということができる.

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