日本物理学会誌
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73 巻, 10 号
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巻頭言
目次
解説
  • 南谷 英美, 髙木 紀明
    原稿種別: 解説
    2018 年73 巻10 号 p. 690-699
    発行日: 2018/10/05
    公開日: 2019/05/17
    ジャーナル フリー

    電子の持つスピンが電子同士の相互作用や軌道角運動量と相関することで,多彩な物性が立ち現れてくる.その典型例が,近藤効果とスピン軌道相互作用である.近藤効果は,磁性不純物を含む非磁性金属などにおいて,不純物の局在スピンと伝導電子が相互作用し,磁気モーメントの消失や重い電子状態の源となる多体状態,いわゆる近藤一重項を形成する現象である.スピン軌道相互作用は,スピンを持った電子が異方的な軌道運動をすることで生じる相対論的な効果であり,同じ全スピンを持つが異なる磁気量子数を持つ状態間の縮退を解く.このエネルギー分裂は磁気異方性をもたらし,原子分子分光の分野ではゼロ磁場分裂と呼ばれる.上記のように,近藤効果もスピン軌道相互作用も,特異な電子状態を生じることに本質があるが,その情報を直接的に取得することはバルク物質では難しい.

    それを可能とする場が表面である.表面に特化したナノスケール測定技術の一つ,走査トンネル顕微鏡(STM)を用いて微分コンダクタンススペクトルを測定すると,近藤一重項やゼロ磁場分裂は特徴的な構造としてスペクトル中に現れる.電子相関やスピン軌道相互作用に由来する複雑な電子状態を反映したスペクトルが直接的に可視化できること,そしてその元になっている相互作用強度までが分かることは,実験研究者だけでなく理論研究者にとっても,実験との協力を強固かつ容易にし,また新しいモデルや現象についてのインスピレーションを得ることもできるため非常に魅力のある点である.

    このようなSTMによるスピン分光の歴史は,1990年代の表面上の磁性原子に対する研究から始まった.程なくして表面に吸着した磁性分子においても同様の観察が可能であることが報告されだした.原子の次は分子を吸着させるという流れは,一見すると単純な拡張にも思えるが,生じうる現象は奥行きをぐっと増す.分子合成技術を駆使すれば,周期表上にある磁性原子の数を遥かに凌ぐ,数百数千のバリエーションを持った様々なスピン状態を持つ磁性分子を作ることができる.配位子や構造が生み出す分子ならではの特徴的な電子状態・スピン状態によって,原子とは異なるタイプの近藤効果や磁気異方性を生じる可能性はあるのだろうか? 表面と相互作用することで分子の磁性自体はどのように変わるのだろうか? STMの探針を用いて分子を動かして,分子構造を変形させることや人工的なナノ構造を形成した場合には何が起きるだろうか?など興味は尽きない.

    著者らは,理論と実験の協働によって,金属単結晶表面に吸着した鉄フタロシアニン分子において吸着構造が表面原子半個分ずれるだけで,対称性の違いによる軌道縮退の有無によって異なる近藤効果が表れることを明らかにした.また,STMの探針を用いて分子操作することによって,近藤一重項状態から異方的スピン状態への量子相転移を人為的に制御できることを示した.これらの結果は,分子吸着系は,新奇固体物性を実現しうる新たな“play ground”となることを示唆している.

  • 宇佐見 康二, 中村 泰信
    原稿種別: 解説
    2018 年73 巻10 号 p. 700-709
    発行日: 2018/10/05
    公開日: 2019/05/17
    ジャーナル フリー

    物理学を球に例えるとそこには2つの極がある.一つの極には簡潔で洗練されたプラトニックなイデアに先導された世界が,もう一方の極には実験技術の素晴らしい向上とともに開拓されてきた現実的でカオティックなメタファーの世界が広がっている.ジョージアイ(Howard Georgi)によれば,“Good physics must embrace these antipodes”とのことであるが,共振器量子電気力学はまさにその“Good physics”に当てはまる.

    イジングモデル(Ising model)やハバードモデル(Hubbard model)が,それぞれ統計力学と強相関電子系のイデアとすれば,共振器量子電気力学にとってのイデアは,ジェインズ–カミングスモデル(Jaynes-Cummings model)である.ジェインズ–カミングスモデルは単一の原子とその原子に共鳴する1つの量子化された電磁波モードとの電気双極子相互作用を記述する.共振器を導入することで1つの共振器モードと優先的に原子を相互作用させることが可能となるため,理想的には,原子の自然放出による緩和レートや共振器の有限のQ値に起因する緩和レートより,原子と共振器モードの間の結合レートの方が速い状況を作り出すことができる.このような強結合領域での共振器量子電気力学は原子と電磁波モードのエンタングルド状態を制御して生成できることから,「量子系の制御」の雛形としての地位を確立してきた.

    ジェインズ–カミングスモデルは2準位系と調和振動子が結合した物理系を記述するモデルであるとして,より抽象的な視点に立つと,物理的実体として様々な系で共振器量子電気力学のメタファーが展開できる.例えば,ラム–ディッケ領域(Lamb-Dicke regime)でのイオントラップの物理は,真空中にトラップされたイオンの内部自由度を2準位系,イオンの重心の振動モード―フォノン―を調和振動子と見なすことで共振器量子電気力学のメタファーとなる.このイオントラップの物理は,駆動光を利用することで光領域に遷移周波数のある2準位系とラジオ波領域に遷移周波数のある振動モードの間をパラメトリックに結合させるという新たな可能性を提供した.

    このパラメトリック結合のパラダイムは,RF共振回路,マイクロ波共振器,または光共振器を用いて,マクロな機械振動子の振動モードを量子的に操作する共振器エレクトロ/オプトメカニクスというさらなるメタファーを生みだした.共振器オプトメカニクスは,今や常温環境下のマクロな機械振動子においても量子力学の世界を垣間見ることを可能にしている.

    共振器量子電気力学を磁性物理学の文脈で見ると,強磁性共鳴におけるスピンとマイクロ波の間の磁気双極子相互作用や,マグノン誘起ブリルアン散乱におけるスピンと光の間のスピン–軌道相互作用を介した相互作用を共振器で増強できる可能性が浮かびあがる.ジェインズ–カミングスモデルというイデアは,今,強磁性体スピン集団における集団励起の量子―マグノン―を共振器電気力学の知見を活かして量子的に制御する「共振器マグノニクス」という新たなメタファーを創生しつつある.共振器マグノニクスは,スピントロニクスやマグノニクスを量子の世界へ導く鍵を握っているかもしれない.

最近の研究から
  • 江成 祐二, 浅井 祥仁, 花垣 和則
    原稿種別: 最近の研究から
    2018 年73 巻10 号 p. 710-714
    発行日: 2018/10/05
    公開日: 2019/05/17
    ジャーナル フリー

    2012年7月のヒッグス粒子発見の記者会見を思い出す読者も多いと思う.たかが素粒子1つで何の騒ぎと訝る方もいらっしゃるかもしれない.ヒッグス粒子の発見は,単に「標準理論」最後の未発見粒子が発見されたという話ではない.ヒッグス粒子はこれまで発見されていた素粒子とは全く異なるカテゴリーの素粒子であり,我々を取り囲む「真空」に関係している.真空は,空っぽなのではなく,「ヒッグス場」と言う場が隠れていたことが判明したのであり,我々の住んでいる宇宙の進化や将来を決める,まことに凄い役割を果たしている.

    また,「もう見つかったんだよね.あと何を研究してるの?」と思う方もいると思う.実は2012年に発見されたのは,ヒッグス粒子が,力を伝える素粒子(W ±粒子やZ 0粒子)に質量を与える反応であった.(真空が弱い力の電荷に満ちているため,弱い力が遠くまで伝わらず,W ±粒子やZ 0粒子が質量を持つように見える.実に素直な機構である.)しかし,2012年の段階では,物質を形作る素粒子(クォークやレプトン)に質量を与えているか否かまでは分からなかった.

    物質を形作る素粒子に質量を与える機構は,非常に不思議な機構で,これを考案したワインバーグ(S. Weinberg,1979年ノーベル物理学賞受賞)は,「標準理論を家に例えると,この機構は便所のようなもの」(お食事中の方には失礼!)と例えたくらい,かなり理論的に不自然で無理をしている.物質を形作る素粒子の質量の起源は別の可能性もあった.電子を例に考える.スピン上向き下向きの2状態は同じだと思うのは間違いである.進行方向と同じ向きのスピンの(右巻き型)電子と反対向きのスピンの(左巻き型)電子は,弱い力の電荷を持たない電子と持つ電子の「赤の他人」である.質量がないと電子は光速で運動しているので,ローレンツ変換により相対位置が変わることがなく,スピンの向きも変わらないため,2つの状態が混合することはない.しかし,我々の住んでいる真空は右巻き型と左巻き型を換える,弱い力の電荷に満ちている.弱い力の電荷を持たない電子(右巻き型)は,“時々”真空から弱い電荷をもらって,別の電子(左巻き型)に化けると標準理論では考えられている.この“時々”の割合が,電子だとO(10-6)と滅多に起きず,トップクォークだとO(1)で頻繁に起きるからだと強弁している.6桁も違うなんて不自然だと考えるのが自然である.

    この不自然さを明らかにするため,LHCはエネルギーを増強し,衝突頻度も向上させて研究を行った.実験結果は,第3世代の素粒子(トップクォーク,ボトムクォーク,タウレプトン)については,反応が観測され,測定誤差が大きいながらも標準理論の形式通りであった.自然はかなり不自然に無理をしていたのだ.そして,第1,2世代については,まだ反応は観測されていないため,予想通り,第3世代にくらべて十分小さいことが分かった.物質を形作る素粒子は3世代あるが,ヒッグス場との結合の強さの違いが世代を分けていることが分かった.ヒッグス場との結合の強さの違いは世代が1つ上がる度に約100倍強くなっていく.この大きな違いを理解することが,次の大きなテーマになる.

  • 加藤 康之, 木村 健太
    原稿種別: 最近の研究から
    2018 年73 巻10 号 p. 715-719
    発行日: 2018/10/05
    公開日: 2019/05/17
    ジャーナル フリー

    電気磁気効果は,電場によって磁化が誘起されたり,磁場によって電気分極が誘起されるといった電気磁気間の交差応答現象である.これは,電流よりも電力消費量がはるかに少ない電圧による磁化制御や,THzの周波数領域における高速磁化制御が可能であるなど,デバイスへの応用の観点からも注目を集めている現象である.電気磁気効果の発現は,系がもつ対称性と密接な関係がある.電場Eと磁場Bは,それぞれ空間反転と時間反転対称性を破る外場である.EB=0においてこれらの対称性を有する系では,EBの反転に対して自由エネルギーFが不変である.したがって,FEBで展開したときの最低次の結合項をαμν Eμ Bνと表すと,αμν=0である.この結合係数αμνは線形電気磁気テンソルと呼ばれる.これより,αμνが有限の値をもち,EBに関して線形の電気磁気効果が発現するためには,空間反転と時間反転対称性が両方とも破れている必要がある.

    これらの対称性が同時に破れた反強磁性体Cr2O3ではじめて線形電気磁気効果が確認されたのは1960年のことである.その後,2003年のTbMnO3における巨大な非線形電気磁気効果の発見を契機として再び注目を浴びることとなった.これまで主に,同物質で見られた螺旋磁気構造に伴う電気磁気効果が精力的に調べられてきたが,最近では,これらとは趣の異なるものとして,磁気多極子が引き起こす電気磁気効果が注目を集めている.ここでいう磁気多極子とは結晶中の複数の磁性イオンが織りなす空間反転と時間反転対称性を同時に破ったスピン配列のことであり,例えば平面上の渦状スピン配列がそれにあたる.それでは,こうした磁気多極子型のスピン配列はどのような系において実現するのであろうか? また,その電気磁気効果の微視的起源は何か? これらの問いに対する我々の実験と理論の協働研究を紹介する.

    我々が磁気多極子を実現する系として着目したのは,空間反転対称性を破る磁気ユニットを内包する磁性体である.その典型例が,Cu4O12ユニットを内包する反強磁性体Ba(TiO)Cu4(PO44である.このCu4O12ユニットは,第4のジョンソンの立体「正四角台塔」に類似した凸状構造を形成している.この非対称な形状と反強磁性的なスピン間相互作用に由来した非自明なスピン配置が期待される.実際,Ba(TiO)Cu4(PO44において,磁気転移温度(TN=9.5 K)以下で,磁気四極子型のスピン配列が発生することが中性子回折から明らかとなった.さらに,TN近傍で,磁場による反強誘電状態の発現を示唆する特異な誘電異常が観測された.

    この誘電異常の起源を明らかにするには,本系の磁性を記述する理論模型が必要である.我々は,全磁化曲線に見られた磁場方向に依存した顕著な磁化ジャンプを手掛かりとして,磁化曲線全体を再現する理論模型の構築に成功した.この模型を用いて電気磁気効果に起因する誘電率の磁場変化を計算したところ,TN近傍で観測された反強誘電的誘電異常もよく再現することがわかった.

    この模型の特筆すべき点は,スピン配位の非共面性が,正四角台塔の凸形状由来の反対称相互作用によることを明らかにした点である.このことから,凸状構造を有する他のジョンソンの立体型の磁気ユニットが実現できれば,同様の機構を通じた多彩な電気磁気活性が期待できる.さらに,磁場中で種々の磁気秩序相と電気磁気効果が現れることが模型計算により予測されており,今後の実験を刺激している.

  • 樋口 卓也
    原稿種別: 最近の研究から
    2018 年73 巻10 号 p. 720-725
    発行日: 2018/10/05
    公開日: 2019/05/17
    ジャーナル フリー

    エレクトロニクスの進歩の歴史は,その速度向上の歴史と言っても良い.エレクトロニクスの速度を決める要因は多々あるが,その中でも特にここでは電流をどれだけ短い時間で発生させられるかを考えてみよう.通常のエレクトロニクスが扱える時間よりもずっと短い時間だけ光るパルスレーザーを用いてその限界を調べる試みが進められている.

    フォトダイオードなどの通常の光受信機を用いると光のパルスが受信機を通っている間に徐々に電流は発生し,光の強度を電流として測定できる.しかしこの場合,我々が測定しているものは光強度の1周期平均であり,光の電場波形そのものではない.

    光の強度が強くなり,その光の電場の強さが物質の中で電子が感じている力よりも強くなると,電子が光の振動する一周期よりも短い時間で動き出すことができる.この時,電子の応答は光電場に対して非摂動的な非線形性を示し,応答の結果は光の(1周期を平均した)強度だけによっては決まらず,詳細な電場波形の時間発展の様子によって決定される.実際にこのような現象はこれまでガス状の原子や分子,透明な絶縁体などで発見されてきた.

    それではエレクトロニクスに欠かすことのできない良導体では光の電場で電子を駆動することはできるのだろうか.しかしこのような実験は電気を流す物質では実現が難しかった.これは金属は通常光の反射や吸収が強く,物質の中にまで強い光が届かないために,その中の電子が強い光を感じることができないからである.

    そこでグラフェンを用いることでこの困難を乗り越え,光の電場によって電子を駆動することで光の一周期より短い時間(1フェムト秒以下)で電流を流し始め,光の波形によってその電流の向きを制御することに成功した.グラフェンは良導体ではあるものの,原子一層分の厚みしかないために,光の反射や吸収が少ないという特徴がある.

    ここで重要となってくるのは,光が当たっている間,光の電場による加速によってグラフェン中の電子の運動量が時間とともに変化することである.この運動量の変化量が大きくなると,光と物質の相互作用を摂動展開した時にその展開が収束しない領域に達する.すると電子の運動はLandau-Zener過程のように振る舞い,光の1サイクルよりも短い時間で電子がバンド間を遷移するようになる.

    さらにこのような短い時間になると,電子の量子力学的な波としての性質が重要になってくる.この研究では,光の振動の半周期の間に起きる電子の波の経路干渉(Landau-Zener-Stückelberg干渉)によって電流の向きが決定されることが分かった.この経路干渉の結果は光によって駆動された電子の波数空間での軌道に大きく依存しており,光の偏光によってこの軌道を自在に操ることで電流の向きを光の1サイクルよりも短い時間でスイッチすることができることも明らかになった.

    光は1015 Hz程度の高い周波数で振動しているので,本来電気信号が扱えるよりもずっと多くの情報を単位時間あたりに運ぶことができる.この高い密度の情報を読み取れる原理が示されたことで,光を直接電気信号のように扱えるエレクトロニクス技術への一歩が踏み出せたと言える.

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