日本物理学会誌
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71 巻, 7 号
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巻頭言
目次
物理学70の不思議
現代物理のキーワード
解説
  • 向山 信治
    原稿種別: 解説
    2016 年 71 巻 7 号 p. 452-462
    発行日: 2016/07/05
    公開日: 2016/10/04
    ジャーナル フリー

    現在の宇宙の加速膨張は,一般相対性理論に基づいて説明しようとすると,ダークエネルギーの存在を示唆する.ダークエネルギーは,もしも本当に存在するのであれば,負の圧力を伴うことで万有斥力を生じ,宇宙が膨張すると体積に比例して増加する(つまりエネルギー密度が一定)という,驚くべき性質を持つはずである.しかし,その正体は全く分かっていないのが現状である.

    歴史的には,19世紀に似た状況が知られている.惑星の軌道の観測により,水星の近日点移動が発見されたが,ニュートン力学では説明できなかった.そこで,人々は見えない惑星を導入して説明しようとした.この仮説上の惑星はヴァルカンと呼ばれ,発見したと主張した人もいた.これは,いわばダーク・プラネットである.しかし,本当の答えはダーク・プラネットではなく,“重力理論を変える”ということだった.一般相対性理論は水星の近日点移動を見事に説明し,ニュートン力学に変わる,新しい重力理論としての地位を獲得したのだった.

    この歴史的事実を鑑みれば,少なからぬ研究者が「ダークエネルギーを導入する代わりに,一般相対論を変更することはできないか?」と考えるのも理解できるだろう.ダークエネルギーは,一般相対性理論で加速膨張を説明しようとすると必要だが,もしも重力が長距離で変更を受けるのなら,もしかすると必要ないのかもしれない.

    重力は重力子によって媒介されると考えられているが,一般相対性理論において重力子に質量はなく,その結果,重力は長距離にまで作用する.一方,もしも重力子に質量を与えることができれば,重力の長距離での振る舞いが修正されるだろう.重力子が質量を持つ可能性,すなわちmassive gravityについての研究は,1939年にFierzとPauliが線形理論を提唱して以来,長い歴史を持つ.しかし,1972年にBoulwareとDeserが非線形レベルでの不安定性を指摘してからは,長い間,重力子は質量を持てないだろうと考えられてきた.約40年後の2010年になってやっと,この不安定性の問題を解決する理論が,de RhamとGabadadzeとTolleyによって提唱された.この理論は,3人のイニシャルをとってdRGT理論と呼ばれる.

    理論的整合性を持つmassive gravity理論の候補が見つかったので,多くの研究者が,それを宇宙論に応用して,加速膨張などの宇宙の謎に挑戦したいと考え始めた.そして,ダークエネルギーがなくても加速膨張する解が発見された.しかし,間もなくして,この解を含め,dRGT理論における一様等方な宇宙論解は,全て不安定であることが示された.この新たな不安定性を回避して,massive gravityにおける宇宙論を始めるためには,二つのアプローチがある.一つは,同じ理論において新しいタイプの宇宙論解を見つけることである.たとえば,等方性を通常の物質からは見えないところで破ることで,新しい宇宙論解が発見されている.もう一つのアプローチは,新たな理論を構築することである.これまでに,extended/new quasidilaton,bimetric gravity,minimal theory of massive gravity等において,安定な一様等方宇宙論解を見つけることに成功している.

最近の研究から
  • 伊藤 暁, 奥村 久士
    原稿種別: 最近の研究から
    2016 年 71 巻 7 号 p. 463-468
    発行日: 2016/07/05
    公開日: 2016/10/04
    ジャーナル フリー

    分子シミュレーションは分子の構造や運動を計算機を用いて数値的に調べる方法である.分子シミュレーションの代表的な手法として,分子動力学法とモンテカルロ法が挙げられる.分子動力学法は運動方程式を離散化して数値的に解く手法である.一方,モンテカルロ法は乱数を用いることで任意の統計アンサンブルを発生させる手法である.これらの手法をタンパク質を含む系に適用することで,タンパク質の運動や性質を原子レベルで調べることが可能である.

    タンパク質はアミノ酸がつながったひも状の分子であり,生体内では多くの場合特定の立体構造(天然構造)に折れたたまれている.アミノ酸は天然には20種類存在しており,それぞれ大きさや性質が異なっている.このため,アミノ酸の配列の違いによりタンパク質の天然構造が異なる.タンパク質はそれぞれ固有の構造に折れたたまることで,生命活動の維持に必要な機能を発現する.したがって,タンパク質の天然構造を知ることはタンパク質の機能を理解する上で不可欠である.

    分子シミュレーションを用いて,タンパク質の天然構造を原子レベルで調べようとする時,大きな問題が生じる.タンパク質が天然構造に折れたたまるのに要する時間は多くの場合ミリ秒以上である.一方,一般的な並列計算機を用いて,タンパク質の分子シミュレーションを行う場合,計算コストの問題でミリ秒をこえる現象を捕えることは困難である.タンパク質の折れたたみに時間がかかる理由は,タンパク質の折れたたみ過程で多数の自由エネルギー障壁が存在し,この自由エネルギー障壁をこえるのに時間を要するためである.分子シミュレーションにより,実際の折れたたみに要する時間よりも短い時間でタンパク質の折れたたみを捕えるためには,実際よりも短い時間で効率的に自由エネルギー障壁を乗りこえる手法の開発が必要である.筆者らはそのための手法としてレプリカ置換法及びハミルトニアンレプリカ置換法の開発を行った.

    タンパク質は天然構造に折れたたまれている時には生命維持に必要な機能を発現するが,天然構造ではない間違った構造に折れたたまると病気を引き起こすことが知られている.このような病気をミスフォールディング病と呼び,代表的なものとしてアルツハイマー病が挙げられる.アルツハイマー病の特徴の一つとして,患者の脳にアミロイド線維と呼ばれる不溶性の線維の沈着が見られることが挙げられる.このアミロイド線維はアミロイドベータペプチドが凝集することで形成されている.アミロイド線維の形成過程を明らかにすることはアルツハイマー病治療のために重要と考えられるが,未だにその過程の詳細は明らかになっていない.アミロイドベータペプチドによるアミロイド線維形成は,実験室系では数時間から数日程度の時間,生体内では数年から数十年で起こるが,これを通常の分子シミュレーションで調べることは時間スケールのギャップにより不可能である.筆者らは,ハミルトニアンレプリカ置換法を用いることで,アミロイドベータペプチドのフラグメントにおけるアミロイド線維形成の初期過程の詳細を明らかにすることに成功した.

  • 中村 輝石, 身内 賢太朗
    原稿種別: 最近の研究から
    2016 年 71 巻 7 号 p. 469-473
    発行日: 2016/07/05
    公開日: 2016/10/04
    ジャーナル フリー

    宇宙の構成要素のうちで通常の物質は5%でしかない.―宇宙マイクロ波背景輻射の観測などの結果から導かれた,最新の宇宙像である.残りの1/4は銀河や銀河団を重力的に結び付けている「暗黒物質」と呼ばれる未知の物質,3/4は宇宙の加速膨張の源として働く「暗黒エネルギー」と呼ばれる未知のエネルギーである.

    暗黒物質の存在は,1930年代に銀河団中での銀河の運動を説明するために,ツビッキーによって提唱された.その後1970年代になると銀河の回転曲線を説明するために,銀河を「ハロー」のように取り囲む暗黒物質の存在が示唆された.2000年代には,宇宙マイクロ波背景輻射の観測等によって,宇宙全体での暗黒物質の量が議論されるようになってきた.このように銀河,銀河団,宇宙全体という異なった階層での存在が確認されている暗黒物質であるが,その正体は全く不明である.

    暗黒物質の性質を解明すべく世界中で様々な実験的研究が行われている.それらは大別して 1)加速器で暗黒物質を生成し信号を検出する(加速器実験) 2)銀河中心などにとらえられた暗黒物質同士の対消滅からの信号を検出する(間接探索) 3)暗黒物質と通常の物質との反応を検出する(直接探索)の3つに分類することができる.本稿で取り扱うNEWAGE(NEw generation WIMP search with an Advanced Gaseous tracking device Experiment)実験は直接探索実験のひとつである.

    暗黒物質直接探索実験では,我々の住む天の川銀河にとらえられている暗黒物質と,検出器を構成する通常の物質との反応で検出器が得るエネルギーを検出する.ただし,こうした「検出器」は我々の身の回りに多く存在するガンマ線や中性子などの通常の物質に対しても反応し,バックグラウンドとなる(通常の粒子線検出器を,暗黒物質直接探索のための検出器に「借用」しているといった表現の方が近い).バックグラウンドの多くは宇宙から飛来する「宇宙線」と呼ばれる粒子線に由来するため,宇宙線を避けるために直接探索実験は地下深い実験室で行うことが一般的である.NEWAGEは,東京大学宇宙線研究所神岡宇宙素粒子研究施設の地下実験環境を,共同利用により使用させて頂いている.

    右下の図に暗黒物質と太陽系の銀河内での運動を模式的に示す.暗黒物質は銀河内でランダムな方向に運動していると考えられており,太陽系の速度で一定の方向に運動する我々には「暗黒物質の風」が吹き付けているように感じられる.NEWAGEではこれまでの直接探索実験で得られるエネルギー情報に加えて,反跳された粒子の飛跡という情報を加えることで暗黒物質の到来方向の検出を可能とし,暗黒物質直接検出の強い証拠を得ることを目指す.

    NEWAGEは,国内で開発された三次元飛跡検出器を用いた実験で,方向に感度をもつ暗黒物質探索分野で世界をリードしている.今回新たに製作した検出器「NEWAGE-0.3b′」を用いて神岡地下実験室で観測を行い,これまでに得られていた制限を約一桁更新した.現在は,感度を向上して暗黒物質の検出を目指すために,検出器起源のバックグラウンド低減を進めている.

  • 石田 邦夫, 那須 奎一郎
    原稿種別: 最近の研究から
    2016 年 71 巻 7 号 p. 474-479
    発行日: 2016/07/05
    公開日: 2016/10/04
    ジャーナル フリー

    光照射を受けた物質内での励起状態の緩和過程については,古くから膨大な研究が蓄積されている.この中で励起後の数psec程度の時間内で,明らかに励起電子の協同的ダイナミクスが関与していると見られる現象が,この20年程の間に,次々と発見されてきた.これら一連の現象は「光誘起協力現象」と呼ばれており,われわれは,その発現機構を解明すべく,光励起直後の協力的動力学過程について様々な理論的研究を進めてきた.多くの場合,電子励起状態の緩和に伴って格子系,すなわち結晶構造にも「巨視的」な変化が見られる.これは強い電子・格子相互作用の関与を示唆していることから,我々は,光学フォノンモードと結合した局在電子系モデルを用い,過渡的な結晶構造変化に焦点を絞って数値計算によるアプローチを進めてきた.この場合には,光励起直後のFranck-Condon状態の生成を引き金として核形成過程が誘起され,励起エネルギーが格子振動として系内を伝搬しながら,電子状態および結晶構造の巨視的変化が進行する.このような現象は「光誘起ドミノ効果」とも呼ばれているが,特に電子状態ダイナミクスの非断熱性が重要な役割を果たすと考えられることから,ポテンシャルエネルギー面の交叉点における波束分岐のダイナミクスが重要となってくる.

    光誘起核形成過程の理解のために,パターン形成理論との関連が議論されていたが,最近になって最初期のダイナミクスの詳細を明らかにするには,成長界面としての基底状態・励起状態間「境界」の時間変化に着目することが極めて有用であることがわかってきた.特に,境界の形状を幾何学的パターンとして捉えると,拡散律速凝集(DLA)などから類推される通り,そのフラクタル性が当然問題となる.しかし,格子変位や励起状態占有率の空間分布が形成する幾何学的パターンを議論するには,より複雑なパターン解析の手法も必要となってくる.本研究ではマルチフラクタルの概念を用いて,こうした幾何学的パターンをモノフラクタル集合の和集合として捉え,核形成過程の初期ダイナミクスの詳細な解析を進めたところ,光励起(吸収)によって生成されるFranck-Condon状態がそのまま光誘起核にならずに,Franck-Condon状態が非断熱遷移を繰り返しながら励起状態を激しく組み換え,その結果,核成長に直接繋がる状態が生成されるという,初期核形成の「2段階性」がわかってきた.こうした核が形成されたのち,系の時間発展はほぼ断熱的に進行し,光誘起ドメインの成長過程へと移行する.したがって,光励起直後の緩和過程において,核成長可能な励起状態が生成されることが,光誘起協力現象の可否を決める条件の一つであり,この現象の機構,あるいは発現条件を考える上で,理論・実験両面において重要な示唆を与えることができると期待される.

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