日本物理学会誌
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78 巻, 7 号
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巻頭言
目次
交流
  • 工藤 和俊, 岡野 真裕, 紅林 亘
    原稿種別: 交流
    2023 年 78 巻 7 号 p. 390-398
    発行日: 2023/07/05
    公開日: 2023/07/05
    ジャーナル 認証あり

    神経細胞を含む多様な細胞の集合体であるヒトの身体は,身体をとりまく地球環境がそうであるように,外界との間にエネルギーの移動があり,要素同士が複雑に相互作用し,束の間の秩序を保ちながら時間発展し自己組織化する非線形・非平衡開放系である.この非線形・非平衡開放系を解析し記述する方法論としての力学系アプローチはこれまで,身体におけるミクロな神経細胞の相互作用から,よりマクロな個体の振る舞い,さらには個体集団の集合的な振る舞いを共通の数理によって記述することに成功してきた.

    その具体例の1つは,身体運動の揺らぎの構造に関する研究である.絶えず変化し続ける身体ゆえに,たとえ立位で静止しようとしても姿勢を固定して留め置くことはできず,同一の運動を正確に再現しようとしても常に変動が付きまとう.これらの運動の時系列は,しばしば自己相似性(フラクタル性)を示すとともに,運動の学習段階や制御特性に応じてそのスケーリング指数が変化していく.また,このスケーリング指数は立位,歩行,会話を含むさまざまな運動や行為において,個人のダイナミクスすなわち個性を反映する指標になりうる.近年ではさらに,複数の人々が関わる場面を解析対象とすることで,対人間(たいじんかん)におけるダイナミクスレベルでのグローバルな協調関係を定量化する試みが進められている.

    もう1つの具体例は,ヒトの周期的な身体運動における協調パターンに関する研究である.ヒトの身体運動においては,歩行,ダンス,音楽演奏など,様々な周期的運動の協調パターン変化を,非線形力学系の秩序パラメータ変化に伴う分岐現象として記述できることが明らかになった.これにより,運動の学習プロセスを力学系の時間発展として理解することが可能になるとともに,「無秩序(試行錯誤)から秩序へ」という学習進展だけでなく「既存の秩序から新たなる秩序へ」という種類の学習プロセスを数理的に記述することが可能になった.

    これらの数理モデルはまた,パフォーマンスの急激な向上や学習停滞(プラトー)など運動の学習プロセスにおける様々な現象が,力学系の時間発展に伴い自発的に生じうることを示唆している.ヒト同士の社会的相互作用についても,対人間の運動協調課題において個人単独とは異なる振る舞いの創発が報告されており,結合振動子系モデルによってこの現象が再現されている.また,対人間における運動の協調がヒトの向社会行動を促進することが明らかにされており,ヒト社会において時代や地域を問わず普遍的に存在する音楽やダンスの社会的機能や役割について,定量的な解析が可能になりつつある.

    以上のとおり,身体を非線形力学系として捉えるという立場から,ヒト個体のみならず,ヒト集団の社会的振る舞いを含めた幅広い時空間スケールの現象を統一的に捉えることが可能になる.このような物質・生命・社会の境界を越えたスケールフリーの法則性を見出そうとするアプローチは,ヒトの振る舞いを微視的な物質要素から説明しようとする立場に対する相補的な方法論として,今後さらなる発展が期待される.

最近の研究から
  • 岡田 寛, 清水 勇介, 谷本 盛光
    原稿種別: 最近の研究から
    2023 年 78 巻 7 号 p. 399-403
    発行日: 2023/07/05
    公開日: 2023/07/05
    ジャーナル 認証あり

    モジュラー形式がクォーク・レプトンのフレーバー問題と出会った.モジュラー形式がフェルマーの最終定理の証明で重要な役割を果たしたことは知られている.一方,フレーバー問題とは,クォーク・レプトンのフレーバーの起源の問題であり,それはクォーク・レプトンの質量スペクトルとフレーバー混合パターンの解明でもある.これらは,世代の謎とも呼ばれ,1937年のミュー粒子の発見の際,ラビ(I. I. Rabi)が発した「誰がそれを注文したのか」という疑問以来続いているものである.近年では,ワインバーグ(S. Weinberg)は,解明したい謎のトップにクォークとレプトン質量のパターンを挙げている(CERN Courier, 13 October 2017).今年は,CP対称性の破れをクォークの三世代を導入して説明した小林・益川論文から50年目にあたる.Cとは荷電共役のことでプラスとマイナスの荷電の入れ替え,Pとはパリティのことである.この2つの組み合わせのCP変換は,わずかに破れており,それが宇宙の物質が反物質にくらべ圧倒的に優勢であることの必要条件となっている.

    世代は,質量は異なるが性質が同じであるクォークとレプトンのセットが三度繰り返し現れることから命名されている.この問題を,対称性から理解しようという研究は50年前からあったが,大きく発展した契機は,1998年のスーパーカミオカンデによるニュートリノ振動の発見である.この発見によりニュートリノ質量の存在が明らかとなり,クォークと同様,フレーバーの混合角の大きさが測定された.その結果は,クォークの場合から予想した値を覆し,最大の45度にも迫るものであった.クォークの場合と同様に,CP対称性の破れを測定しようとする長基線ニュートリノ振動実験も稼働し,その兆候が捉えられている.これらの実験結果により,フレーバーに非可換離散対称性があるとされ,多くの研究がなされた.フレーバーの大角度混合は,有限群の対称性から導くことができる.

    有限群の起源として超弦理論が挙げられる.10次元の超弦理論が余剰な6次元をコンパクト化して4次元理論になる時,内部空間に対称性が現れる.この対称性は,モジュラー群に由来するものでありモジュラー対称性と呼ばれる.この空間をフレーバー空間とみたてると,クォーク・レプトンのフレーバーの振る舞いをモジュラー対称性のもとで理解できる.モジュラー群は無限個の元をもつ群であるため,そこから有限群をとりだす.どのような有限群が実現するかは超弦理論のダイナミクスによる.

    モジュラー群に付加的な条件であるレベルNを指定すると,有限群が得られる.そして,重さkという量を決めると,対称性の高いモジュラー形式が現れる.それは,内部空間の形状を決める係数であるモジュラスτの正則関数である.これらが,質量の生成機構であるヒッグス場とクォーク・レプトンの結合(湯川結合)に,有限群の非自明な変換をする粒子のごとく加わる.すなわち,湯川結合定数は自明な定数ではなく,対称性の変換のもとで非自明に変換する擬粒子である.モジュラー対称性は,モジュラスτを固定すると破れ,モジュラー形式はある数値に固定される.質量のフレーバー構造はモジュラー形式によって決定されることになる.

    モジュラー対称性のフレーバー物理への適用が進む一方,フレーバー問題の解決に向けて,モジュラーフレーバーモデルの理論的深化は続いている.

  • 北村 想太, 青木 秀夫
    原稿種別: 最近の研究から
    2023 年 78 巻 7 号 p. 404-409
    発行日: 2023/07/05
    公開日: 2023/07/05
    ジャーナル 認証あり

    物質の量子相や物性を制御する新しい手段として光照射が注目を集めている.光照射のもとでは系は必然的に非平衡状態になり,従来の平衡での物性では想起し難い様々な新奇物性が現れ得る.一般にこうした非平衡系の取り扱いは難しいが,レーザーを当てた場合には,時間に関して周期的な変調をハミルトニアンに与えるので,フロッケ理論と呼ばれる周期的変調を持つ線形微分方程式の一般論を適用することにより見通しのよい解析が行えることが知られている.

    特に,円偏光レーザーを用いると系の時間反転対称性を陽に破ることが可能であり,従来の物質設計が元素や結晶構造に関わったのとは対照的に“時間軸上の設計”となり,これまで実現が難しいと考えられてきた新奇量子相を実現させようという試みが精力的に探索されている.時間反転対称性は非自明なトポロジカル相の実現において重要な役割を果たすが,実際,光によってトポロジカル相転移を制御できることが,グラフェンを円偏光によってトポロジカル絶縁体に相転移させる理論提案とその実験的実現を皮切りに明らかにされてきている.

    超伝導体においては,とりわけトポロジカル超伝導が新奇量子相の中でも基礎応用の両面から強く興味を持たれている物質相であり,光を用いたトポロジー制御はその実現手段の有力候補に思われる.しかし,超伝導のギャップ関数は電荷中性で電磁場と直接結合しないために,光の電場によって超伝導のトポロジーを制御しようという試みは常伝導状態のトポロジーの制御に比べるとずっと非自明な問題であることがわかってきた.そのような事情のために,これまでの研究では超伝導ギャップ関数の構造は変化させず,常伝導状態のバンド構造を光によって変調させるアプローチが主に考案されてきた.

    ここで新たな観点として,強相関物質を光で駆動する対象に選ぶことで,ベースとなるバンド構造だけでなく電子やスピンに働く相互作用をも制御する路が新たな可能性として興味深い.本研究では,光によるトポロジー制御と光による多体相互作用制御を融合させ,超伝導の実効的ペアリング相互作用を変調することでトポロジカル超伝導を実現するという新しいアプローチを提案した.

    そこでは,強相関効果を考慮してはじめて現れる時間反転対称性の破れた相互作用が円偏光照射された斥力ハバード模型には存在し,クーパー対形成の起源となる反強磁性的なスピン相互作用に加えて電荷やスピンのカイラルな相互作用がペアリングに寄与することを明らかにした.平衡で斥力ハバード模型で記述されるd波超伝導をレーザーで駆動して,カイラル相互作用発生のもとでどのように変化するかを調べると,カイラル相互作用は超伝導相関を持つボンド間の相対的位相にひねりを与え,この効果によって通常のd波超伝導がd+id波という“非平衡誘起トポロジカル超伝導”に転換し得ることがわかった.必要な電場強度等を見積もると,フロッケ状態と斥力相互作用の間の一種の共鳴を使えば十分現実的であることが期待される.

  • 遠藤 友随
    原稿種別: 最近の研究から
    2023 年 78 巻 7 号 p. 410-414
    発行日: 2023/07/05
    公開日: 2023/07/05
    ジャーナル 認証あり

    19世紀後半に写真の撮影技術が発展し,肉眼では捉えられない高速な運動をコマ送りで観測する,いわゆるストロボ撮影が可能になった.1878年にマイブリッジ(E. Muybridge)によって撮影された「動く馬」は高速撮影の最初の例として知られ,疾走する馬が“飛んでいる”(蹄が4本とも同時に地面から離れている瞬間がある)ことが明らかとなった.物体の瞬間の姿を捉えるストロボ撮影は物事の理解を深める極めて強力なツールとして,シャッタースピードの向上等,時間分解能の向上が進められてきた.

    特にレーザー技術の発展により時間分解能は飛躍的に向上し,現在では,極短光パルスをストロボ撮影の光源として用いることで,フェムト(10-15)秒からアト(10-18)秒の時間分解能が達成されている.これは分子内での原子核や電子の古典的な運動周期に匹敵しており,化学反応を実時間で捉えることが可能となってきている.

    化学反応はポテンシャル曲面上で反応物と生成物を繋ぐ最小エネルギー経路に沿って進行する,という考えに基づいた固有反応座標(intrinsic reaction coordinate, IRC)が提案され,数多くの化学反応の理解が進んだ.しかし,IRCでは分子の運動が十分にゆっくりである時に通る仮想的な経路を仮定しており,実際の反応では分子の運動によってIRCに基づく予想とは大きく異なる経路を通って反応が進行することがある.例えば,2004年にホルムアルデヒド分子(H2CO)の光解離反応で発見されたローミング反応もそのような反応の1つとして知られている.

    近年の研究により,ローミング反応はH2COだけでなく,NO3やアルコール類などにも存在する普遍的な反応素過程の1つであることが分かってきており,分子性解離,ラジカル性解離に次ぐ第三の解離経路として注目を集めている.大気化学や星間化学における分子の生成経路としてもローミング反応の存在が指摘されており,ローミング反応の詳細を理解することは宇宙環境における分子の多様性や生命の起源等を理解する上でも重要である.

    ローミング反応はこれまで反応生成物の回転振動分光や収量の時間分解計測によってのみ捉えられてきた.これらはローミング反応の間接的な観測に留まっており,ローミング途中の分子の姿を直接捉えた例はなかった.直接観測が困難であった要因の1つは,ローミング反応ではIRCの仮定が成り立たず「解離経路」がうまく定まらないことにある.ローミング反応は最小エネルギー経路を大きく外れて進行するため,個々の分子が全く異なる反応経路(分子構造)を経由する.これはローミング反応中の分子構造を振動状態によって決定することが困難なことを意味している.また,個々のローミング反応は極めて短い時間スケールで進行するため,その様子を実時間で捉えるためには高い時間分解能が必要不可欠である.

    筆者らはフェムト秒時間分解クーロン爆発イメージング計測と第一原理計算を組み合わせ,重水素化ホルムアルデヒド(D2CO)のローミング反応過程を観測することに成功した.実験の各ステップを精密にシミュレートすることで,ローミング反応による分子構造の変化と実験結果を対応づけることができた.この成果は,これまで間接的な観測に留まっていた「ローミング反応」を直接可視化しただけでなく,クーロン爆発イメージング法によって,複数の経路で同時に進行する光化学反応が各経路で異なる分子構造の変化として観測できることを示すものである.本手法は化学反応の実時間計測法の適用範囲を大きく広げ,様々な化学反応の全貌を調べるための強力な研究手段になっていくと期待される.

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