日本物理学会誌
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71 巻, 9 号
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巻頭言
目次
物理学70の不思議
現代物理のキーワード
解説
  • 高橋 龍一
    原稿種別: 解説
    2016 年 71 巻 9 号 p. 598-606
    発行日: 2016/09/05
    公開日: 2017/01/09
    ジャーナル フリー

    宇宙には星や惑星,銀河や銀河団といった多種多様な構造が存在している.これらの構造はいつどのように形成されたのだろう? 宇宙では遠くを見ることにより,過去を知ることができる.そのため,望遠鏡を使い宇宙の構造がどのように進化してきたか,時代をさかのぼって調べることができる.近年の観測技術の向上により,宇宙の太古の時代(ビッグバンから約40万年後)から現在(ビッグバンから約138億年後)まで,進化の歴史を詳細に知ることができるようになってきた.それに伴い構造形成にひとつの問題が浮かび上がってきた.太古から現在まで,構造形成が(理論的に予想されるより)あまり進んでいないように見えるのである.

    宇宙は138億年前のビッグバンにより始まり,現在も膨張を続けていることが観測から確認されている.現代宇宙論は一般相対性理論を用いて,宇宙の膨張史や構造形成史を調べる.一般相対論が宇宙のサイズ(≈1027 cm)でも成り立っていると仮定するため,宇宙論は大スケールでの物理法則をチェックする舞台にもなっている.様々な観測から宇宙の成分の約7割が暗黒エネルギー,約3割が物質(暗黒物質と元素)から成ることが示唆されている.暗黒エネルギーにより現在の宇宙膨張が促進されていると考えられている.暗黒物質は光と相互作用しない未知の物質で,構造形成は暗黒物質の重力が主に働いて進むと考えられている.このように一般相対論に基づいて,暗黒エネルギーと暗黒物質を主成分とする宇宙モデルは,現代宇宙論の“標準モデル”と呼ばれている.

    初期宇宙の物質分布は完全に一様ではなく,非常に小さな密度揺らぎがあったことが宇宙背景輻射の観測から示唆されている.そのため周囲に比べ密度の高い領域は,重力も強いため物質が集まりやすく,その場所で構造が形成されたと考えられている.暗黒物質が重力で集まって暗黒ハローと呼ばれる自己重力構造物を作り,その重力場内で元素(水素,ヘリウムなど)が収縮して,星や銀河を形成したと考えられている.宇宙の密度揺らぎは,太古の時代は宇宙背景輻射の観測から,また現在付近は大規模銀河サーベイから非常に詳細に測られている.近年の観測技術の向上や理論模型の高精度化により,密度揺らぎの振幅は数パーセント以下の精度で決定されている.観測誤差が小さくなってきたことにより,太古と現在の揺らぎの振幅に系統的なずれがあることが知られるようになってきた.理論的な“標準モデル”の予言に比べ,太古から現在まで密度揺らぎがあまり成長していないように見える.宇宙背景輻射により測られた太古の密度揺らぎの振幅が相対的に高く,銀河サーベイ等で観測された現在の振幅が相対的に低い値を示している.また現在の揺らぎの振幅が低いために,銀河団もあまりできていない.この問題は,観測的な系統誤差の可能性も残っているが,“標準モデル”の枠組みで多少モデルを変更しただけでは解決できそうに見えない.本記事ではこの問題の現状を紹介し,解決するために提案されているいくつかのアイデアを紹介する.この密度揺らぎの振幅の不一致問題は,暗黒物質による構造形成モデルの修正や,新しい物理法則の発見に繋がるテーマかも知れない.

  • 糸山 浩司
    原稿種別: 解説
    2016 年 71 巻 9 号 p. 607-616
    発行日: 2016/09/05
    公開日: 2017/01/09
    ジャーナル フリー

    行列模型と言うと,多体問題に造詣の深い読者はM. L. Mehtaによる有名な本“Random Matrices”で取り扱われている原子核のレベル間隔の問題を,あるいは中年以上の弦理論研究者は90年代初頭に集中的に研究されたランダム面に基づく2次元重力やそれに対応する弦理論を思い起こされるかもしれない.本稿で解説するのは,超対称性と呼ばれるボソンとフェルミオンの入れ替えに関する対称性を持つ4次元場の量子論の低エネルギー極限の厳密決定の問題において,行列模型が果たす意外な役割と現在までにもたらした進展についてである.

    K. Wilson以降の現代的な場の量子論の取り扱いにおいては,あるスケールにおける有効理論は,場のそれより高い振動数部分をもとの作用に関して積分することによって得られる.こうして得られた作用を有効作用(effective action)という.超対称性が極小のもの(N=1と名付ける)から拡大された場合(N≥2),あるいはそれが自発的に破れた場合,有効作用はひとつの正則汎関数で特徴づけられる.その低エネルギー極限をFと名付けよう.

    今日まで20年以上にわたりFに関する息の長い発展が続いている.3期に分けてまとめてみよう.拡大された超対称性を持つゲージ理論の真空では,フォトンとその相棒のみが質量を持たずにとどまる.一方真空は,値の決まらないスカラー場の期待値で指定される縮退した真空であることがSeiberg-Wittenの仕事により明らかになり,第1期の発展は始まった.正則関数Fは,リーマン面=代数曲線と,その上に住み無限遠点で極を持つ微分から,陰関数として厳密決定され,今日ではSeiberg-Witten系と呼ばれている.その後ほどなく極の次数を上げる拡大系が提案され,行列模型の自由エネルギーの表式との類似性が明らかになり,後年の発展につながった.第2期は,グルーオンの相棒のグルイーノに関するカイラル対称性が自発的に破れたN=1真空上の有効作用,そのオーダーパラメターを引数とする新たな正則関数Fに関する発展である.この場合の適切なリーマン面は,行列模型の固有値がいくつもの区間に分かれて分布している場合に合致した.正則関数Fの厳密決定問題においては,このオーダーパラメターを超ポテンシャルにあるパラメターと合わせ,拡大系を定義する.この立場からの進展が一挙に進み,最終的には行列模型と同型な場の量子論のSchwinger-Dyson方程式が得られ,謎解きが完了した.N=2真空に戻って,第3期はインスタントン和としてのSeiberg-Witten系の微視的理解に始まった.一方,摂動論のlog補正を受けない場合を親玉とする別のタイプの代数曲線に対しても同型なリーマン面を与える行列模型が定まった.行列模型の分配関数の共形ブロックの積分表示としての顔とインスタントン和としての顔を活用し,いわゆるAlday-Gaiotto-立川関係式の直接生成が実行されている.

    これらの実例により,正則関数Fは適切に定義された行列模型(あるいはその拡張ensemble)の自由エネルギーFと同一視できることが判明してきた.F=F

最近の研究から
  • 水野 恒史, 田島 宏康
    原稿種別: 最近の研究から
    2016 年 71 巻 9 号 p. 617-622
    発行日: 2016/09/05
    公開日: 2017/01/09
    ジャーナル フリー

    暗黒物質とは,質量を持つがそのままでは光や電波などの電磁波を一切出さない物質のことである.銀河や銀河団といった,お馴染みの天体を作り出す構造形成に必要であり,今日の宇宙のエネルギー密度の1/4以上を占めること,また素粒子物理学の標準理論を超える新粒子がその有力候補となっていることから,その正体は現代物理学・天文学の主要な課題の一つとなっている.暗黒物質の探査には,検出器と暗黒物質の散乱を直接検出する直接探査と,宇宙空間における暗黒物質の崩壊や対消滅由来の粒子を観測する間接探査,および加速器で対生成させる方法があり,相補的な役割を持つが,宇宙における暗黒物質の空間分布を知るには間接探査が必須でありその意義は大きい.暗黒物質の候補の一つに,弱い相互作用と重力相互作用しか行わずかつ質量の大きいWeakly Interacting Massive Particle(WIMP)と呼ばれる粒子があるが,暗黒物質として要請される質量や対消滅断面積が,素粒子物理学から期待される質量と断面積の領域に合致することから,最も有力な候補の一つと考えられている.仮にWIMPが暗黒物質であるなら,ビックバン直後の宇宙初期の高温プラズマ中で様々な粒子が生成・消滅する熱平衡状態からの残存粒子と考えられ,今日でも一定の断面積で対消滅を起こし,標準粒子を作り出していると期待される.質量が大きいことから,最終的にはガンマ線を作り出すと考えられ,感度の良い宇宙ガンマ線観測は,暗黒物質探査の強力な手段となる.

    この宇宙ガンマ線による暗黒物質探査で大きな成果を上げているのが,2008年に打上げられたフェルミ衛星搭載Large Area Telescope(LAT)検出器である.暗黒物質由来のガンマ線の観測対象は銀河団や系外背景放射など様々な物があるが,特に銀河中心は高い統計が期待できるという特徴がある.これまでLATのデータ解析により,銀河中心領域に標準的な(銀河宇宙線と星間ガス・星間光子との相互作用や,ガンマ線天体など天文学的な)プロセスでは説明のできない「ガンマ線超過」があること,そのスペクトルが数10 GeV程度の質量を持ったWIMPの対消滅で説明可能なことがいくつかのグループから報告されてきた.初期の報告は標準プロセスの主成分である銀河面放射の扱いに問題が指摘されていたが,その不定性を詳細に検討した結果が最近相次いで報告され,やはりガンマ線超過が必要であることが分かってきた.一方で得られたガンマ線超過スペクトルが銀河面放射モデルに大きく依存することや未検出のガンマ線天体の影響がありうることから,結果の解釈には注意が必要である.実際,矮小楕円体銀河と呼ばれる暗黒物質に富んだ伴銀河の解析では有意なガンマ線放射はみられず,WIMPの質量として100 GeV以下が95%の信頼度で棄却されている.銀河中心のガンマ線超過が暗黒物質以外の起源であったとしても,今後フェルミ衛星搭載LAT検出器による矮小楕円体銀河の観測を継続することで,質量範囲をより広く調べることができる.もしWIMPの質量が数TeV程度以下であれば,次世代の大気チェレンコフ望遠鏡計画とあわせ,今後10年内にWIMP対消滅によるガンマ線信号を検出し,暗黒物質の質量を決めることが期待される.

  • 歸家 令果, 森本 裕也, 山内 薫
    原稿種別: 最近の研究から
    2016 年 71 巻 9 号 p. 623-627
    発行日: 2016/09/05
    公開日: 2017/01/09
    ジャーナル フリー

    電子が原子や分子によって弾性散乱されるとき,散乱電子の方向は変化し得るが,散乱電子の運動エネルギーは変化しない.ところが,この散乱の瞬間に光が存在すると,電子は光の場と相互作用した結果,光子エネルギーの整数倍のエネルギーをもらったり,失ったりする.この現象は,レーザーアシステッド弾性電子散乱(Laser-assisted elastic electron scattering; 以下LAES)と呼ばれる.このLAES過程は,光の場の存在下で電子が原子・分子に散乱された場合にのみ誘起される現象であるため,散乱電子は光の場の中の原子・分子に関する情報を持っている.したがって,LAES過程を観測することによって,原子・分子が光と強く相互作用している状態,つまり,光ドレスト状態を調べることができる.

    LAES過程については,その理論的定式化が1966年に行われて以来,多くの関心を集めてきたが,実験上の困難さから,理論研究が主導的な役割を演じてきた.1976年にCO2レーザー場を用いたLAES過程の実証実験が行われたものの,光の波長が長く,原子・分子系の共鳴波長からは大きく隔たっており,しかも光の強度が低いため,得られた実験結果は,光と原子・分子の相互作用を無視した理論式によって説明できるものであり,光ドレスト状態に関する情報は得られなかった.そのため,より短波長・高強度のレーザー場を用いたLAES過程の観測が長い間待ち望まれていた.

    我々は2010年に,近赤外域のフェムト秒レーザー光を用いて,XeによるLAES過程の観測に成功した.そして,LAES過程によって,光の場からエネルギーを獲得した電子,または,光の場によってエネルギーを失った電子のみを観測すれば,光の場と相互作用している瞬間だけの原子・分子の状態を調べることができること,つまり,LAES過程がフェムト秒領域の光学ゲートとなることを示した.さらに,LAES実験を分子に適用し,電子回折像を観測することによって,極めて高い時間分解能で分子の幾何学的構造の変化を追跡できることを明らかにした.しかし,2010年の研究では,光ドレスト状態の生成を確認するまでには至らなかった.それは,小角部分のLAES信号の観測ができなかったためである.

    1984年の理論研究によって,一光子分だけ運動エネルギーが増減したLAES信号の小角散乱領域には,光ドレスト状態の形成に起因する特徴的なピーク構造が現れることが予測され,その後,そのピーク構造が光と相互作用している瞬間の原子内での電荷の空間分布とその時間変動に敏感に応答することが理論的に示された.我々は,光ドレスト原子の検出を目指して,散乱角ゼロ度付近の小角散乱領域を観測できるように装置改良を進め,ついに,小散乱角領域に現れるピーク構造を観測することに成功した.入射エネルギー1 keVの電子線パルスを高強度レーザー場中においてXe原子に照射することによってLAES過程を誘起し,散乱電子のエネルギー分布と角度分布を測定したところ,一光子分だけ運動エネルギーが増減した散乱電子の角度分布の小角領域に,光ドレスト原子の形成に由来するピーク構造が現れたのである.小角領域のピーク構造を詳細に解析することによって,光の場に応答して原子・分子内の電子分布が如何に変化するかを明らかにできると期待される.本研究の成果は,LAESを用いた超高速原子・分子過程研究の第一歩である.

実験技術
  • 斉藤 学, 春山 洋一
    原稿種別: 実験技術
    2016 年 71 巻 9 号 p. 628-635
    発行日: 2016/09/05
    公開日: 2017/01/09
    ジャーナル フリー

    一般的にイオントラップといえば,交流電場あるいは静電場と静磁場によってイオンを狭い空間に閉じ込めるRFトラップやペニングトラップを思い浮かべるであろう.これに対し,本稿で紹介する静電型イオンビームトラップは,これまでのトラップとは異なり,一定の速さで特定の方向に走らせた状態のイオンビームを静電場だけで空間に閉じ込める装置である.

    静電型イオンビームトラップの閉じ込め方法は,向かい合った2組の反射鏡の間で光線を反射し続ける光共振器の原理に基づいている.この反射鏡を反射電極によって置き換えた装置が,静電型イオンビームトラップである.このトラップは,共振器における光線の閉じ込めと同様に,対向した2組の反射電極の間でイオンビームを直線的に往復運動させ続ける.これによってトラップ内にイオンビームが蓄積する.また,反射電極間はフィールドフリーの空間になっており,イオンビームは一定の速さでこの領域を走行する.

    静電型イオンビームトラップを原子分子物理研究に用いる利点はいくつかある.たとえば分子イオンの衝突実験の場合を考えてみよう.イオン源で実際に生成される分子イオンは,イオン化過程で与えられたエネルギーによって様々な振動励起状態になっている.通常,この励起状態の寿命はイオン源から衝突点までのイオンの走行時間より長い.そのため,基底状態や特定の振動状態のイオンビームを衝突実験に用いることは難しい.これに対して,イオンビームトラップに分子イオンを長時間蓄積すれば,放射脱励起によって振動状態の落ちついた冷却分子イオンビームが生成し,それを衝突実験に供することができる.また,蓄積しているイオンビームと電子ビームやレーザー光との衝突実験がトラップ内でできることも利点のひとつである.衝突によって励起したイオンには非常に長い寿命の脱励起(放射,電離,解離など)を起こすイオンも存在する.衝突後の蓄積されたままのイオンビームを観測することで,この長寿命の反応を時間を追って調べることが可能になる.さらに,反応で生じたイオンからの中性生成物が電極で反射されずに直進してトラップより出てくるため,それを検出することが容易である.この中性粒子検出を利用して蓄積されているイオンの量を精度良くモニターすることもできる.

    我々は,静電型イオンビームトラップの特長を生かしてKr2+イオンの1S0準安定状態の精密寿命測定を行った.その結果,理論計算値とよく一致する値が得られている.また他の研究グループは最近,小型なトラップ全体を冷却チェンバーで囲むことで10 K程度まで冷やし,極冷却イオンを用いた分光実験や衝突実験に成功している.今後,静電型イオンビームトラップを用いた原子,分子科学の実験研究がますます展開すると予想される.

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