日本物理学会誌
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巻頭言
目次
解説
  • 井黒 就平
    原稿種別: 解説
    2025 年 80 巻 4 号 p. 166-174
    発行日: 2025/04/05
    公開日: 2025/04/06
    ジャーナル 認証あり

    素粒子の標準模型は欧州原子核研究機構(CERN)の大型ハドロンコライダー(LHC)における2012年のヒッグス粒子発見で予言されるすべての粒子が確認され確立された.対称性に基づき構成された標準模型には相互作用を媒介する4種類のスピン1粒子と12種類のスピン1/2の粒子(フェルミオン)が知られる.右図に示すように標準模型のフェルミオンの部分はアップ型クォーク,ダウン型クォーク,荷電レプトン,ニュートリノの4つの粒子の組み合わせ(このセットを世代と呼ぶ)の3つから構成され,繰り返しの3世代構造を持つ.標準模型は右図下部の光子などが媒介する相互作用では世代を区別しないことを予言する.一方でフェルミオンの質量を与えるヒッグス粒子との湯川相互作用は,特に質量の大きいトップクォークと軽いアップクォークでその強さが5桁異なるなど粒子の種類(フレーバーと呼ぶ)を明らかに区別する.これらの背後にある基本原理は何か?を標準模型を超える物理(NP)によって解決する模型も提唱されており,粒子のフレーバーに着目するフレーバー物理は標準模型の拡張を考える上で重要な手がかりを与えうる.

    事実として2024年12月の時点では,地上での人類の高エネルギーフロンティアであるLHC実験からの新物理の証拠となる新粒子の発見の報告はない.一方でフレーバー物理では,2018年開始の高エネルギー加速器研究機構のBelle II実験やJ-PARC実験などの国内実験や欧州のLHCb実験など,先行実験の統計精度を遥かに上回る実験が近年進行中であり,現在標準模型の予言と精密な実験結果の間に4σ(標準偏差の4倍)ほどの食い違いが複数報告されている.フレーバー物理では精密測定を武器に,標準模型の検証および,標準模型の予言と精密な実験結果とを比較しその差異を手掛かりにNPの重い粒子を探索する.特にB中間子崩壊では,中性粒子やタウ粒子など測定が難しい粒子があるものの莫大な統計量を誇るLHCb実験と,低い重心エネルギーでのee衝突を用いてB中間子を生成し,より背景事象の少ない環境で崩壊を精査するBelle II実験が世界を牽引する.

    B中間子からD中間子やレプトンへのセミレプトニック崩壊では10年ほど前にアメリカのBaBar実験から標準模型の予言と実験値の間の食い違いが指摘されていたが,ここ3年で多くの独立実験結果が報告され,この結果は標準模型の綻びとこれを説明するTeVスケールの新物理の存在を示唆している可能性がある.このB中間子崩壊を正確に予言するには,ボトムクォークなどの素粒子レベルではなくB中間子からDKなどの軽い中間子へ遷移を,非摂動な量子色力学(QCD)の効果を含めて記述する必要がある.これに関し直近の2,3年で格子QCD計算の複数の独立グループが関連結果を公表しており,今後この理解が深まることが確実視されている.素粒子物理学における発見は,従来5σを基準として定義されているが,この差異の確定には進行中の実験での追検証とともに,上記の格子計算の進展も含む標準模型の予言の精密化が不可欠である.近年,食い違いが示唆する新物理模型の性質とLHCや核子の電気双極子モーメントなどにおけるこれらの新粒子の検証方法の研究も盛んに進み,多角的アプローチで当分野の発展が加速している.

最近の研究から
  • 森川 雅博, 中道 晶香
    原稿種別: 最近の研究から
    2025 年 80 巻 4 号 p. 175-180
    発行日: 2025/04/05
    公開日: 2025/04/06
    ジャーナル 認証あり

    あらゆる自然科学の領域や音楽,生体現象にわたる百年の謎がある.それは低周波領域において卓越する1/fゆらぎの起源である.自然界に遍在するこのゆらぎは,そのパワースペクトラル密度(周波数間隔ごとのパワー,PSD)Sf)が,周波数fにほぼ逆比例する:Sf)∝f α,α=-1±0.5.1925年にJohnsonにより真空管を流れる電流の中に初めて発見されて以来広範に観測されている.これは物理学会領域1~13のすべて,素粒子,原子核,宇宙,各実験領域,工学,化学,生物などの分野にわたる.

    完全にランダムで時間相関を持たないホワイトノイズのPSDは平坦で,周波数fの0乗に比例する.時間変動がこのホワイトノイズに駆動される変数は,そのPSDがfの-2乗に比例しレッドノイズと呼ばれる.1/fゆらぎはそれらの中間なのでピンクノイズとも呼ばれる.冪が0でも-2でもない半端な1/fゆらぎは,奇妙なのに遍在するので,今まで多くの謎と議論を巻き起こしてきた.1/fゆらぎの起源として,自己組織化臨界理論をはじめ,2-レベルシステム理論,キャリア数ゆらぎ理論,カオス理論とストレンジアトラクター理論,マルチフラクタル理論など多くの理論が提案された.しかし統一的な理論は今までなかった.

    先人の多くの研究を礎として,我々は1/fゆらぎの統一的な起源を提案する:それは「系統的に周波数が集積した多数の波が作るうなり」である.無限に接近する周波数を持つ多数の波は,任意の低周波信号を作り出せる.これを振幅変調(AM)として理解することもできる.我々は,系統的に周波数が集積するAM機構を,同期現象や共鳴現象あるいは赤外発散現象の中に見出した.そしてこの変調が復調されると,往々にして1/fゆらぎが現れる.振幅変調(AM)と復調が組で存在することが我々の提案の核心である.この組を,1/fゆらぎを示すさまざまな現象の中に見出し,提案を検証していきたい.

    例えば,我々は地震や太陽フレアの時系列が1/fにゆらぐことを見出した.過去50年の世界の地震(マグニチュード5以下)のエネルギー時系列に対するPSDは右欄の図のように指数-0.83を示す.大きな地震もすべて入れるとPSDは平坦になる.一方,地震の起きたタイミングだけの時系列も同様に1/fゆらぎを示す.我々は,この起源は常時励起している地球自由振動(Earth’s Free Oscillation)の共鳴だと提案する.

    同様に,平均エネルギー以下の3年ほどの太陽フレア(classA, B)のPSDは,右欄の図のように指数-0.84を示す.この起源は太陽5分振動(Solar Five-Minute Oscillations)の共鳴だと考えられる.

    音楽では,チャイコフスキー作曲弦楽セレナーデ音響データの2乗は,右欄の図のように指数-0.97のPSDを示す.この起源は,弦楽器などのユニゾンが作る同期現象であり,簡単な同期モデルで記述できる.

    うなりだけから生成する1/fゆらぎは頑強なので,太陽黒点数,太陽風,高エネルギー陽子や磁場・宇宙線の増減,地球上の痕跡(例えばNO310Be,14C),気候などに伝播するはずだ.実際,これらは1/fにゆらぐ.さらに,軟光子放出の反作用から,半導体中の電子波束や電流にも1/fゆらぎが出現する.生体中のこの電流のゆらぎが神経発火を導き,生体によくみられる1/fゆらぎを説明するはずだ.この頑強な継承性も1/fゆらぎの大きな特徴である.

    1/fゆらぎの視点から,多岐にわたる分野が繋がっていく様は,実におもしろい.

  • 奥村 拓馬, 岡田 信二, 東 俊行
    原稿種別: 最近の研究から
    2025 年 80 巻 4 号 p. 181-186
    発行日: 2025/04/05
    公開日: 2025/04/06
    ジャーナル 認証あり

    原子は原子核と電子から構成されるが,構成粒子の一部を別の粒子で置き換えることで,通常の原子とは異なる風変わりな(エキゾチックな)原子を作ることができる.原子中の束縛電子を第二世代のレプトンである負ミュオンで置き換えた原子はミュオン原子と呼ばれ,1940年代末に発見されて以降,長い研究の歴史が存在する.

    ミュオン原子は1つの原子核に負ミュオンと電子という2種類の異なる粒子が束縛されたユニークな量子少数多体系であり,その構造および形成過程は原子物理学的にも興味深い.しかし,これらを詳しく研究するために不可欠な高精度分光実験の実現には,長い間大きな障壁が立ちはだかっていた.加速器で利用可能なミュオンビームの強度は十分ではなく,高精度分光の実現に足るだけのミュオン原子数を確保できなかった.加えて,ミュオン原子の観測にはX線検出が必要であるが,伝統的な半導体検出器ではエネルギー分解能が足りず,ミュオン原子のエネルギー準位を詳細に議論することができなかった.

    最近,2つの新たな道具の登場によってこの状況が一変した.ひとつはJ-PARCにおいて世界最高強度の低速負ミュオンビームが実現し,たとえ希薄気体中であってもミュオン原子を高効率で生成できるようになったこと,もうひとつは超伝導X線マイクロカロリメータという高量子収率かつ高分解能のX線検出器の登場である.これらの道具立てにより,我々は真空中の孤立ミュオン原子を対象とした数keV領域の高精度分光を実現した.

    ミュオン原子の応用例として,負ミュオン軌道が原子核近傍にあることを利用した,超強電場下での量子電気力学(QED)効果の検証が挙げられる.これは基礎物理学の大きなテーマのひとつであり,最先端の技術を駆使した高精度実験により理論検証することの意義は大きい.我々は,希薄ネオン気体中で生成されたミュオンネオン原子からの5g9/2→4f7/2遷移に伴うミュオン特性X線の絶対エネルギーを,6,297.08 eV(統計誤差±0.04 eV,系統誤差±0.13 eV)という高精度で測定することに成功した.これはミュオン原子の精密分光によるQED検証精度が,同じ目標を掲げて長年取り組まれてきた多価重イオンの精密分光と同等のレベルにまで到達したことを意味する.

    加えて我々は,ミュオン原子から放出される電子特性X線の精密分光に大きな意義があることを見出した.ミュオン原子は,脱励起過程を経て自ずと多価イオンとなる特性を持つ.ミュオンアルゴン原子からの電子特性X線の分光では,原子核および負ミュオン,そして1から3個の束縛電子で構成された「多価ミュオンイオン」の状態選択的な観測に成功した.束縛電子が1から3個の系はそれぞれ,原子核近傍に位置する負ミュオンにより原子核電荷が遮蔽されたH,He,Li様のエキゾチック多価イオンと見なせる.一方,固体である鉄を標的とした測定では,アルゴンの場合とは異なり,ピーク構造を持たないブロードな電子特性X線スペクトルが観測された.この結果は多数個の電子を含むミュオン鉄原子が形成されたことを意味しており,固体中で形成されたミュオン原子には周囲の原子からフェムト秒の時間スケールで電子が補填されることを突き止めた.

    大強度ミュオンビームと超伝導X線検出器という新たな実験技術の登場により,これまで見えてこなかったミュオン原子の物理が解明されつつある.

  • 高田 康民
    原稿種別: 最近の研究から
    2025 年 80 巻 4 号 p. 187-192
    発行日: 2025/04/05
    公開日: 2025/04/06
    ジャーナル 認証あり

    電子ガス系は単純金属の標準模型であり,これをランダウのフェルミ流体理論(FLT)で解析すると,単純金属の低温物性がよく説明される.このため,単純金属はFLTが適用される典型物質とされる.ただ,これによってFLTの基盤であるランダウの1対1対応の仮説が電子ガス系で厳密に立証されたとは言い切れない.

    このランダウ仮説を数学的に検証する際にFLTを暗黙裡に仮定した理論,例えば,自由電子ガスを無摂動系とした多体摂動理論は使えず,何らかの非摂動的手法が必要になる.この観点から量子モンテカルロ法(QMC)は注目される.実際,1980年以降,電子ガス系にQMCを適用する動きが強まっている.確かに,初期には基底状態エネルギーなど,FLTの検証に無関係な計算であったが,後には静的応答関数,近年では動的応答関数,さらにはFLTの基礎概念に関わる準粒子の繰り込み因子や有効質量もかなりの精度で計算されている.

    しかし,QMC計算は全電子数Nが有限の系でのみ遂行されるので,N→∞への外挿なしにはバルク系の情報は得られず,しかも,現在実行可能なNは100程度が上限なので,得られる物理量の運動量空間や温度空間の分解能,ΔkやΔT,は低い.具体的には,kFをフェルミ運動量,εFをフェルミエネルギーとしてΔk≈0.1kFkBΔT≈0.1εFがせいぜいである.これではkkFかつkBTεFでの1電子励起スペクトルのkT依存性の詳細を見ることは難しく,それゆえ,1対1対応やFLTの妥当性を充分に吟味できない.

    この状況を鑑みて,筆者は密度分極関数Π(q, ω)と自己エネルギーΣ(k, ω)を自己無撞着に計算する独自の非摂動計算スキームを開発した.そして,このスキームで既知の保存則や総和則,正しい漸近形がすべて自動的に満たされ,かつ,QMCからの情報を正しく組み込んだ逐次近似計算コードを実装し,それを用いてΔk≈10-4kFかつkBΔT≈10-4εFの分解能で収束解を得た.その結果,予期せぬ発見がΠ(q, ω)とΣ(k, ω)に関連して一つずつあった.

    まず,Π(q, ω)から得られる動的構造因子Sq, ω)を調べると,単純金属ではプラズモンのみが集団励起として確認されるが,より低電子密度の系では,これ以外に|q|~2kFω<0.2εFの領域に新たな集団励起があることが2016年に発見された.筆者はこれを励起子集団モードと名付けた.2年後,ドルンハイム(T. Dornheim)らはQMCでこのモードの存在を確認し,同時に単純金属密度で|q|~2kFかつω~0の領域に見られる励起子の短距離揺らぎはこのモードの前駆現象として捉えられるとした.

    次に,Σ(k, ω)から計算される1電子スペクトル関数Ak, ω)を単純金属密度領域で調べると,鋭く高いピークとして準粒子の存在が確認されるが,2024年,この他にkBT<10-3εFの低温では準粒子の約半分の励起エネルギーを持つ新たなピークを発見した.これは上述の短距離揺らぎの励起子雲を伴った電子に由来するので,筆者はエキシトロンと名付けた.ちなみに,ω平面での解析性は準粒子は極であるが,縦方向に1次元的に拡がる励起子雲を伴うエキシトロンは1次元ラッティンジャー液体に現れる分岐線の特異性で特徴づけられる.なお,準粒子ピークはエキシトロンのそれより約百倍も大きいので,バルクの単純金属の低温物性はFLTでよく記述される.

    このように,たとえ単純金属とはいえ,十分低温で詳細に見ると,ランダウ仮説に反するエキシトロンが出現して非フェルミ流体の物理が顔を出す可能性がある.このエキシトロンが1 meV以下の高分解能を持つ角度分解光電子分光で実際に観測されれば,単純金属の物理を一層深められるとともに強相関系物理の観点からも興味深く意義深い実験結果となるであろう.

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