日本物理学会誌
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巻頭言
目次
最近の研究から
  • 松村 央, 南部 保貞, 山本 一博
    原稿種別: 最近の研究から
    2024 年 79 巻 5 号 p. 224-229
    発行日: 2024/05/05
    公開日: 2024/05/05
    ジャーナル 認証あり

    量子系はどのような重力を作り,どのような現象を引き起こすだろうか? これは量子力学と一般相対性理論の融合に向けた基礎的な問題であり,プランクスケールのような高エネルギー領域に限った話ではない.卓上実験のような低エネルギー実験においてさえ全く解明されておらず,この現状を打破することができれば現代物理学の発展につながると期待できる.

    この問題を早くから重要視していたのはリチャード・ファインマンであり,彼は1957年に次のような興味深い思考実験を提案していた:「質量を持った粒子が位置の重ね合わせ状態にあるとし,その粒子によって作られる重力場を考える.もし重力が量子力学に従うなら,量子的な重ね合わせにある粒子は,量子的に重ね合わさった重力場を形成する.もしこの粒子の近くにプローブとなる別の粒子を置くとどうなるだろうか?」

    この思考実験は,重力を時空の歪みとする一般相対性理論を尊重すれば,時空自身の量子現象を取り扱うことを意味する.したがって,重力を測定できる大きな質量の量子系が実現できれば検証できると期待される.現在では量子力学の実験が進展し,およそ10-5 gの物体の力学的運動について量子状態が実現され,さらに大きな質量を持つ量子系の構築が進められている.また重力の測定実験も発展しており,10-1 g程度の物体が生む重力が測られ,より小さな質量が作る重力を測定する技術も進展し始めている.量子実験と重力実験が扱える質量スケールは近づきつつあり,いずれ量子現象と重力現象の両方が顕著となる領域に到達するであろう.ファインマンの時代には不可能であった重力の量子現象を検証する実験が実現できる時代が目前に迫っている.

    近年の量子実験や重力実験で中心的な役割を担っているのは光学機械振動子系である.これは光と振動子が結合する物理系であり,重力波観測の基盤技術としても応用されている.光と振動子の結合を利用し,光の測定から振動子の振る舞いを制御することで,振動子の量子状態が実現でき,重力の量子現象を検証するためのプラットホームの一つとして考えられている.

    それでは検証に向けた具体的なシグナルやターゲットは何だろうか? それを理解するために,ファインマンの思考実験をさらに推し進めてみる.質量を持つ粒子を位置の重ね合わせ状態にすると,それが作る重力場も量子的に重ね合わさった状態となる.その粒子の生み出す重力を測るために,プローブとなる別の量子的な粒子を近づけてみる.プローブ粒子は重力相互作用によって運動し,重力源となっている粒子が作る重力場に伴って,重ね合わせ状態に遷移する.このとき重力源粒子の位置とプローブ粒子の運動の間には,重力相互作用を介して相関が生まれる.各粒子が量子的に振る舞っているとき,その相関は非局所的な量子もつれであると予想される.

    この重力による量子もつれ形成が重力の量子性を検証するターゲットとなっており,それに関連した理論的・実験的研究が活発に行われている.このような研究の潮流の中,我々は「量子系が作る重力」をキーワードに,光学機械振動子系における重力による量子もつれ形成や重力によるレゲット–ガーグ不等式の破れについて研究し,また場の量子論に基づく理解を進めてきた.現在,量子実験と重力実験の発展を契機に,理論家と実験家を巻き込んだ量子重力研究が始まっており,基礎科学の新しい分野の開拓が期待される.

  • 鈴木 博人
    原稿種別: 最近の研究から
    2024 年 79 巻 5 号 p. 230-235
    発行日: 2024/05/05
    公開日: 2024/05/05
    ジャーナル 認証あり

    数ある4d遷移金属化合物の中でも,Ru化合物はスピン三重項超伝導や量子スピン液体など,興味深い強相関電子系物性の舞台として注目を集めてきた.これらの現象の理解のためには,電子系内部での相互作用を定量的に決定する必要があり,磁気励起スペクトルの観測は極めて重要な知見をもたらす.その代表的手法として中性子非弾性散乱が長年利用されてきた.しかしながら,中性子非弾性散乱過程は断面積が小さく,十分な統計性を持つデータを取得するためには多量の単結晶を必要とする場合がある.また,中性子を吸収する化学元素が試料に含まれていると,実験が困難となるケースもある.

    近年,新たな磁気励起観測手法として発展している分光法が共鳴非弾性X線散乱(Resonant Inelastic X-ray Scattering, RIXS)である.RIXSは量子電磁力学における共鳴散乱過程であるため散乱断面積が大きく,微小単結晶に対しても適用可能な利点を持つ.近年の放射光輝度の向上に伴い世界各地の放射光施設で分光器の開発が進展しており,軟X線(100 eV<hν<2 keV)および硬X線(hν>5keV)領域ではエネルギー分解能の飛躍的な向上が達成された.これにより銅酸化物高温超伝導体(3d電子系)やIr酸化物(5d電子系)におけるマグノンやプラズモンといった素励起の分散関係の解明がなされた.

    ところが,中間領域であるテンダーX線領域(2 keV<hν<5 keV)においてはX線光学技術が未開拓であり,RIXS装置が存在しなかった.4d電子系物質はL吸収端のエネルギーがテンダーX線領域に属するため,RIXSを用いた物性研究が不可能な状況にあった.

    この状況を打開するため,我々はドイツ電子シンクロトロン(DESY)における6GeV放射光施設PETRA IIIにて新たなテンダーX線領域のRIXS装置(Intermediate-energy RIXS, IRIXS)の開発を行った. IRIXS装置の完成により幅広いX線領域においてRIXS実験が可能になり,4d電子系物質の素励起研究の技術的基盤が整った.

    IRIXS装置をRu化合物SrRu2O6とα- RuCl3に適用し,特徴的な磁気励起の観測を行った.いずれもRuイオンが蜂の巣(ハニカム)格子を形成する磁性絶縁体であり,SrRu2O6は高い転移温度を持つ反強磁性体,α-RuCl3は最近注目を集めるキタエフ(Kitaev)量子スピン液体候補物質である.SrRu2O6においては,直径50ミクロンの微小単結晶ただ一つから明瞭なマグノン分散の観測に成功した.線形スピン波理論に基づく解析により,S=3/2スピン間のハイゼンベルグ相互作用および一イオン異方性項を決定した.一方,α-RuCl3においてはフラストレートしたJ=1/ 2擬スピン間相互作用を反映し,エネルギー分散の小さな磁気励起が観測された.現実物質を記述するキタエフ–ハイゼンベルグ模型の理論計算との比較から,強磁性キタエフ相互作用・ハイゼンベルグ相互作用・非対角相互作用項を決定し,α-RuCl3がキタエフ模型をよく近似することを解明した.

    様々なRu化合物に対するRIXS測定から,4d電子系物質の豊かな物性の発現には電子のスピン軌道結合が重要な役割を果たすことが明らかとなった.本研究の知見はより豊富な3d電子系多軌道磁性体にも適用可能であり,今まで見過ごされていたスピン軌道結合の効果を再検証することが重要であろう.東北大学青葉山キャンパスにて2024年度より運用を開始した3GeV高輝度放射光施設NanoTerasuにおいて,超高分解能軟X線RIXS装置の調整が進んでいる.10 meVを切るエネルギー分解能が実現されれば,3d遷移金属化合物やランタノイドにおける量子磁性の研究が大きく進展すると期待される.

  • 本同 宏成, 佐藤 創平, 上野 聡
    原稿種別: 最近の研究から
    2024 年 79 巻 5 号 p. 236-241
    発行日: 2024/05/05
    公開日: 2024/05/05
    ジャーナル 認証あり

    チョコレートは世界中で愛されているスイーツである.チョコレートはカカオマス,ココアバター,砂糖,粉乳などからなり,カカオの香りや砂糖の甘さはもちろんのこと,口中で速やかに溶けることで生み出される滑らかな舌触りもチョコレートの美味しさにとって大切な要素である.さらに,艶やかで美しい見た目もチョコレートが愛されている要因である.しかしながら,チョコレートは長期間の保存中に表面が白く変化するファットブルームと呼ばれる現象を生じる.ファットブルームはチョコレートの見栄えや口溶け感を悪くし,商品価値を落とすため製菓会社にとって大きな問題である.チョコレートの持つ美しい見た目やファットブルーム,滑らかな舌触りには,チョコレート中のココアバターの結晶が大きく影響している.チョコレートのファットブルームは,ココアバター結晶の多形転移に伴う粗大化により,光を散乱させ白くなることが原因であると以前より知られていた.チョコレート製造の際にはテンパリングと呼ばれる温度処理により,ココアバター結晶はV型に制御されているが,長期保存により,熱力学的により安定なVI型へと多形転移する.微細な結晶として存在していたV型はVI型に転移することで粗大化し,平坦だったチョコレート表面が荒れることでファットブルームが生じる.このほかにも異なる条件,原因によるファットブルーム形成が知られているが,多くの場合にココアバター結晶の多形転移を伴う.我々は今回,粉乳を含んだミルクチョコレートを用いて,ココアバターの多形転移を伴わないブルーム発生条件を見出し,その発生機構を明らかにした.

    ココアバターのV型結晶の融点は約34℃であるが,V型に固まったチョコレートを融点以上の35–37℃に保持した後,25–28℃で結晶化させ,さらに20℃まで冷却すると,V型に結晶化し,従来よりもはるかに短い期間でチョコレート全体が白化するファットブルームが生じた.チョコレートを高温に保持している間はココアバター結晶からのX線回折ピークは観察されず,ほぼ融解していた.完全に融解したココアバターは,テンパリング操作なしでは容易にはV型に結晶化せず,IV型などより不安定な多形となる.しかしながら本実験では上記の温度処理によりV型に結晶化することが確認された.このことは,融点が35℃以上のV型が存在することで,もしくはV型からVI型へと多形転移することで,それぞれが種結晶として働き,チョコレート全体をV型に結晶化させたことを示唆する.20℃冷却時の結晶化中のチョコレートの表面を観察したところ,ココアバター融液がチョコレート内部に引き込まれ,チョコレート表面でココアバターが枯渇することで隙間が生じ,光が散乱されて白くなることが明らかとなった.

    チョコレートのファットブルーム現象に関する一連の研究は,同様にファットブルームと呼ばれる白化現象であっても様々な発生機構が存在しており,食品が複雑な研究対象であることを示している.

  • 永田 夏海, 濱口 幸一, 藤原 素子
    原稿種別: 最近の研究から
    2024 年 79 巻 5 号 p. 242-247
    発行日: 2024/05/05
    公開日: 2024/05/05
    ジャーナル 認証あり

    2012年のヒッグス粒子発見により,素粒子の標準模型は確立されつつある.しかし素粒子物理には多くの未解決問題が残されており,それらの謎を解くための様々な新しい理論(標準模型を超える物理)が提唱されている.近年,こうした標準模型を超える物理を探索する手段の一つとして,中性子星の温度観測が注目を集めている.

    中性子星は太陽と同程度の質量を持ちながら半径がわずか10kmほどしかない超高密度(コンパクト)天体だ.1968年にパルサーとして発見されて以来,これまでに3,000個を超える天体が見つかっている.

    外部から孤立した中性子星の温度は,ニュートリノ放射および電磁放射によって時間と共に冷えていく.その基本的な過程は中性子星の標準冷却理論として確立しており,中性子星の表面温度の時間発展の観測とも概ね合致している.

    中性子星の標準冷却理論は素粒子の標準模型に基づいている.しかし,標準模型を超える物理が存在すると,その影響によって中性子星の冷却過程が修正を受けうる.したがって,修正された理論予言と温度観測とを照らし合わせることで,標準模型を超える物理の兆候を得たり,新物理模型を制限したりできる可能性がある.

    新物理が中性子星冷却に与える効果は,大きく分けて過冷却効果と加熱効果の2つに分類することができる(右概念図).過冷却を引き起こす新物理の代表例がアクシオンである.アクシオンは非常に軽く中性子や陽子と微弱な相互作用を持つため,ニュートリノと同様に中性子星の内部から放出され,中性子星の冷却に寄与する.近年こうしたアクシオンによる中性子星の過冷却の研究が複数行われており,例えばカシオペアA中性子星の表面温度の観測と理論の比較から,アクシオンの結合定数fa(相互作用の強さの逆数に比例する量)に対してfa>(5–7)×108 GeVという制限が与えられることがわかった.これは現在知られているアクシオンへの制限として最も強いものの一つとなっている.

    一方,新物理による中性子星の加熱の例としては,暗黒物質の捕獲がある.暗黒物質が中性子星に衝突・散乱すると,運動エネルギーを失って中性子星の重力ポテンシャルに捕らえられる.この際の衝突エネルギーや,その後の中性子星内部での暗黒物質どうしの対消滅は,中性子星の新たな加熱源としてはたらく.特に年齢106年以上の古い中性子星においては,電磁放射による冷却と暗黒物質捕獲による加熱がバランスし,温度が2,000–3,000 Kで平衡状態に達する.この温度観測による暗黒物質探索は,直接検出実験や加速器実験による探索と相補的な役割を果たす有力な手法になり得ることがわかってきた.

    中性子星の温度観測による新物理探索の研究は現在も進展を続けている.例えば,暗黒物質による中性子星の温度上昇の検証可能性に関して,中性子星自身に内在する加熱源の影響を加味した新たな解析も行われている.今後も,中性子星の理論計算の進展,および観測データの蓄積によるさらなる検証が必要である.また,アクシオンや暗黒物質以外の新物理に関しても,中性子星の温度観測を利用した研究が進むと期待される.

    今後は,地球近傍の中性子星の発見の可能性も含め,中性子星の温度観測の例が増えていくと考えられる.中性子星の温度観測による新物理探索のさらなる発展に期待したい.

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