日本物理学会誌
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巻頭言
目次
最近の研究から
  • 稲吉 恒平
    原稿種別: 最近の研究から
    2024 年 79 巻 4 号 p. 170-174
    発行日: 2024/04/05
    公開日: 2024/04/05
    ジャーナル 認証あり

    2022年に打ち上げられ運用を開始したジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の登場は,遠方天体や深宇宙探査に関する研究に革命をもたらした.天体観測により人類が探査可能な宇宙の範囲は,現在の宇宙年齢の10%にも満たない若い時代の宇宙にまで到達し,宇宙で最初に誕生した第一世代の星,銀河そしてブラックホールという天体の形成過程の解明に向けて,今まさに活発な議論が行われている.宇宙初期の天体現象を詳しく観測することは,それ自体の興味深さに加えて,現在に至るまでの宇宙の大規模構造の進化,そしてそれらの起源を理解する上で必要不可欠な情報をもたらしてくれる.

    ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は観測開始から1年の間に,極初期宇宙に存在する150天体以上もの銀河の発見に成功し,それらの統計的な性質を明らかにした.特に銀河の光度関数は,遠方宇宙における銀河の形成史や星形成活動史を理解する上で重要な情報を含んだ量となっている.今回新たに発見された銀河種族の光度関数の特徴的な形は,過去のハッブル宇宙望遠鏡などを用いた観測により導かれたものとよい一致を示しているものの,明るい側での数密度の超過が見られた.さらに,そのような明るい遠方銀河の星質量は非常に大きいことが分かり,それは従来の「小さな構造からより大きな構造へ進化する」という標準宇宙論における階層的な構造形成の枠組みと矛盾することが指摘された.このことは,宇宙論的な構造形成や星・銀河形成に関する理論体系の改良や刷新を迫る新しい発見であったと言える.

    この問題に対して,我々は銀河・星形成の分野で一般的に仮定されていた物理量に疑問を持ち,それらの値を再評価することで遠方銀河の明るさ・重さ問題の解決法を提案した.一つ目は銀河内でガスが星に変換される効率である.従来の観測では,遠方銀河の光度関数の形を説明する際に,平均的に数%の星形成効率を仮定すれば十分であることが知られていた.しかし,新しく発見された種族の銀河内では,ガスを星に変換する効率が通常の10倍程度大きい10–30%という高い値をとることが要求された.この値は近傍宇宙で観測される特に星形成活動の活発な銀河や星密度の高い星団で見られる値とよく一致しており,宇宙初期の環境では銀河全体でそれと同程度の爆発的な星形成が効率よく進んでいることが分かった.

    二つ目は,星からの紫外線放射効率である.この値は初代銀河で形成される星の質量分布や重元素量を探る上で非常に重要な情報を含んでいる.星形成に関する理論的な予言として,宇宙初期の重元素が存在しない環境で誕生する宇宙最初の星,いわゆる初代星は現在の銀河系で誕生する太陽のような典型的な星に比べて質量が大きくなると考えられている.星の光度は質量の3乗に比例して大きくなるため,理論から期待されるように遠方宇宙の銀河が選択的に大質量星を形成しているとすれば,同じ星の総質量に対して効率よく紫外線を放出することができる.

    以上の考察から,ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡により新しく発見された銀河の質量や光度の個数分布の形と標準的な宇宙論で期待される分布とのずれから,宇宙の始原的な環境で起こる星形成・それに伴う銀河形成の性質に制限を与えることが可能となった.これらの観測は銀河形成の理論的な枠組みの根幹部分に重要な示唆を与えるものであり,さらなる観測によって我々の深宇宙への理解を深める手助けになるだろう.

  • 小西 隆士, 宮本 嘉久
    原稿種別: 最近の研究から
    2024 年 79 巻 4 号 p. 175-180
    発行日: 2024/04/05
    公開日: 2024/04/05
    ジャーナル 認証あり

    多くの物質では液体をゆっくりと冷やすと過冷却状態を経たのちに結晶化が進行する.この結晶化機構はとても身近な現象で,古くより研究がなされてきており,これまで結晶化機構は古典的核生成理論の枠組みで核生成・成長機構として議論されてきた.ところが最近,水やタンパク質,コロイド系などの様々な物質群で前駆体の形成を伴う二段階の結晶化機構が検討されている.それでは低分子に比べて比較的複雑なトポロジー的特徴を持つ高分子の結晶化の場合はどのようになっているのだろうか?

    高分子は低分子物質とは異なり,そのトポロジー的特徴により三次元的に完全な結晶構造を取ることができず,薄い板状のラメラ構造が積層する階層構造を持つことが知られている.これまでの高分子の結晶化機構はローリッツェン(Lauritzen)とホフマン(Hoffman)により提出された古典的核生成理論を基にした二次核生成・成長のモデルで説明されてきた.このモデルはラメラ厚まで引き延ばされた高分子鎖の一部(ステム)が結晶成長表面に二次核を形成し,その二次核の生成速度が律速となるモデルである.結晶成長速度の温度依存性は二次核の活性化エネルギーを考慮することで得られる.

    このモデルは多くの実験結果,特に過冷却度が小さい場合の実験結果をよく説明してきた.しかしながら,過冷却度が大きい場合にはこのモデルでは説明できない現象が発現することも知られている.我々はこれまでも,いくつかの高分子で,結晶ラメラ厚や成長速度の結晶化温度依存性から,過冷却度が小さいときには従来の二次核生成成長過程で結晶化が進行するが,過冷却度が大きくなっていくと,準安定相を経由する結晶化過程に切り替わることを明らかにしてきた.さらに過冷却度が大きいガラス転移温度付近になると,どのような現象が起こるのであろうか?

    最近,我々はいくつかの高分子物質に対して行ったガラス転移温度付近での結晶化の実験で,小角X線散乱(SAXS)測定により結晶化初期に数百nm程度の密度ゆらぎが生じることを見いだした.SAXSの結果を定量的に解析することにより,そのゆらぎの起源が直径数nm程度のノジュール結晶がランダムな方位を持って形成する凝集体の相関によるものであることを明らかにした.

    さらに,Kolmogorov–Johonson–Mehl–Avrami(KJMA)理論から導かれるドメインの構造因子の時間発展をSAXSの結果に適用することで,凝集体の成長様式が均一核生成・成長型であることを明らかにし,凝集体の成長速度と核生成頻度の温度依存性を得た.

    この凝集体の成長速度は,驚くべきことに高温で観測される球晶の成長速度の低温への外挿曲線と一致することが明らかになった.つまり本研究の結果は,大きな過冷却度での結晶化過程はノジュール結晶が凝集するという意味で,単純な二次核生成ではないことを示唆しているにもかかわらず,その成長キネティクスは二次核生成成長で説明できるという興味深い実験結果を示している.

  • 倉橋Neilson 尚子, 石原 安野
    原稿種別: 最近の研究から
    2024 年 79 巻 4 号 p. 181-185
    発行日: 2024/04/05
    公開日: 2024/04/05
    ジャーナル 認証あり

    美しい夜空の象徴ともいえる天の川.我々の太陽系が属し,1,000億個を超える恒星を擁する天の川銀河はその美しさのみならず,豊かな科学の対象としても人類を魅了してきた.これまで人類が観測してきた数多くの銀河の中で最も身近な存在であり,電波,可視光やX線といった様々な波長の電磁波で観察され続けている.

    2023年,我々国際共同研究チームは,南極点にあるIceCube(アイスキューブ)ニュートリノ望遠鏡による天の川銀河から放射される高エネルギーニュートリノ観測に成功した.マルチメッセンジャー観測は,電磁波観測に加え,重力波やニュートリノといった新たな観測手段を組み合わせることで,天文現象のより深い理解を目指す.今,天の川銀河のマルチメッセンジャー観測が新しいフェーズを迎えている.

    銀河系宇宙線の多くは高エネルギーまで加速された陽子である.電荷を持ちその軌道が星間磁場で曲げられる宇宙線は,到来方向観測による発生源の特定が困難だ.そのため宇宙線のみの観測からでは,宇宙線が銀河内のどこで生成され,どのように拡散していくのか,といった基本的な疑問に答えることができない.

    一方,宇宙線は,銀河系内の伝搬時にガス等の星間物質や天体内外の光子と衝突することでパイオンを生成し,そのパイオンの崩壊からニュートリノやガンマ線を生成する.

    中性パイオン起源の銀河系内ガンマ線はこれまでにも衛星や地上のガンマ線望遠鏡により観測されてきた.ただし,同様のエネルギー帯のガンマ線は,電子の運動によっても生成され,また,天体内外の光子場や物質との相互作用による減衰も起こり得る.このため,宇宙線起源の中性パイオンがどこにどの程度存在するのかについては不定性が残っていた.

    荷電パイオンの崩壊によって生成される「高エネルギーニュートリノ」は,物質を通過し銀河の深部まで死角がなく,生成機構不定性も小さい素粒子であり,これまで得られなかった重要な情報をもたらす.つまり,ガンマ線によって得られた知見と,新たに高エネルギーニュートリノによってもたらされる情報とを組み合わせることで,より信頼度の高い系内宇宙線のエネルギースペクトルやその位置依存性の推定が期待できる.

    南極点にある高エネルギー宇宙ニュートリノ望遠鏡IceCubeは1ギガトン容量の深氷河をチェレンコフ光媒体とする世界初の高エネルギー宇宙ニュートリノ観測装置だ.2011年より,完成した検出器での観測を開始したIceCube望遠鏡であるが,その宇宙ニュートリノ観測の中心となるエネルギー帯は,系外宇宙線起源解明に適した1013 eV(=10 TeV)から1016 eV(=10 PeV)といった領域である.これまでに高エネルギー宇宙ニュートリノ発生天体として銀河系外にある二つの活動銀河核の同定に成功している.

    天の川銀河放射面の多くはIceCubeニュートリノ望遠鏡のエネルギー閾値が高い南天に属する上に,期待されるニュートリノのエネルギーはこれまで観測されてきた系外宇宙線起源ニュートリノよりも低い.しかし,IceCube実験は,以前は銀河面観測には不向きと考えられていた観測チャンネルを使用する新たな解析手法を開発し,1 TeVから10 TeV領域の感度を大幅に向上させることで,世界初の銀河面からのニュートリノの観測へとつなげた.

    光では観測が難しい宇宙線の相互作用の現場をより直接的に映し出すことを可能とするニュートリノ.その観測の成功により,銀河内に分布する宇宙線の理解への新たな道が開けた.

  • 車地 崇, 十倉 好紀
    原稿種別: 最近の研究から
    2024 年 79 巻 4 号 p. 186-191
    発行日: 2024/04/05
    公開日: 2024/04/05
    ジャーナル 認証あり

    磁気スキルミオンとは固体中のスピンが渦を巻くように配列した状態である.連続体極限においてスピンの向きの連続変形では壊せない磁気構造であり,零でないトポロジカル量子数で特徴づけられる.このトポロジカルな安定性や,まるで粒子のように電流によって渦の位置を操作できることなどが注目されており,新規磁気メモリや論理素子への応用に期待が持たれている.

    また磁気スキルミオンはその特殊なスピンの配列と伝導電子との結合により,顕著な電磁気応答を生み出すことが最近の研究で分かってきた.それらは創発電磁応答と呼ばれ,例えばホール効果,磁気熱電効果,光を反射させたときの磁気旋光などの物性として現れる.応答をさらに拡張するための理論的な提案や実験による検証および新規物質開発による機能性の向上が試みられている.

    物質中で磁気スキルミオンを安定化するためには結晶構造に特殊な条件が必要であると考えられている.その一つが結晶の空間反転対称性の破れである.対称性が破れた固体中では相対論的効果であるスピン軌道相互作用が電子スピンの向きに影響を与える.これによりスピンの配列がねじれることが原因となって磁気スキルミオンが現れると考えられている.実際カイラルな格子構造をもつ磁性体や磁性薄膜の表面や界面などの非反転対称系を中心に磁気スキルミオンが観測され集中的に研究されているが,研究対象になりうる物質はまだ数が少ないのが現状である.

    結晶構造の対称性の制約を受けずにトポロジカルなスピン構造を作る新機構はないだろうか? これを実際の物質で実証し,候補物質を設計・選択する有効な指針を確立できれば,これまで注目されてこなかった物質群を切り開くことにもつながり,そこから思いがけない新奇な電子状態や物性の発見につながることが期待できる.このことは新規物質開発の醍醐味であり,物性物理学の発展においても意義深い.

    われわれは磁気フラストレーションの効果を利用して,反転対称性のある物質においても磁気スキルミオンを安定化させる物質設計方法を開発した.特にガドリニウム原子(Gd)が三角格子を形成するように配列した結晶構造をとる金属間化合物Gd2PdSi3において,単結晶を使ったX線回折実験による磁気構造解析と電気輸送特性の詳細な測定により,Gdスピンによる磁気スキルミオンの三角格子配列を発見した.磁気スキルミオンのサイズはこれまでの典型的なサイズ10–100ナノメートルより小さい2.5ナノメートルであり,高密度に磁気スキルミオンが格子配列した状態を実現することができるようになった.このことにより創発電磁応答の一つであるトポロジカルホール効果を従来より一桁以上大きな応答として検出することに成功した.これは磁気スキルミオンから伝導電子が感じる仮想的な磁場(創発磁場)が密度の向上により大きく増幅されていることを意味している.

    この発見を端緒として,同様の設計指針をもとに反転対称性を持つ物質における磁気スキルミオン探索が加速度的に進んでいる.三角格子以外にもブリージングカゴメ格子,正方格子,ダイアモンド格子などといった様々なフラストレートした結晶格子において磁気スキルミオンが安定化することが続々と発見されており,物質開拓の発展性の高さを物語っている.これまでの反転対称性の破れた磁性体のスキルミオンとは質的に異なる格子状態や電気磁気応答も議論されており,今後のトポロジカル磁性体開発の進展が期待される.

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