日本物理学会誌
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巻頭言
目次
交流
  • 宇都宮 悟, 坂井 まどか
    原稿種別: 交流
    2022 年 77 巻 11 号 p. 722-730
    発行日: 2022/11/05
    公開日: 2022/11/05
    ジャーナル 認証あり

    「医学物理学」という学問分野をご存じだろうか? 文字通り捉えるなら,「物理学を医学に応用する分野である」とごく簡単に定義することも可能だが,それだけでは捉えきることができない豊富な内容を持つ学問分野である.医学物理学は,放射線医学(放射線または放射性物質を医療に応用する学問分野)を主な活躍のフィールドとしており,具体的には放射線診断,放射線治療,核医学の各分野である.放射線診断はCTやMRIなどの医用画像を基に病気の診断などを行う分野,放射線治療は放射線を使って主にがんの治療を行う分野,核医学は放射性同位元素を用いた放射性医薬品を体内に投与して病気の診断・治療を行う分野である.

    筆者らの専門は,がんの放射線治療の医学物理学である.がんの放射線治療は,がん治療の三本柱の一つとされており,X線などの放射線をがん細胞に一定の量(線量)を投与することでがん細胞を死滅させることを目指す治療法である.近年,放射線治療は急速に「高精度化」を遂げており,その中で医学物理学の果たしている役割は非常に大きい.例えば,強度変調放射線治療(IMRT: Intensity-Modulated Radiation Therapy)と呼ばれる比較的新しい放射線治療技術は,放射線をがん細胞のみに照射することでがん周辺の正常な臓器の線量を最小限に抑えることが可能な技術である.IMRTを行うためには,放射線を高い精度で照射する放射線治療装置の開発や,患者体内の線量分布を精度良くかつ短時間で計算して治療前のシミュレーションを行うための線量計算アルゴリズムの開発などが必須となるが,その開発の歴史の中で医学物理学は大きな役割を果たしてきた.医学物理学は,がんの放射線治療に大きく貢献しており,欠かすことのできない学問分野であるとも言える.

    IMRTの実施に当たって重要となるのが「その治療精度をいかに担保するか」である.コンピュータ上のシミュレーションでどんなに素晴らしい線量分布が実現できたとしても,それが実際に患者の体内でも精度良く実現できなければ意味がない.IMRTは複雑な治療技術なので,様々な不確かさを内包しているが,その不確かさが臨床上許容できるレベルかどうかを評価し,すべての患者に対してIMRTを安全にかつ高精度で実施する手法を開発することも医学物理学の重要な課題である.

    近年,人工知能の技術の一つである機械学習の手法が医学物理学にも急速に取り入れられつつある.機械学習は,人間が発見することが困難なエラーや異常も検出できる可能性を秘めた技術であり,例えば放射線診断では既に大きな成果を上げている.筆者らは,機械学習の手法をIMRTに応用し,コンピュータ上のシミュレーション結果に含まれる可能性があるエラーや,治療装置で生じる可能性がある機械的なエラーを効率良く検出・判別できるモデルを開発した.この成果は,IMRTをより安全かつ高精度で実施する手法を提供するだけでなく,IMRTに携わる医療従事者の負担を減らすなどの効果をもたらす可能性もある.

解説
  • 諏訪 秀麿, 藤堂 眞治
    原稿種別: 解説
    2022 年 77 巻 11 号 p. 731-739
    発行日: 2022/11/05
    公開日: 2022/11/05
    ジャーナル 認証あり

    マルコフ連鎖モンテカルロ法は多自由度系に対する強力な数値積分手法として,さまざまな分野で広く用いられている.この手法では,積分変数を状態変数とみなして,状態を逐次的に更新するシミュレーションを行う.このとき状態遷移が確率的であることがモンテカルロ法の特徴である.十分長時間のシミュレーションにより,任意の分布(例えばボルツマン分布)からの状態サンプリングが可能となる.

    ここで確率的な状態遷移を,状態空間中でのランダムウォークとみなすことができる.遷移確率は,通常,詳細つりあいを満たすように決められる.これは状態空間に正味の確率流がないこと,つまりは平衡状態からのサンプリングに対応する.このときの時間発展ダイナミクスは可逆である.

    マルコフ連鎖モンテカルロ法では,ランダムウォークのおかげで,長時間待てばどんな複雑な分布からもサンプリングができるが,悩ましいことに,そのランダムさゆえに計算効率が悪くなってしまう.ダイナミクスが拡散的であるため,行ってほしいところになかなかたどり着けないのである.

    計算効率を上げるには,逆説的ではあるが,ランダムウォークのランダム性をうまく抑える必要がある.つまり,詳細つりあいを破ることで,状態空間に確率の流れを作り出し,その流れに沿って,効率的にサンプリングを行えばよい.たとえ詳細つりあいを破っても,分布の収束先(定常分布)を不変に保つことができれば,非平衡定常状態からのサンプリングにより,平衡状態を用いたときと同じ積分計算を実行できるのだ.

    このような動機のもと,20世紀末頃から,詳細つりあいを満たさない不可逆なダイナミクスが数学的に議論され始めた.典型的な可逆ダイナミクスに対して摂動的に可逆性を破ると,必ず分布の収束が速まることが証明された.また状態空間が1次元などの特殊な場合,収束のスケーリングが大幅に改善されることが示された.しかしながら,物理的に興味のある多体問題に対して不可逆モンテカルロ法が実用的かどうかは,長い間わかっていなかった.

    そのような状況の中,ようやくここ10年ほどで,実用的かつ効率的な不可逆モンテカルロ法が開発された.中でも,状態空間を拡張し,その拡張された空間で確率の流れを導入するアプローチ――リフティング――がさまざまな系に用いられている.例えばイベント連鎖モンテカルロ法では,どの粒子を動かすかという自由度も状態変数として扱い,一般的な相互作用粒子系に対して効率的なサンプリングを実現する.また,量子系における粒子数保存則などのような制約が状態空間にある場合,ワームアルゴリズムがよく用いられている.この手法の拡張版として,状態空間に向きの自由度を加えた有向ワームアルゴリズムが開発された.向きのない場合と比べて,計算効率を大幅に改善することができる.

    このようにリフティングはさまざまな系に適用することができ,幅広い分野でますます重要となるであろう.今後,不可逆モンテカルロ法の基礎理論の発展と共に,さらなる効率的なアルゴリズムが生まれてくると期待される.

最近の研究から
  • 谷 茉莉, 栗田 玲
    原稿種別: 最近の研究から
    2022 年 77 巻 11 号 p. 740-744
    発行日: 2022/11/05
    公開日: 2022/11/05
    ジャーナル 認証あり

    生クリームやカプチーノなどの食品,洗顔フォームや洗剤などの日用品,さらには消火泡まで,我々の身近には様々な泡が存在している.これらの泡は,一つの気泡と区別して「泡沫」(フォーム)と呼ばれる.すなわち,「泡沫」とは液体や固体中に多数の気泡が高密度に詰まった状態である.ここでは,溶媒が液体の泡沫(液体泡沫)のことを単に泡沫と呼ぶことにする.

    泡沫の特徴の一つとして,その状態が時々刻々変化することが挙げられるだろう.泡沫内では気泡間の圧力差により,大きな気泡は膨張し,小さな気泡は収縮する.また,液膜の破裂や気泡の融合も起こる.さらには,泡沫内の液体流路(プラトー境界)のネットワークを通じて液体が排水される.この排水の効果により,泡沫の上部はドライ泡沫,下部はウェット泡沫へと変化していく.泡沫は我々に身近であり産業的な利用も多い一方で,物理的には非常に複雑であり,特に,泡沫が示すマクロな現象の多くは理解されていない.

    我々は泡沫の重力下での振る舞いに注目した.風呂の壁などの鉛直壁に吹き付けられた泡沫内では,排水の効果により泡沫下部に液体が溜まっていく.さらには,泡沫下部から液体がちぎれる現象も観察される.このとき泡沫は一度に多くの液体を失うことになる.洗剤溶液が持つ殺菌成分なども流出して機能性が著しく低下するため,産業的には防ぎたい現象の一つといえる.しかし,鉛直な壁につけられた泡沫の挙動やそのメカニズムは,これまで解明されていなかった.

    この問題に対して,我々はシンプルなモデルを考案し実験を行った.ヘレ・ショウ・セルと呼ばれる厚みの薄いセルに,気泡が一層になるように泡沫を閉じ込めた.閉じ込める泡沫の量は有限とし,この有限サイズの泡沫のことを泡沫滴と呼ぶことにする.セルを傾けると,重力下での泡沫滴の振る舞いを観察することができる.我々は,セルの厚さやセルの傾き角,泡沫滴の液体分率や質量を変えながら実験を行った.

    その結果,二つのモードがあることがわかった.一つは,先に述べた現象と同様で,泡沫滴下部に液体が排水され,泡沫滴からぶら下がった液体がちぎれるモードである.これを「ピンチオフ」モードと呼ぶ.もう一つは,この液体ピンチオフが起きず,泡沫滴が一体のまま下降するモードである.これを「非ピンチオフ」モードと呼ぶ.

    我々は,泡沫滴の面積と泡沫滴下部にぶら下がった液体の質量をパラメターとして,観察されたモードの状態図を作成した.泡沫滴下部にぶら下がった液体の質量にはある閾値が存在し,その閾値以上になるとピンチオフモードが観察されることがわかった.さらに,蛇口のノズル先端から液滴がちぎれる場合の条件式を拡張した式で理論値を求めたところ,実験結果とよく一致した.すなわち,泡沫滴から排水されてぶら下がった液体の重さが液体に働く毛管力より大きくなると,液体はピンチオフすることがわかった.

    最後に,我々がもともと興味があった3次元系,すなわち,鉛直壁に泡沫滴をつけた系でも実験を行った.この場合も,ピンチオフが起きる泡沫滴の質量下限値は同様の条件式で説明できることがわかった.

    この研究結果は,一見複雑な泡沫のマクロな現象とそのメカニズムをシンプルな実験と理論から明らかにしたものである.したがって,これまであまり理解されていなかった泡沫のマクロな現象の解明のみならず,身近な現象の物理的理解を目指す研究を促進させる可能性がある.また,泡沫は我々の日常生活に密接に関係しており製品にも直結する問題であるため,産業界にも貢献する成果を得られたと考えられる.

  • 中村 克朗, 松岡 広大
    原稿種別: 最近の研究から
    2022 年 77 巻 11 号 p. 745-750
    発行日: 2022/11/05
    公開日: 2022/11/05
    ジャーナル 認証あり

    素粒子物理学の主要テーマの一つは,我々の宇宙が約138億年前にどのように誕生して,どのように物質が創られたのかを理解することである.宇宙は誕生直後の高エネルギー状態から急速な膨張を経て冷却され,それぞれの時刻での時間発展はそのエネルギースケールでの物理に支配されていた.とりわけ,物質創成で重要となる宇宙誕生後1秒にも満たない時刻の現象を解明するには,高いエネルギースケールでの素粒子物理の理解が求められる.

    これまでの素粒子研究から構築された素粒子標準理論は,LHC加速器(CERN研究所,欧州)で到達できる約1TeV以下の実験事実をほぼ説明することができる.その一方で,宇宙初期に起きたバリオン数生成のメカニズムや宇宙を漂う暗黒物質の正体といった,宇宙創成に関する根本的な問題については説明ができない.そこで,1 TeVを超える高いエネルギー領域やダークセクターでの,未発見の相互作用による素粒子現象(新物理)の存在が宇宙創成を解明する鍵となる.

    高エネルギー加速器研究機構で行われているBelle II実験は,世界最高のビーム衝突性能を誇るSuperKEKB加速器を利用した実験である.SuperKEKB加速器により得られる50 ab-1(bは断面積の単位barn=10-28 m2)という高統計の電子陽電子衝突事象を最新鋭のBelle II測定器を用いて測定することで,新物理の存在に感度を持つ幅広い物理量を精密測定する.新物理探索の代表例として,小林益川行列のユニタリティ三角形の測定が挙げられる.Belle II実験では50 ab-1のデータを用いて三角形の辺・角を1%程度の精度で測定する.新物理を仮定すると測定した三角形の頂点が一点で交わらなくなる.このズレの観測から新物理の発見を目指す.Belle II実験は,国内で行われている最大規模の国際共同実験かつ日本の大型学術研究の基幹プロジェクトの一つであり,現時点で世界26の国と地域から1,100人以上の研究者が参加している.

    SuperKEKB加速器での電子陽電子衝突事象は素粒子同士の反応である.この反応の特徴はLHC加速器に代表されるハドロン衝突事象と大きく異なる.ハドロン衝突は強い相互作用を伴う複合粒子同士の反応なので,終状態には注目する反応以外の生成粒子も多数含まれる.一方,電子陽電子衝突では電子陽電子の反応で生成される粒子のみが終状態に現れる.Belle II実験ではこのクリーンな衝突反応の特徴を有効に活用し,背景事象を削減したり,検出器に信号を残さない粒子を含む事象を測定することができる.

    Belle II実験は,前身のBelle実験から大幅な加速器および測定器の改良を経て,2018年に実験を開始した.2018年4月のビーム初衝突以降,堅調に実験データを蓄積している.さらに,初期の実験データ解析から高い測定器性能を確認した.SuperKEKB加速器は実験の経過とともにビーム衝突性能を堅調に増加させ,世界最高のビーム衝突性能に到達した.2021年12月までに268 f b-1­の実験データを取得しており,まだBelle実験の統計量には到達していないものの,新物理探索をはじめとした様々な物理解析を進めている.特に複数のダークセクターの探索では,まだ少ない統計ながら,すでに先行研究の感度を上回る測定結果を報告している.

    現状,Belle II実験の初期結果から新物理の兆候は得られていない.しかし,今後継続して加速器衝突性能の向上と安定な測定器の運転に努めていき,これから約10年かけて目標とする統計量のデータ取得を目指す.これにより新物理の解明に繋がる結果が大いに期待されている.

  • 尾崎 壮駿, 立石 幾真, 松浦 弘泰, 小形 正男
    原稿種別: 最近の研究から
    2022 年 77 巻 11 号 p. 751-756
    発行日: 2022/11/05
    公開日: 2022/11/05
    ジャーナル 認証あり

    ディラックは量子力学と特殊相対論を両立させるためには4×4の行列を用いたディラック方程式を考えなければならないことを示した.ディラック方程式の平面波解はE=±√m2c4c2p2の相対論的エネルギーを持ち,負のエネルギーを持つ陽電子解があることを予言した.ここでcmpはそれぞれ光速,電子の質量,運動量である(以下ディラック分散の原点をディラック点と呼ぶ).

    このようなディラック方程式で記述される電子,つまり「ディラック電子」は,固体中でも現れることが知られている.古くは炭素の蜂の巣格子からなる1層のグラフェンが,低エネルギーで2次元のギャップのないディラック方程式に従うことが示された(固体中ではmc2がエネルギーギャップに対応する).これと同様のディラック電子系がいくつかの分子性物質で見られ,実験・理論とともに大きく進展している.

    ディラック電子系を有する分子性導体には以下のような特徴がある.(1)ディラック点のエネルギーがフェルミエネルギーに非常に近く,かつ他のバンドがフェルミエネルギー付近に存在しない.(2)低次元系でありながら3次元の結晶であるためにバルクの測定が可能であり,帯磁率や電気伝導度,ゼーベック係数などの物性について実験と理論との比較検討ができる.(3)不純物が非常に少ない.(4)圧力や分子置換などによって,ホッピングパラメータやバンド構造を比較的容易に変えることができる.(5)1つの分子が大きいためにホッピングパラメータが比較的小さく,相対的にクーロン相互作用の効果が大きく効く.

    ディラック電子系を持つ分子性導体としてα-(BEDT-TTF)2I3が有名であるが,この物質でディラック電子系を実現するためには圧力が必要で,このために実験が難しいことが知られている.これに対し,常圧下でディラック電子系が実現していると考えられるHMTSF-TCNQとα-(BETS)2I3について,ここでは紹介する.前者では,ディラック点が波数空間内で連続的に存在するというノーダルライン半金属が実現していると考えられ,低温で電荷密度波への相転移が生じる.後者においても2次元波数空間に垂直な方向にノーダルラインが形成されているといえるが,スピン軌道相互作用によってディラック点に小さなギャップが開いていると考えられている.

    これまでエキゾチックな電子状態には,それに付随する特徴的な物理量が存在し,それが実験・理論を主導してきた.もっとも典型的な例は量子ホール系でのホール伝導度である.ディラック電子系では,このような物理量は軌道帯磁率であると考えられる.実際,3次元ディラック電子系が実現していると考えられているビスマスとその関連物質において,巨大反磁性の起源がディラック電子系特有のバンド間効果であることが福山・久保によって示されている.

    最近の研究により,HMTSF-TCNQでは,第一原理計算および帯磁率の理論解析からノーダルライン半金属由来の軌道帯磁率が実験結果を理解するためには重要であることがわかった.さらに,α-(BETS)2I3については,スピン軌道相互作用によるギャップがスピンホール効果などを引き起こす可能性があること,また帯磁率の温度依存性がギャップのあるディラック電子系によって理解できることなどが明らかになった.

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