霜田光一先生と量子エレクトロニクスの関わりについて振り返る.前半では霜田先生がマイクロ波の研究からメーザーの研究に入られた量子エレクトロニクスの初期の頃について,後半ではノーベル物理学賞を中心に量子エレクトロニクス分野の発展について述べる.
霜田光一先生は,1960年4月にマイクロ波物理研究室の主任研究員として理化学研究所に赴任された.研究室の目標は,メーザーをマイクロ波より短い波長の可視光域に,すなわちレーザーに発展させ,それを化学や物理に応用することであった.メーザーからレーザーに発展する時代,まさしくレーザーの黎明期において世界初のレーザー応用である高速度写真,レーザー加速器の提案,世界の模範となる遠赤外線レーザーの開発など先駆的な研究成果をあげた.その後,理研におけるレーザー同位体分離研究を先導し,レーザー科学研究グループを通じて我が国のレーザー研究の発展と若手研究者の育成に多大な貢献をした.本稿では,霜田先生を偲んで,理研でのご活躍を振り返る.
He4は大気圧下で約4.2 Kにおいて液体ヘリウムとなり,減圧すると沸騰をしながら温度を下げる.約2.17 Kを下回ると気泡がなくなり静寂な液面が現れ超流動相He IIへと変わる.He IIは奇妙な性質に溢れている.その性質の一つが,気泡のない世界である.ヒータを沈めて加熱しても超熱伝導性によってHe II温度は均一に上昇し,気泡を見ることはできない.そのため,He IIでは沸騰は存在しないと信じられてきた.
その後,1960年代からHe IIでも大きな熱流を加えれば沸騰が起こることが知られ始めた.蒸気膜が加熱面に張り付いて気泡が離脱しない形の膜沸騰が起こる.可視化研究を中心にその膜沸騰の奇妙な振る舞いが様々発見されている.
He IIには,蒸気膜の様相の異なる4つの沸騰モードが存在する.常圧付近では1970年代から,蒸気泡の生成崩壊に伴って音を鳴らすノイジー膜沸騰と音もなく蒸気膜が安定しているサイレント膜沸騰が存在することが知られてきた.ヒータが液深約20 cmよりも深い位置ではノイジー膜沸騰,浅い位置ではサイレント膜沸騰が起こる.そして,2000年代に入ってからさらに2つのモードが可視化研究により発見された.He IIは約5 kPa(He II,He I,気相の3重点の圧力)以上に加圧されると一般流体であるHe Iが蒸気膜を覆う3相共存の沸騰が起きる.この3相共存沸騰において2つの沸騰モードが発見されたのである.約30 kPa以上に加圧した条件において起こる安定で音も鳴らない強サブクール膜沸騰,約5–20 kPaに加圧した際に見られる高周波の音響を伴い気液界面が細かく振動する弱サブクール膜沸騰の2つである.発現条件は主にサブクール度,液温に依存してどのモードの沸騰が起きるかが決まる.
沸騰現象はHe IIにヒータを沈めたような系だけでなく,応用の側面を考慮した狭小な流路の研究も進み,可視化によって興味深い現象が明らかになってきた.片側に酸化インジウム薄膜,片側に石英ガラスを用いた透明な平行平板によって狭小流路を構成すると,過熱状態の準安定なHe IIとHe Iの相転移界面を観察することができる.この可視化結果が現れるまでは制振などを施した限られた系でしか現れないと考えられていたが,過熱状態のHe IIが狭小流路では非常に簡単に出現する.この準安定状態を伴ったHe II膜沸騰は準安定状態崩壊時の気泡の成長・収縮によって高い熱伝達率が実現されることが判明した.
また,He IIの使用分野が人工衛星にも広がっていることを背景に,自由落下棟を用いて微小重力下のHe II沸騰の可視化実験も行われた.この結果,撮影された気泡成長は,気液界面を貫く熱流束の気体分子運動論を用いた予想と良い一致を見せた.一方で,λ点(He II,He I,気相の三重点)のごく近傍では予想よりもはるかに小さい気泡が不安定に振動する様子が観察された.
λ点近傍における不安定な沸騰や,先述の4つの沸騰モード分岐を決定する物理についても未解明問題が存在するなど可視化研究で発見された課題が数多くあり,研究が続けられている.