本研究は,都市近郊山村である佐賀県脊振村鳥羽院下地区を事例に,地名を手掛かりとして,住民によって生ずる村落空間の認識の差異を整理し,その規定要因を明らかにすることを目的とした.本研究では現在使用されている農地に関する通称地名を採取した.これらの地名の認識状況から住民を,鳥羽院下地区全域の地名を認識する類型1・IIと,主として自世帯で所有する農地の名称と位置を認識する類型III・IV, そして自世帯所有の農地の名称でさえ認識しない類型Vの5類型に分類した.
また,従来の研究では注目されることのなかった村落空問認識の形成過程に着目し,住民の地名習得のプロセスを各類型ごとに考察した.住民は地名の習得プロセスにおいて,自世帯所有の農地の名称と位置を最初に認識した後,他世帯が所有する農地へと認識を広げていった.地名の認識には,住民自身の農業従事,就業状況,区会や共同農作業への参加状況などはもちろん,彼らの両親と配偶者の就業状況による違いがみられた.これらの地名習得条件は,農業にのみ従事する高齢者と,農業と農外就業に従事する中・壮年層と,農外就業にのみ従事する若年層という世代によって異なる生活基盤に影響を受けていた.
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