日本物理学会誌
Online ISSN : 2423-8872
Print ISSN : 0029-0181
ISSN-L : 0029-0181
最新号
選択された号の論文の20件中1~20を表示しています
巻頭言
目次
解説
  • 石本 健太
    原稿種別: 解説
    2024 年 79 巻 9 号 p. 486-494
    発行日: 2024/09/05
    公開日: 2024/09/05
    ジャーナル 認証あり

    物理学の観点から見た「生き物」らしさの要素のひとつとして「自ら運動すること」が挙げられる.地球上の生物の最小単位である細胞も,周囲の流体環境中を移動するために運動装置を備えている.我々ヒトを含む真核生物の場合には,鞭毛・繊毛と呼ばれる毛のような細胞小器官がその運動装置である.鞭毛・繊毛はミクロの分子機械であり生物物理学の中心的な研究対象である.化学エネルギーを運動に変換する装置である鞭毛・繊毛,あるいは細胞自身やその集団としての振る舞いはアクティブマター物理学の主要な系となっている.

    これらマイクロメートルスケールの物体周りの流体は,低レイノルズ数のストークス流れでよく記述できる.ストークス方程式は線形の偏微分方程式であるが,生き物が自ら変形して移動するために,複雑な境界条件を有する.これこそ,生き物らしさが生み出す力学の新しい側面であり,面白さの源でもある.特に,慣性の無視できる低レイノルズ数流れにおいては,流体運動は瞬時の境界条件だけで定まる.それゆえ,流体中の生き物の運動も瞬時の「かたち」によって定まることになる.

    その象徴的な例が,パーセルの帆立貝定理(Purcell’s scallop theorem)として知られる形状と時間反転の間にある対称性である.帆立貝の貝殻の開閉運動は,形状変化が行き帰りで時間の逆戻しのようになっているが,このような往復運動(reciprocal motion)と呼ばれる変形の場合には,行きの変形で得た変位が帰りの変形による変位と打ち消され,元の位置に戻ってしまう.帆立貝定理とは「慣性が無視できる状況では,生物は泳ぐために往復運動でない変形,つまり非相反(non-reciprocal)な変形をする必要がある」ことを主張している.

    このように,形状変化を指定したときに実際にどのように流体中を泳ぐのか,という問題を運動学的遊泳問題という.しかし,実際の生物は形状変化を制御しているわけではなく,内部の駆動力を制御しているに過ぎない.鞭毛や繊毛の場合には,内部の分子モーターによって変形が駆動され,鞭毛自身の弾性力と周囲の流体からの流体力の釣り合いとして形状が定まっている.このような場合には,物体の柔らかさと流体との相互作用が本質的となり,力学の文脈では,流体構造連成問題と呼ばれる.鞭毛の分子モーターは,その付け根部分だけで駆動されているのではなく,鞭毛全体にわたって内部から駆動されているが,簡単な力学モデルからもそのことが理解できる.

    近年,内部の駆動力によって自発的に変形するこのような弾性体を,非相反性を持つ非平衡物質として記述する試みが盛んになっている.これは,ニュートンの第3法則を破る力学が有効理論として成立することを意味している.実際,弾性の相反性の破れである「奇弾性(odd elasticity)」を導入することで,物体は自ら流体中で非相反な変形を行うようになり,これにより帆立貝定理の制限から逃れて遊泳が可能になる.物体の非相反性は,外部環境に対して実行的な仕事を行うという「生き物」らしい能力のひとつを表している.生物物理学の古典的な対象である鞭毛運動は,連続体力学(流体力学・弾性力学)の新たな展開を生み出し,今なお非平衡系のフロンティアであり続けている.

最近の研究から
  • 望月 建爾, 村田 憲一郎
    原稿種別: 最近の研究から
    2024 年 79 巻 9 号 p. 495-500
    発行日: 2024/09/05
    公開日: 2024/09/05
    ジャーナル 認証あり

    水の結晶化,すなわち氷の形成は我々にとって最も身近な相転移の一つである.その分子機構の理解は,雲形成などの気象現象,寒冷圏での生物学,臓器などの凍結保存技術を含む広範な分野において重要である.しかし,水から氷が生まれる,すなわち無秩序から秩序が生まれる過程のミクロな描像にはまだ多くの謎が残されている.

    一般に,結晶化の相転移の動的過程(ダイナミクス)は,液体の中から初めて秩序が生まれる核形成過程とそれが成長する結晶成長過程に分けられる.今回は後者,特に自身の融液からの結晶成長である融液成長に注目する.

    融液成長では成長界面が結晶とその融液という2つの凝縮相に挟まれており,成長速度も速いことから,気相成長(固–気成長界面)に比べて成長素過程の分子レベルの実験的観察が困難である.一方,本研究で用いる分子動力学(MD)シミュレーションは,“不均質な”環境の“速い”構造変化を捉えるのに適している.

    水の中の氷は融点直上において円盤状の形に落ち着く.円盤の平らな面は基底(ベーサル)面,側面の丸い面はプリズム面(正確には熱的に荒れたプリズム面)と呼ばれ,表面の分子構造が異なる.このマクロな形状の観察から,基底面は分子レベルでも切り立ったシャープな界面(ファセット面)であることが予想されてきた.ファセット面では2次元核生成を介して層状に結晶が成長する.

    過冷却が進むと核生成時の自由エネルギー障壁が小さくなり,表面の動的な荒れ(カイネティックラフニング)が起こり,成長様式が層状成長から付着成長へと変化する.しかし,氷の基底面における「2次元核生成」と「動的荒れ」の様子とそのクロスオーバーは明らかになっていなかった.本研究では,この2つのキーワードを中心に,MDシミュレーションを用いて氷の融液成長の最前線を捉えることに挑戦した.

    まず各水分子をその隣接分子の配置対称性から氷分子か水分子に分け,過冷却度(ΔT)を変化させながら,氷分子数の時間発展を調べた.その結果,ΔTが小さい場合は,一層分の氷分子数が待機時間を挟んで階段状に増加し,2次元核生成による層状成長が観察された.ΔTを大きくすると,氷分子数が階段状から連続的に増加し続けること,そしてΔT=2 K付近で成長速度のΔT依存性が質的に変化する,つまり,層状成長から接着成長へ変化する動的荒れの発生を捉えることができた.

    さらに,両者の成長界面を特徴付けるために氷表面上の2点間の高さ相関から界面揺らぎを定量化したところ,層状成長過程では揺らぎは2層内で抑制されていること,一方で動的に荒れた界面では揺らぎが十分に発達していることが分かった.

    次に,2次元核生成の様子を観察し,実際の臨界核サイズがバルク氷と水の物性を使って求めた古典核生成理論の予想より遥かに小さいことを見出した.氷–水界面の密度プロファイルの解析から,氷最表層に接した水層の密度はバルク水,ひいてはバルク氷の密度よりも低く,局所的に強い負圧が生じている可能性が示唆された.氷–水の温度–圧力相図上の共存曲線は負の傾きを持つため,その負圧領域が局所的に融点温度を押し上げ,実効的な過冷却度が増加した結果,臨界核サイズが低下したと考えられる.

    本研究では大規模MDシミュレーションを用いて,氷基底面上で起きる結晶成長過程を微視的に特徴付けることに成功した.この氷の成長機構の理解が,他の物質の結晶成長の動的過程や不凍タンパク質の吸着などの氷–水界面で起こる様々なプロセスの解明に繋がることを期待したい.

  • 野村 肇宏, 松田 康弘, 小林 達生
    原稿種別: 最近の研究から
    2024 年 79 巻 9 号 p. 501-506
    発行日: 2024/09/05
    公開日: 2024/09/05
    ジャーナル 認証あり

    酸素分子は全スピン量子数S=1を有する,最も身近で単純な磁性分子である.永久磁石に引き付けられる淡青色の液体酸素は多くの読者が見聞きしたことがあるであろう.酸素分子の磁性は低温で固体になると,より顕著に物性にあらわれてくる.

    特に重要なのが,固体酸素におけるスピン–格子結合である.固体酸素はファンデルワールス力により弱く結び付けられた分子性結晶である.これに対して,酸素分子間の磁気的相互作用のエネルギースケールも凝集力として寄与するほど大きく,磁気的秩序状態が結晶構造に直接的な影響を及ぼす.実際に,酸素分子のスピンが反強磁性秩序した際に結晶構造が変化することから,固体酸素はスピン制御性結晶と呼ばれる.

    固体酸素が真にスピン制御性結晶であれば,反強磁性秩序したスピンを外部磁場で一方向に揃えた際に未知の結晶相が出現するはずである.この仮説を後押しするのが,酸素分子ダイマーの安定配列に関する研究である.

    酸素分子ダイマーはH型の平行に隣り合った配列が最安定である.これはH型配列がπ軌道の重なり積分を最大化し,反強磁性交換相互作用によって安定化するためである.この反強磁性相互作用は隣接スピンが反平行のときはπ軌道間の電子移動が中間状態として許容されるのに対し,平行のときはパウリの排他律によって禁止されることから生じる.それに対して,スピンが強磁性的に揃った際にはむしろ重なり積分を最小化する傾いた配列やねじれた配列の方が有利である.これまで既知の固体酸素は全てH型配列を単位とした結晶構造を有しているが,強磁場極限でこれらの構造は不安定化し,S型やX型を基本とした結晶構造へと分子再配列する可能性が高い.

    我々は東京大学物性研究所の破壊型超強磁場発生装置を用いて,固体酸素の磁化および可視光吸収スペクトル測定を行った.130 T級の磁場を印加した際,固体酸素の磁化は120 Tから急激に飽和に向かい,同時に結晶が青色から透明になる相転移が観測された.相転移は巨大なヒステリシスを伴う一次転移であり,相転移のダイナミクスがパルス磁場の継続時間(数マイクロ秒)にぎりぎり追随していることを示している.観測された強磁場相は固体酸素第8の相としてθ相と名付けた.

    θ相は低温かつ強磁場で安定化する強制強磁性固体酸素である.同様の強磁場相が高温の液体状態でも存在するか,という問いは我々にとって10年来の興味であり,長年計測技術を磨きながら探索を続けてきた.我々は90 Tまでの超音波測定から,液体酸素の音波減衰係数が磁場に対し非線形に増大する結果を得た.これは安定配列が磁場によって変化する過程で,S型やX型のようなねじれた局所構造の揺らぎが増大したためと考えられる.観測された異常な超音波減衰は,酸素の磁場誘起液体–液体相転移の前駆現象とも捉えることができる.

    θ相の発見は酸素分子の安定配列が磁場で制御可能であることを意味している.高温相である液体酸素において同様の相転移が起こりうるということは,酸素が関連する生化学反応さえも磁場で制御できる可能性を示唆している.

  • 藤井 俊博, 木戸 英治, 樋口 諒, 藤田 慧太郎
    原稿種別: 最近の研究から
    2024 年 79 巻 9 号 p. 507-511
    発行日: 2024/09/05
    公開日: 2024/09/05
    ジャーナル 認証あり

    2021年5月27日,244エクサ電子ボルト(=244 EeV=2.44×1020 eV)という観測史上最大級のエネルギーをもつ宇宙線「アマテラス粒子」が米国ユタ州で検出された.この粒子はたったひとつの粒子であるにもかかわらず,40 Wの電球を1秒点灯できるという巨視的なエネルギーをもつ.仮に1グラムあれば日本全体の年間電気使用量(約1,000テラワット時)を約1,000万年もまかなうことができるという,とてつもないエネルギーである.宇宙にはこのような高いエネルギーをもつ粒子が存在し,地球に絶えず降り注いでいる.これまでの観測で,108 eVから1020 eVを超える幅広いエネルギーの宇宙線が地球で検出されている.あるエネルギー以上の宇宙線の到来頻度は,エネルギーが10倍になると約1/100に減少する.100 EeV以上の宇宙線は1 km2あたりに300年にたった1粒子しか到来しないため,検出には広大な検出面積と装置の長期運用が必要である.この100 EeVを超えるエネルギーをもつ極高エネルギー宇宙線は,地球でもっとも大きい粒子加速器で到達できるエネルギーより7桁以上も大きく,宇宙でもっとも高いエネルギーをもつ粒子である.極高エネルギー宇宙線がどこで生まれ,どのように地球にやってきたのかについては未だ明らかになっていない.

    極高エネルギー宇宙線がどこからやってきたのかを明らかにするため,世界9か国/地域の国際共同宇宙線観測実験,テレスコープアレイ実験がはじまった.テレスコープアレイ実験は,面積3 m2のプラスチックシンチレーターを1.2 km間隔で507台設置した地表粒子検出器アレイであり,700 km2の面積にやってくる極高エネルギー宇宙線の観測を2008年から続けている.これまで15年以上の定常観測の中で,もっとも高いエネルギーをもつ宇宙線が冒頭で紹介したアマテラス粒子である.アマテラス粒子は,地球大気に入射したあと大気との相互作用によって二次粒子群(空気シャワー)を生成し,23台の地表粒子検出器でほぼ同時に信号が検出された.それぞれの検出器で記録された空気シャワーの到来時間差と粒子数密度から,アマテラス粒子の到来方向とエネルギーが推定された.

    アマテラス粒子のような極めて高いエネルギーをもつ宇宙線は,宇宙磁場ではほとんど曲げられず,到来方向が発生源をさししめすことが期待されていた.しかし,驚くべきことにアマテラス粒子の到来方向には有力な候補天体が見あたらず,わたしたちのいる天の川銀河の近傍の大規模構造では局所的空洞(ローカルボイド)と呼ばれる方向から到来していた.極高エネルギー宇宙線の発生源としては,大質量ブラックホールをもつ,おとめ座銀河団にある楕円銀河(M87)や,星形成が非常に活動的な銀河(M82)が候補天体として考えられていたが,それらのどの方向とも異なっていたのである.このことの説明には,不定性の大きい宇宙磁場を仮定した天体起源シナリオの議論のほか,未知の天体現象,暗黒物質(ダークマター)の崩壊やモノポールといった新物理起源の可能性も提案されている.

話題
学会の歩み150 年
ラ・トッカータ
JPSJの最近の注目論文から
PTEPの最近の注目論文から
新著紹介
図書リスト
ダイバーシティ推進委員会だより
会員の声
掲示板・行事予定
編集後記
会告
本会刊行英文誌目次
feedback
Top