いわゆる「気剤」の特質を解明する一連の研究の概要を述べる。ヒトによる検証は, 電子瞳孔計による評価, 酸素飽和度, 心拍変動による評価, PWV (Pulse Wave Velocity・脈波伝播速度) による評価, 腹部超音波法による評価, 遺伝子解析による評価の5項目について行なった。動物実験による検証は, 抗鬱モデルマウスによる評価, 抗不安モデルマウスによる評価をした。
代表的な気剤である香蘇散と半夏厚朴湯の作用機序の相違点は電子瞳孔計による評価によれば, 半夏厚朴湯は交感神経優位群について, 有意に交感神経の緊張を取る方向に働いていることが判った。一方, 香蘇散は副交感神経優位群において交感神経系を刺激する形でバランスを正常に近づけるように作用した。
酸素飽和度による検討では香蘇散によって, 精神活動の活性化や抑鬱傾向の改善は, 脳の組織酸素飽和度の上昇と関連しているのではないかということが示唆された。PWV (Pulse Wave Velocity・脈波伝播速度) による評価では半夏厚朴湯は, 主として交感神経の緊張を取ることによって, 血管の弾力が軟らかくなることが示唆された。腹部超音波法による評価では半夏厚朴湯は健常者では変化がないのに対して, FD患者では胃の排出能の回復, 下部消化管の腸管ガスの減少が判り, 半夏厚朴湯が腹満を治すことの一端を解明した。
遺伝子解析による評価では香蘇散証で服用前に発現が多く, 服用後に減る遺伝子として, 知覚関係や神経伝達物質関係, 神経筋シナプス形成, 特にアレルギー関係などは非常に強く出た。また, 香蘇散証で服用前に発現が少なく, 服用後に増える遺伝子として, ウイルスの感染や好中球のバクテリア貪食作用 (phagocytosis) ということで, ウイルスや細菌感染などに対する防御作用が香蘇散証にはあることが示唆された。
動物実験ではマイルドストレス負荷による鬱病モデルマウスを用いた結果として, 視床下部―下垂体―副腎系の機能がストレスによって異常亢進している場合に, 香蘇散はそれを抑制する。一方, ガラス玉隠し行動の評価により, 香蘇散が不安・強迫性障害に有効であることが判ったが, 鬱状態と不安に対して異なる作用機序を持つ可能性が示唆された。
抄録全体を表示