症例1は70歳の女性。4年前からの動悸を主訴に来院。約1年前から動悸発作が頻回に出現。ホルター24時間心電図検査で上室性不整脈を指摘されたが, 不整脈と動悸との間には時間的関連はなかった。易驚性・焦燥感と共に心下痞〓・臍上悸があり肘後方・奔豚湯加茯苓・白朮を投与した。1週間後には動悸の頻度は減少し, 2週間後にはほぼ消失した。
症例2は41歳の男性会社員。全身倦怠感, 上半身の異常発汗, 手指の疼痛を主訴に来院。6年前に手掌・足蹠に紅斑が出現し, また両手指に疼痛が出現。4年前に手足末端の腫脹が現れ, その後増悪した。下垂体腺腫に伴う末端肥大症と診断され, 1992年3月に下垂体腺腫摘出術を受けた。術後に全身倦怠感・上半身の異常発汗が出現し, 休職を余儀なくされた。上熱下寒の著しいことと発作性の異常な発汗を奔豚気病と捕らえ, 肘後方・奔豚湯加茯苓・白朮・黄耆を投与したところ1週間後には下肢の冷えが消失し, その後関節症状・異常発汗も軽快して, 復職可能となった。
症例3は32歳の主婦。右肩胆間部痛と頭痛を主訴に来院。10年前に右肩押骨を打撲。以後, 此の部の鈍痛が出没していたが, 7年前の出産後から, 右肩脾骨に接する労脊柱筋の激痛が出現。激痛は背筋に沿って放散し, 頭痛も伴う。上熱下寒・臍上悸・痃癖を目標に肘後方・奔豚湯を投与したところ著効を得た。
これら3症例の経験と文献的考察から肘後方・奔豚湯の適応病態を次のように考察した。(1) 驚愕・恐怖・抑欝などが誘因となって発症することが多い。(2) 発作性の動悸・頭痛・のぼせ感を来す。(3) 腹部より上行する不安感が起こる。(4) 病位は太陰病期で, 虚証。(5) 気虚の症候がある。(6) 臍上悸・心下悸がある。(7) 心下痞〓・心窩部膨満感があり, 痃癖を伴うことが多い。
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