安中散は『太平恵民和剤局方』に, 甘草, 玄胡索, 良姜, 乾姜, 茴香, 肉桂, 牡蛎と記載されているが, 一般に今日の我が国では, 桂皮, 牡蛎, 縮砂, 延胡索, 茴香, 甘草, 良姜と処方される。『勿誤薬室方函』の煎薬部には後者の処方が記載され, 同書の散薬部には前者の処方が記温載されている。江戸末期の『証治摘要』には, 原南陽が局方処方に縮砂を加味して八味で処方したこと, また局方処方の牡蛎を三倍増量して処方したことなどが記され, 『叢桂亭医事小言』には後者の処方が癖嚢病を治すとの条文と共に記載されている。前者の処方は一門の秘中の秘であったかもしれない。一方, 他書においても局方指示に拘束されず水煎服もかなり一般的となり, 重症の留滞には附子を加味したり, また牡蛎の代りに辛螺を用いたりもされた。安中散は主に江戸末期以後の諸書に見出され, 特に成立年不詳の写本を除けば, 19世紀に入ってから本格的に処方されるようになった。
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