日本東洋医学雑誌
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62 巻, 1 号
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会頭講演
  • —生活習慣病予防治療の新しい可能性を求めて—
    佐藤 祐造
    2011 年 62 巻 1 号 p. 1-16
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/07/08
    ジャーナル フリー
    21世紀の今日,医学,医療の現場においては,根拠に基づく医療(EBM)が求められている。また,EBMに基づく創薬の必要性が求められており,医療の各領域において新薬の開発が行われている。
    糖尿病と漢方:糖尿病は近年急激に増加しつつあり,2007年の厚生労働省の統計によれば,直近の10年間で29%増とされている。また,糖尿病合併症も増加しており,腎症に起因する人工透析導入は約16,000人,その他,糖尿病神経障害によるしびれ,冷感,疼痛を訴える症例も多く,糖尿病発症,合併症への対策は糖尿病臨床上最も重要なポイントとなっている。
    糖尿病は「金匱要略」での“消渇”に相当し,八味地黄丸が有効処方とされている。
    1984年私共は「牛車腎気丸」が糖尿病神経障害に由来するしびれに有効であるとする臨床成績を本邦で初めて報告した。また,牛車腎気丸(G群)とメコバラミン(M群)とのランダム化比較試験を実施し,しびれに対する自覚症状改善度がM群よりG群で有意に大である事実を明らかにした。
    インスリン抵抗性と漢方:インスリン抵抗性は2型糖尿病やメタボリックシンドロームの成因として重要な役割を果たしている。インスリン抵抗性に及ぼす漢方薬の効果を正常血糖クランプ法と分子生物学的手法を用いて解析を行った。
    1)動物実験成績:牛車腎気丸(800mg/kg)はSTZ糖尿病ラットのインスリン抵抗性を改善させるが,その発現にはNOが関与している。また,STZ糖尿病腓腹筋のインスリン受容体(IR–β)のチロシンリン酸化,インスリン受容体サブストレイト1(IRSndash;1)の蛋白量,チロシンリン酸化が関与している可能性も示唆された。
    2)臨床的検討成績:2型糖尿病患者に牛車腎気丸(7.5g/日)を1カ月経口投与したところ,HOMA‐R(インスリン抵抗性)は有意に低下した。投与中止1カ月後には投与前と同一レベルとなった。正常血糖クランプ法(インスリン注入量400mU/m2/分)でもグルコース注入率(GIR)は有意に増大した。
    すなわち,中国の古典「済生方」に記載された老人のしびれ,排尿困難等に使用されてきた牛車腎気丸について,私共は糖尿病神経障害に有効である事実を,また,2型糖尿病予防・治療に有用であるとの新たな適応を見出した。今後もこのような漢方薬の領域における「創薬」を行いたいと考えている。
論説
  • 秋山 光浩, 松浦 恵子, 今津 嘉宏, 及川 恵美子, 首藤 健治, 渡辺 賢治
    2011 年 62 巻 1 号 p. 17-28
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/07/08
    ジャーナル フリー
    2015年に改訂される予定のICD—11に漢方医学を含む東アジア伝統医学を導入することが検討されている。このことがどのような意義があるのかを検証するために,ICDそのものの理解が必要である。本稿ではICDの歴史・意義・問題点につき整理し,何故伝統医学を入れるに至ったかの背景について述べる。ICDは,1900年から国際的に使用されている分類で,その内容も当初の死因のための分類から疾病分類の要素を加味し,さらに,保健サービスを盛り込むなど,社会の変化に対応した分類となっている。現在のわが国での活用も,死亡統計,疾病統計など各種統計調査にとどまらず,臨床研究等幅広いものとなり,今後さらにその利用範囲は拡大するものと考えられる。一方,ICD—10と医学用語の関係や臨床における疾病分類としての使い勝手など,様々な問題が山積している。また,実際に使用している国が先進国を中心に限定されており,人口の多い,アジア地域での統計が取れていない。2015年の大改訂(ICD—10からICD—11)では,紙ベースから電子データとするとともに,東アジア伝統医学分類を盛り込むことで,アジア地域へのICDの普及促進を図る。
臨床報告
  • —入院治療を中心として—
    大野 賢二, 関矢 信康, 並木 隆雄, 笠原 裕司, 地野 充時, 平崎 能郎, 寺澤 捷年
    2011 年 62 巻 1 号 p. 29-33
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/07/08
    ジャーナル フリー
    千葉大学医学部附属病院和漢診療科の入院患者が入退院時に内服していた薬剤およびその薬剤費を調査した。対象は2006年9月から2008年10月の間に入院した患者のうち,治療目的以外の入院や急性疾患を除外した35名とした。疾患内訳は多岐に渡っていたが,転帰が死亡,悪化した症例は認められなかった。西洋薬の薬剤数は入院前後で平均3.7剤から2.7剤へと減少し,その薬剤費は1日当たり302.1円より227.6円へ平均74.5円推計学的に有意に減少した。一方,漢方薬の薬剤費も入院前後で減少した。また,総薬剤費は入院前後で1日当たり平均437.8円から348.0円へと有意に減少し,約20%節減できた。以上の結果より,種々の疾患に漢方薬を適正使用することで,患者の病状が改善すると同時に薬剤費および医療費節減という医療経済的有用性がもたらされる可能性が示された。
  • 西田 欣広, 楢原 久司, 織部 和宏
    2011 年 62 巻 1 号 p. 34-37
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/07/08
    ジャーナル フリー
    産科臨床において,産後の胎盤が剥離しない癒着胎盤を時折経験する。強固に癒着した胎盤を無理に剥がそうとすると熟練した産科医が対応しても,時に大量出血,ショックを引き起こし予後不良となる場合もある。保存的に用手剥離術が困難である場合,西洋医学的には外科的に子宮全摘出術を行うしか方法がないのが現状である。
    症例は27歳,初産婦。分娩後に胎盤剥離徴候がみられず,用手剥離術も不成功で超音波断層法,MRIで癒着胎盤(嵌入胎盤)であることが判明した。単純子宮全摘出術を勧めたが,本人の子宮温存希望が強いため,漢方治療を行うこととし,桃核承気湯を処方した。治療中,子宮内感染など産褥経過に異常をおこすことなく経過し,産褥50日目に完全に残存した胎盤を摘出することができた。文献的には胎盤遺残に関して漢方診療三十年(大塚敬節著)に数行触れられているのみで,癒着胎盤への漢方を応用した報告はなく貴重な症例と思われる。
  • 桜井 みち代, 本間 行彦
    2011 年 62 巻 1 号 p. 38-44
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/07/08
    ジャーナル フリー
    難治性の中高年の女性にみられた第1,2度の酒皶の10症例に,漢方治療を行い,著効を得たので,報告する。患者の年齢は,46歳から81歳までで,平均年齢は60.6歳,発病から受診までの期間は1カ月前から5,6年前までで,平均期間は約2.2年であった。奏効した方剤は,大柴胡湯と黄連解毒湯の併用が7例,葛根紅花湯が3例であった。後者のうち,1例は葛根紅花湯のみ,1例は始め葛根紅花湯で治療し,のち白虎加人参湯と加味逍遙散の併用に転方した。残りの1例は桂枝茯苓丸と黄連解毒湯で開始,のち葛根紅花湯に転方した。本病に大柴胡湯と黄連解毒湯の併用,または葛根紅花湯が治療の第一選択として試みる価値がある。
  • 中江 啓晴, 熊谷 由紀絵, 小菅 孝明
    2011 年 62 巻 1 号 p. 45-47
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/07/08
    ジャーナル フリー
    患者は65歳女性,主訴は左肩が痛む。2007年4月から左肩関節痛が出現し,左上肢が挙上困難となった。整形外科で肩関節周囲炎の診断で治療されたが改善はなかった。6月に紹介受診,左肩関節痛と関節拘縮,軽度筋萎縮を認めた。浮,緩の脈で,自然発汗があった。7月から桂枝湯を2週間内服したところ痛みは改善した。3カ月後には左上肢が挙上可能となった。桂枝湯の原典は傷寒論であり,太陽の中風に使用される。本例では典型的な寒気の訴えはなかったが上肢の冷感を悪寒の一部分ととらえ,脈浮,悪寒,関節痛があることから太陽病期と診断した。これに脈緩,自然発汗があることから,桂枝湯証と診断した。桂枝湯は虚証の感冒の初期に使用されるが,慢性疾患に対して用いられることはほとんどない。肩関節周囲炎に対する桂枝湯の使用経験は渉猟しえた範囲では見られなかった。慢性疼痛でも太陽病期であれば,桂枝湯が奏効することが示唆された。
  • 木俣 有美子, 関矢 信康, 笠原 裕司, 地野 充時, 平崎 能郎, 小川 恵子, 岡本 英輝, 植田 圭吾, 大野 賢二, 並木 隆雄, ...
    2011 年 62 巻 1 号 p. 48-52
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/07/08
    ジャーナル フリー
    左腎盂形成術および子宮筋腫手術に関連して生じた慢性疼痛に対し,漢方治療が奏効した1例を経験した。症例は55歳女性。左腎盂尿管移行部狭窄症に対する左腎盂形成術と,その後生じた子宮筋腫術後の骨盤内癒着による尿管狭窄に対する長期尿管ステント留置が為された。しかし術後の疼痛が慢性化し徐々に増強,ステントに伴う疼痛・不快感も持続し抑うつ傾向も出現,和漢治療を勧められ当科受診となった。気虚,気鬱,水滞を目標に茯苓飲合半夏厚朴湯を処方したところ,疼痛に改善を認めた。慢性疼痛患者に対する,気の失調病態を考慮した漢方治療の有用性が示唆された。
  • 犬塚 央, 野上 達也, 木村 豪雄, 田原 英一, 三潴 忠道
    2011 年 62 巻 1 号 p. 53-56
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/07/08
    ジャーナル フリー
    冬季の嘔吐下痢症はノロウイルス感染が原因となる場合が多く,嘔吐,下痢,発熱,腹痛を主症状とする。通常1~3日で治癒するが,高齢者では死亡するケースも報告されている。
    今回,2005年12月1日から2006年1月31日の2カ月間,福岡県の1老人ホームで多発した嘔吐下痢症に際し,黄芩湯を投与した20例の検討を行った。
    症状消失までの漢方方剤の投与回数は1~12回で,3回以内が15例と75%を占めていた。うち4例は1回のみの投与であった。症状消失までの時間は24時間未満11例,24時間以上48時間未満6例,48時間以上72時間未満2例,72時間以上96時間未満1例で,48時間未満が17例と85%を占めていた。1例が誤嚥性肺炎を併発したが,入院治療を要する症例はなかった。
    ノロウイルス感染症は早期から漢方治療を行えば軽症かつ早期に回復する可能性があり,西洋医学的には対症療法のみであるため,漢方治療を行う意義は大きいと考える。
東洋医学の広場
  • —講義前後および医学部3年次学生との対比での考察—
    栗田 隆, 薗田 順, 東野 英明, 中垣 晴男
    2011 年 62 巻 1 号 p. 57-64
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/07/08
    ジャーナル フリー
    歯学部学生の東洋医学に対する意識について調査するため愛知学院大学歯学部3年次学生(以下,歯学生)の講義前後(有効回答者,前105名,後104名)と,医学部学生との比較のため近畿大学医学部3年次学生(以下,医学生)の講義前(有効回答者,前68名)に同様の無記名式調査票を配布し検討を加えた。講義前では東洋医学に歯学生55.2%,医学生64.7%が興味あり,歯学生80.9%,医学生58.8%が将来,重要視されると思い,将来自ら活用したい者は歯学生54.3%,医学生51.5%,講義を希望する者は歯学生72.4%,医学生70.6%であった。講義前後では歯学生で知識があると答えた者は前7.6%,後50.0%,興味がある者は前55.2%,後76.9%,活用したい者は前54.3%,後77.9%と増加した。以上より,歯学生も医学生と同様に東洋医学に対する意識は高く,また,歯学生において講義による向上的意識変化が認められたことから,今後,歯学部教育における東洋医学教育の導入を積極的に議論することが望まれる。
  • 矢久保 修嗣, 木下 優子, 上田 ゆき子, 小泉 久仁弥, 藤田 之彦, 新見 正則, 小牧 宏一
    2011 年 62 巻 1 号 p. 65-69
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/07/08
    ジャーナル フリー
    学校や一般社会で健康教育活動を将来担う大学生を対象として,漢方医学についての講義を行う機会があった。このような学生に対する漢方医学教育の目標の設定は検討されていない。我々は漢方医学の必要性を理解し,将来これに関する適切な助言ができることを目標として講義を行った。講義の前後のアンケート調査を検討すると,漢方医学に関する我々の考えている望ましい認識は講義前の58.0 ± 15.4%から講義には88.5 ± 10.2%と増加した。現在行われている漢方医学の有用性に関しては,極めて有用,あるいは有用という認識に関して,講義前は58.4%であったが,講義後には95.9%となった。講義により漢方医学に関する充分な認識にもとづいて,将来,彼らが学校や社会において,漢方医学に関しても適切な健康教育活動を行うことが期待される。
教育講演
  • —思い出に残る症例から—
    中川 良隆
    2011 年 62 巻 1 号 p. 70-80
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/07/08
    ジャーナル フリー
    現在,わが国では約7割の医師が漢方薬を処方し,ほとんどの医学部,医科大学で漢方の講義が行われている。半世紀前には予想だに出来なかったことである。しかし一方で,今,漢方は重大な岐路に立たされている。EBM,RCT,科学化が求められ,さらにはグロバリゼーションの波にさらされている。さらに生薬資源の問題もある。この対応を間違えると,漢方は現代医学にのみ込まれてしまうか,取り残されて衰退してしまうだろう。一介の開業医の私が,その解決の鍵をもっているわけはない。しかし,ただ長く漢方に携わってきたそのことより,私なりの思い,考えもあるので,それを語った。確実に言えることは一つ,漢方の原点を見失わず,それを大切に守っていくこと。「漢方薬は,本質的には病気でなく病人を治療する薬である」と述べた。また,漢方の口訣に触れ,開業医の役割に言及し,日本東洋医学会に対しては,我々町医者も堂々と発言出来る場であり続けてほしいことを要望した。
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