本総説IIIにおいて, 著者清水は1965年以降2003年までの38年間に東京医科歯科大学, 大分医科大学他において, 臨床面を中心としてなされた口腔腫瘍および, 口腔がんの治療研究経験のうち, 主要トピックス3項目について記す。
第一のテーマは, 単独化学療法のみによる口腔粘膜がん消失の治療経験である。
最初に抗腫瘍剤5-FUによる舌癌原発巣の単独治癒経験例の報告, ついで抗腫瘍性抗生物質として, 当時最高の単独治療成績を示したBleomycinによる口腔粘膜癌治療の歴史的経過を取りあげる。
二番目のテーマは新しい形成外科的再建手技の導入である。これらはヨーロッパおよび国内の一般外科・形成外科的手技の発展に伴う口腔がん外科治療分野における展開である。われわれもこれら新しい外科的手法により口腔がん広範摘出後再建を実施し, 従来法より格段に向上した5年生存成績を得ることができた。それらの中で新しい有茎皮弁活用の第一歩はD-P皮弁であり, その口腔外科学会初発表のエピソードを記す。
この時期には一方, 多薬剤併用化学療法が広く実施され, 口腔がんに対しても同様であったが, その結果については残念ながら否定的成績が大であったと著者は認識している。
三番目の課題は, 高齢並びに高度進展口腔がん患者に対する治療の課題である。従来, 生存期間より規定する治療成績向上の観点から, 高齢者などに対しても若年者の場合に近い方法がとられてきた。これに対し著者は, 高齢者の全身的許容能力の低下に相応する治療法の選択組み合わせを実施することを提唱した。外科, 放射線照射, 化学療法いつれにせよ, 副作用の発現を最小限にし, 効果の発揮においても, 高齢者並びに高度進展口腔癌患者に共通してのQOL尊重の立場を考慮し, 期待しうる治療法を選択, 実施する。その際, 本人および家族にも十分説明し, 納得しうる方法, 組み合わせの採用を重視したい。
この方針は, 最近の日本癌治療学会, 他同様専門学会においても認められ, がんとの平和的共存の期間を長くして天寿を迎えられるようわれわれの口腔癌治療最終目標を置くべきと強く主張したい。その方向を助けるものとして, PET (Positron Emission Tomography) の活用による早期発見・診断と, 治療効果判定への応用が新しい力を与え, 治療面においても, 免疫細胞療法, 温熱療法他を放射線療法, 化学療法と有機的に組み合わせて行う新たなる治療体系が組み立てられつつあることに未来への希望をつなぎたい。
肺がん同様, 口腔がんにおいても, 最高の治療は発症要因の除去, 予防である。近年, 喫煙が殆どの全身腫瘍並びに各種疾患発症に深く関与することが立証されてきた。口腔がんついて, 清水は1966年に発症原因との関与他の小研究をし, 舌癌発症への喫煙の関与を発表しているので, その意義を, 口腔がん予防のための分煙・禁煙の観点から述べた。
以上, これら内容の論議には, 人の寿命と腫瘍の存在との関係を如何に考えるか, 人生の哲学, 倫理にわたる問題が後継者達に残されているとも結論されよう。
最後に, ドイツFreiburgの外科医Prof. Hans Killianの言葉の真意に近ぐ, 筆者は次のごとく言って稿を終える: すなわち「われわれの後ろには神が立ち給うのみである, そして, その神が口腔がん患者の治療経過をみそなわすものであろう」と。
付記として, 本総説表題の「ガン」を, 昨2005年第43回日本癌治療学会総会において公式表示された方針に従い, 本稿以降「がん」に改めさせて頂く。
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