本研究は,明治期においてヘルバルト主義が,わが国の学校音楽教育の理論的側面に与えた影響について明らかにすることを目的とした。研究方法としては,明治35年に翻訳紹介されたヘルバルト主義者,ラインの『第一学年』における唱歌教育論を分析した後,明治後期にわが国において執筆された何冊かの唱歌科教授法書を検討し,ヘルバルト主義の影響について考察した。さらに,ヘルバルト主義がわが国の学校音楽教材に与えた影響を明らかにするために,当時最も普及した文部省編『尋常小學唱歌』の分析を行った。『尋常小學唱歌』を分析した結果,他教科との関連性の重視,理解しやすい歌詞文体,童話や模範的人物を題材とした歌詞の導入,国家主義思想の培養や美感の養成を意図した歌詞の充実,子どもの声域を配慮した歌いやすい旋律,文化史的段階説に基づく教材の配列方法など,様々な側面においてヘルバルト主義の影響を見いだすことができた。一方で,ラインの音楽教育論と,わが国のヘルバルト主義に基づく音楽教育論とを比較した結果,わが国では,教材論や教授法において,かなり歪曲した受容がなされたことが明らかとなった。
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