本研究では,ロシア語を母語とする日本語学習者が日本語を学習することによるポライトネスの構造と意識変容への影響を,依頼の断り難さと依頼者への配慮に着目して調査した。ポライトネス理論の枠組み(Brown & Levinson, 1978, 1987)では,ある行為x の持つフェイス侵害リスク(Wx)の大きさは,相手との社会的距離(D),力関係(P),x という行為が特定の文化内でもつ負担の度合い( Rx), の3つの要因で, Wx=D(S, H)+P(H, S)+Rx と示される(S は話し手,H は聞き手である)。この理論的な枠組みを使って,依頼に対する断りに影響する諸要因の強さを回帰木分析で検討した。分析の結果,ポライトネス理論の公式で示された諸要因が影響することを支持した。さらに,社会的距離が強く影響し,力関係,依頼場面および言語使用の違いはその次に影響する要因であることが分かった。本研究では,ポライトネス理論の影響諸要因の中で階層性があることを実証した。また,全体としては弱い要因ではあるが,日本語を学習することでロシア語の使用への影響(逆行転移),ロシア人としての民族的アイデンティティの維持,目標言語の文化への順応が依頼場面に応じて起こることを示した。
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