J. H. ペスタロッチーは,人間らしさを育む教科内容を視野に入れていた古典家の1人である。本論文の目的は,彼の生活陶冶論を中心として,人間らしさを育む教科のあり方,その仕組みを考察することにある。彼の考える教科編成は,基本的に人間の知・心・体の枠組みをもって構成されており,我が国や世界の学校教育で一般的になっている教科構成と共通点も多い。彼の教科教育で注目すべきところは,教科構成の独自性というよりは,教科教育としてのあり方の問題提起である。彼は,どの教科の教育でも,困窮と生活の味わいの要素を取り入れようとする。核心は,どの教科においても子どもが課題解決を通じて自分の生き方を対象化し,低次元の自己を乗り越える機会を設定することである。しかし子どもが純粋な意志から活動しつつあるかどうかを確かめるには,ただ子どもの発する言葉に目を向けるほかはない。各教科は,言葉を試金石とし,固有の立場から,子どもの生き方を高めていかねばならない。しかし各教科のねらいが人間の個別的な力の増加におかれ,直ちに人間らしさが育まれると錯覚されれば,子どもが自らの力を生活の中で人間的に適用する際に混乱を引き起こす。教科間の相互の関係性に彼が注目し,しかも子どもたちの間に「わたしたちの題材」という意識を目覚ましながら人間らしさを育もうと格闘したことは,人間性に迫る教科が問われる今日に,真にアクチュアルな示唆を提起している。
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