Nevus を本邦では「母斑」と呼ぶが,その由来は知られていない。
Nevus 自体はラテン語の naevus あるいは gnaevus が語源で,「生まれつき」の意味である。ここには「母」という意味は含まれていない。一方,日本古来の医書(医心方)や辞書(節用集)には「母斑」の用語は記載されていないので,古語として存在していたものでもない。
現存する資料から判断すると,「母斑」の用語が最初に用いられたのは,明治9年(1876年)出版の,蘭方医高橋正純著による「対症方選」である。また,緒方洪庵訳の「扶氏経験遺訓」には,『痣「ナーヒュス」羅 「ムーデルフレッキ」蘭』との表題で nevus を記載している。ムーデルフレッキはオランダ語の Moedervlek であり,これはドイツ語の Muttermal と相同の言葉である。Moeder(Mutter)は「母」,vlek(Mal)は「斑点」の意味である。これを「母斑」と直訳したことは容易に推測できる。この邦訳を行ったのは緒方洪庵ではなかった。高橋正純,あるいは緒方洪庵と高橋正純の間の時期に他の医師によってなされた,と考えられる。
西洋にはドイツの Muttermal 以外にも,「妊娠中の母親の感情・体験が,児の体表に,形となって発現する」というニュアンスの言葉がある。英語の「mother's mark」,フランス語の「Envies」,イタリア語の「Dei Nei materni」などである。過去には,これらの用語が各国の医学書に使用されていた。現在では,これらの用語は医学界では使用されていない。しかし,その直訳語である「母斑」は,依然として本邦で用いられるのが現状である。(皮膚の科学,17: 137-150, 2018)
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