86歳,男性。発症時期不明の右上腕の約 1cm大の黒色結節から出血したため近医を受診した。2 mm マージンで全切除生検が施行され,メラノーマの診断で当科を紹介受診した。切除標本では,表皮から真皮中層にかけて好塩基性の結節性病変がみられた。表皮下層には類円形の淡明細胞が不規則に増殖しており,真皮には好酸性の細胞質を有する類上皮細胞の増殖がみられた。結節中央では大型で明るい泡沫状の細胞質を有する balloon cell の増殖がみられた。いずれの細胞も大小不同で核異型を伴っていた。免疫染色では,類上皮細胞では S-100 蛋白,HMB45,Melan-A 陽性,balloon cell では S-100 蛋白,Melan-A 陽性であり,balloon cell melanoma と診断した。断端陰性であり,全身検索で遠隔転移を疑う所見はなかったため追加切除はせず,インターフェロン β 局注にて経過観察していた。しかし17ヶ月後に腫瘍切除瘢痕から中枢側に 7mm大の淡青色の皮下結節が出現した。切除生検で balloon cell melanoma の in-transit 転移であった。遠隔転移の所見はなく,その後もインターフェロン β 局注をしばらく継続した。その後の経過観察中には再発転移はなく,経過中に肺炎になり死亡された。Balloon cell melanoma はまれな病型であり,balloon cell はメラノーマの進行過程において生じる可能性があると推察される。 (皮膚の科学,22 : 181-186, 2023)
78歳,男性。初診の 8 ヶ月前より右母指の疼痛と色調変化を自覚した。近医皮膚科を受診したが症状の改善がみられなかったため当科紹介となった。初診時,右母指の爪郭尺側に疼痛を伴う 10×3.5 mm 大,黄白色,弾性硬の小腫瘤が認められた。症状と経過から後天性爪囲被角線維腫,皮膚線維腫,翼状爪などを疑い局所麻酔下に全切除術を施行した。病理組織学的には,squamous eddy が散見される表皮組織に覆われた嚢胞がみられ,嚢胞内腔には角化物が認められた。以上より爪囲表皮嚢腫と診断した。当科にて2017年から2022年までの間に表皮嚢腫と診断された症例は208例であり,そのうち手指部に発生した表皮嚢腫は自験例を含めて 2 例で全体のわずか 1 %であった。指の表皮嚢腫の発生機序は,外傷による表皮の埋入,ヒトパピローマウイルス(human papilloma virus : HPV)の関与が指摘されている。本症例では HPV による局所感染は否定的であり,明らかな外傷の既往もみられなかったが,外傷に関しては過去におけるわずかな外傷を記憶していない可能性も考えた。爪囲に生じる表皮嚢腫は稀であるが,手指に腫瘤を認めた際には同疾患も考慮に入れなければならない。 (皮膚の科学,22 : 187-191, 2023)
88歳,男性。 9 年前に体幹,四肢に紅褐色の結節が多発し,カポジ肉腫および HIV 感染症と診断された。ART 療法でカポジ肉腫は完全寛解し,HIV ウイルス量も検出感度以下で経過していた。 1 ヶ月前に右足底に米粒大の黒色皮疹を自覚していたが, 5 日前から増大して圧痛を伴うようになったため当科を受診した。受診時,右足底に径 9mm×7mmの暗赤色調の隆起性病変を伴う下床との可動性良好な結節を認めた。末梢血中の CD4 陽性細胞数は 300/μl であった。化膿性肉芽腫や血管腫の可能性を考え全切除した。病理組織学的に大小不整な脈管の形成を伴う紡錘形の異型細胞の増殖を認めた。腫瘍細胞は HHV-8 陽性,CD31 陽性,CD34 陽性であり,臨床像と合わせて化膿性肉芽腫様カポジ肉腫と診断した。化膿性肉芽腫様カポジ肉腫はカポジ肉腫の稀な亜型であり,非 HIV 感染者にも発症する。また手足に多くみられ,病理組織学的にも化膿性肉芽腫と類似しているため,高齢男性の手足に生じる化膿性肉芽腫様の病変では本症を鑑別疾患に挙げる必要がある。 (皮膚の科学,22 : 192-197, 2023)
55歳,男性。 1 年前より躯幹・四肢に自覚症状を伴わない丘疹が出現した。徐々に増数してきたため近医を受診,精査および治療目的で当科を紹介され受診した。両肘窩,膝窩,鼠径部など間擦部と背部に米粒大程度の褐色丘疹が多発・散在していた。外陰部に皮疹はなかった。病理組織所見で著明な角質増殖を伴う表皮の不規則な肥厚および顆粒変性がみられ,disseminated epidermolytic acanthoma と診断した。間擦部を中心に生じたことから物理的な慢性刺激が発症誘因になった可能性が推察された。 (皮膚の科学,22 : 198-201, 2023)
76歳,男性。半年前より背部に小豆大の黒色結節が出現し,除々に拡大傾向であった。前医で悪性黒色腫を疑われ当科に紹介され受診した。全切除生検を施行し悪性黒色腫と診断した。術前のリンパシンチグラフィーでは腋窩と左肩甲骨外側周囲に RI の集積を認めた。術中に試行した ICG 蛍光法,色素法でも同様にリンパ流が確認され,腋窩と左肩甲骨外側部にセンチネルリンパ節を同定した。病理組織検査の結果,肩甲骨外側部にもリンパ濾胞と浸潤する異型メラノサイトを認め,interval node への転移と考えた。腋窩のリンパ節には転移は認めなかった。術後補助療法としてニボルマブ投与後に領域リンパ節への転移が確認された。左腋窩リンパ節郭清術を行ったところ17個中 2 個に転移を認めた。Interval node とは所属リンパ節と原発巣の間にあるリンパ管に沿って存在するリンパ節を指す。interval node への転移の頻度は所属リンパ節への転移の頻度と同程度と報告されている。 また所属リンパ節に転移を認めず,interval node のみに転移を認める場合もある。Interval node の存在を認識し,センチネルリンパ節として同定された場合には病理組織学的な検討が必要である。 (皮膚の科学,22 : 202-207, 2023)
72歳男性。初診 1 年前より,陰嚢左側∼会陰にかけて腫瘤を認め,徐々に増大してきたため当科紹介となった。病変は潰瘍化を伴う易出血性の巨大腫瘤であり,周囲には境界不明瞭な紅斑や脱色素斑を認めた。皮膚生検にて乳房外 Paget 病(extramammary Paget’s disease,以下 EMPD)と診断し,針生検にて鼠径リンパ節転移が確認された。また,全身検索にて前立腺癌,多発リンパ節腫大,肺,肝臓,骨に転移性腫瘍の所見を認めた。遠隔転移の原発がいずれの腫瘍か判然とせず,EMPD も前立腺癌も進行期であったため手術療法は困難と考えられた。治療選択肢の観点や本人の希望により,全身治療については前立腺癌を優先することとなり,抗アンドロゲン療法と陰部 EMPD への放射線照射にて治療を開始した。PSA の低下と陰部腫瘤の著明な縮小を認めたが,肝転移が悪化し,初診から 7 ヶ月後に永眠された。結果として遠隔転移は EMPD によるものと考えられたが,自験例は 2 つの進行癌が並存し,治療方針の決定に難渋した症例であった。近年,EMPD の発症と増殖にアンドロゲンとその受容体が関与する可能性が指摘されている。EMPD と前立腺癌が合併した報告例も散見され,発症機序や治療が共通する可能性があり,今後症例の蓄積が望まれる。 (皮膚の科学,22 : 208-216, 2023)
71歳女性,卵巣癌の既往歴あり。 3 年前から増大する左大腿の腫瘤を主訴に前医を受診し,皮膚生検で脂腺癌を疑われ当科を紹介受診した。左大腿に径 3cmの紅色腫瘤を認め全摘出し,脂腺癌と診断した。更に 1 ヶ月後に右上腕の紅色腫瘤を切除し,脂腺腺腫と診断した。免疫組織化学染色で腫瘍細胞に MSH2,MSH6 の発現がみられなかったため,Muir-Torre 症候群を疑い消化器内科を紹介したところ,大腸ファイバー検査で盲腸癌および横行結腸癌を認めた。多発する脂腺系腫瘍を認め,Muir-Torre 症候群を示唆する病理組織所見を認めた場合には,積極的に免疫組織化学染色で DNA ミスマッチ修復蛋白の欠損をスクリーニングすることで,Muir-Torre 症候群の早期診断,内臓悪性腫瘍の早期発見が期待できる。 (皮膚の科学,22 : 217-223, 2023)
71歳,男性。 4 年前左眼球原発の濾胞性リンパ腫を発症し,NHL(Non-Hodgkin’s Lymphoma)RB 療法(リツキシマブ・ベンダムスチン)に続き,NHL-ベンダムスチン療法施行中。 1 ヶ月前頭部背部に瘙痒を伴う浸潤性紅斑と丘疹が出現し当科を紹介受診した。急性痒疹と診断し副腎皮質ステロイド薬外用と第 2 世代抗ヒスタミン薬内服を開始した。 3 ヶ月後からおもに顔面に瘙痒を自覚後に紅斑が出現し 1 週間程度で消退するという経過を繰り返した。症状が顕著になった 1 年10ヶ月後にリンパ腫の皮膚浸潤等との鑑別のため皮膚生検を施行した。病理組織学的に真皮から皮下組織にリンパ球を主体とした細胞浸潤の中に脱顆粒を伴う好酸球の浸潤がみられたが,明らかな ame gure はなかった。臨床所見と合わせ eosinophilic dermatosis of hematologic malignancy と診断した。NHLGB 療法(オビヌツマブ・ベンダムスチン(メチルプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム(mPSL),デキサメタゾンを含む))や NHL-オビヌツマブ療法(mPSL を含む)の各クールを終えた直後は皮疹が改善した。リンパ腫の経過が良好で NHL-オビヌツマブ療法を一旦終了すると,下肢に新規病変が出現したことより濾胞性リンパ腫の治療で併用される副腎皮質ステロイド薬の投与が皮疹の改善に一定の効果があったと考えた。 (皮膚の科学,22 : 224-230, 2023)
25歳,男性。幼少期よりアトピー性皮膚炎あり。初診の 1 ヶ月前より顔面,四肢の紅斑,上肢の挙上困難を自覚したため当科を受診した。顔面から頸部にかけてびまん性に紅斑があり,体幹部にはあまり皮疹がないが,両上腕部に掻破痕様の線状の紅斑を認めた。手指では MP 関節に鱗屑をつけた紅斑を認め,後爪郭の点状出血を伴っていた。血液検査,皮膚生検,筋生検,筋電図の結果より抗TIF1-γ 抗体陽性皮膚筋炎と診断した。悪性腫瘍の全身検索を行い,膵臓に近接した進行胃癌,肝門部リンパ節転移を認めた。食事摂取は可能であり,進行胃癌の治療を優先した。消化器外科で胃全摘出術・胆のう摘出術・膵体尾部切除術を行った。術後 1 ヶ月時点での画像検査にて S3,S5,S6 領域に多発肝転移を認め,抗 TIF1-γ 抗体が軽度上昇した。肝転移に対して術後 2 ヶ月後より化学療法を開始した。このころには上腕の挙上が可能となり皮疹も徐々に改善した。化学療法 4 コース時に重症の腸炎を合併したため化学療法は中止となり,若年であることから根治を目指して原発巣の術後 6 ヶ月目に肝部分切除を行った。その後,抗 TIF1-γ 抗体は陰転化した。現在,皮膚症状,悪性腫瘍ともに再燃は認めていない。抗 TIF1-γ 抗体陽性皮膚筋炎は悪性腫瘍合併例が多く,悪性腫瘍の治療で皮膚筋炎が改善することもあると知られている。胃癌は40歳代より罹患率が増加し,20歳代での発症は極めてまれであるが,抗 TIF1-γ 陽性例では徹底的な悪性腫瘍の検索が必要と考えた。 (皮膚の科学,22 : 231-236, 2023)
50歳男性,植木業従事。初診 6 日前より発熱, 4 日前から四肢,体幹に自覚症状を欠く皮疹が出現したため近医を受診し,当科を紹介された。初診時,四肢,体幹部に直径 5mm程度の不整形の紅斑が散在し,左足関節部に痂皮を認めた。血液検査では白血球増加,CRP の上昇を認めたが,肝酵素は正常で,クレアチニン 2.27 mg/dl と軽度の腎障害を認めた。痂皮の PCR 検査では陰性であったが,全血の PCR 検査で Rickettsia japonica の遺伝子が検出され,日本紅斑熱と診断した。左下腿部紅斑の病理組織所見は,白血球破砕性血管炎の所見を呈していた。補液とミノサイクリン投与により症状,検査所見は徐々に改善した。日本紅斑熱は発熱,発疹,刺し口を特徴とするマダニ媒介性リケッチア感染症である。臨床検査では肝酵素の上昇を認めることが多く,多臓器不全を伴う重症例以外では腎障害を示さないことが多い。自験例は肝酵素の上昇を認めず,腎障害を認めた点で,日本紅斑熱としては比較的稀な症例であり,リケッチア感染に伴う微小血管障害により腎障害を生じたと考えた。また,病歴から阪神間の六甲山系にある民家の庭で感染したと推定された。以上より,この地域で発熱を伴う発疹を生じた患者を診た場合,山岳部での活動歴がなくても,本症を疑って早期に検査,治療を行うことが重要と考えた。 (皮膚の科学,22 : 237-242, 2023)