[2,3]-Wittig転位は炭素-炭素結合を構築する最も有用な反応の一つであり,適切な基質を選択すれば,薪たに生成する不斉炭素上の立体化学も制御しうる(Chart1).著者らは[2,3]-Wittig転位の遷移状態における反応中心の構造として提案されている三つのエンベロープ構造のうち,Rautenstrach型(1)およびTrost型(II)の遷移状態のC1およびC5炭素上に最も簡単なアルキル基としてメチル基を置換したモデル化合物(1および2)を設定し,リチウムイオンに配位する溶媒分子による遷移状態の構造や相対エネルギーの変化を調べた。遷移状態の構造最適化にはRHF/3-21G基底,エネルギー計算には密度汎関数法(DFT理論,Becke3LYP/3-21Gレベル)を用いた。計算の結果,以下の知見を得ることができた。
(1)Trost型遷移状態においては多中心相互作用のため,無溶媒系ではI型よりII型の方がはるかに有利である.しかしながら,Liへの溶媒の配位によりII型に対してI型の安定化が極めて大きくなる。
(2)II型構造においては,Liに2分子の溶媒が配位しているにも関わらず,C4炭素とLi間のクーロソ相互作用は切断されない.
(3)一般に,シスオレフインの反応においては,無溶媒系ではII-XCが優先生成物を与えるIXC,E-NCよりも安定となる.しかしながら,配位する溶媒分子が増えるにしたがいそのエネルギー差が小さくなり,I型に特有の3分子配位系ではI-NCと優先生成物を与えるI-XCの差はほとんどなくなる。
以上の知見は,[2,3]-Wittig転位における立体選択性の制御に溶媒効果が大きく関与することを示している.また今回の,遷移状態における溶媒関与を含めた研究から,[2,3]-Wittig転位においてRautenstrach型エソベローブ構造(I)がTrost型(II)より溶媒による安定化を大きく受けることがわかった。シスオレフイン1の反応では,無溶媒系では立体選択性を再現することが困難であつたが,溶媒の関与を考慮することによりシスーエリトロ選択性も含めた系統的な説明が可能になることが期待される。
抄録全体を表示