本研究の目的は,N,N′-ビス(3-メトキシサリチリデン)-2-メチルプロピレンジアミナトコバルト(II)に4-ジメチルアミノピリジン(以下4-DMAPと略記する)が配位した酸素輸送錯体(以下錯体Aと略記する)の溶液を用いた酸素輸送膜(以下輸送膜と略記する)の長期分離特性低下に対する水分の影響を明らかにすることである。
本研究においては,フラスコに採った錯体A溶液に酸素窒素混合ガス(酸素21vol%,窒素79vol%)を導入した錯体(以下錯体Bと略記する)の溶液,および水中を通した酸素窒素混合ガス(以下湿潤混合ガスと略記する)を導入した錯体(以下錯体Cと略記する)の溶液を用いた輸送膜の分離係数の低下と,二種類の溶液の濃度変化および酸素結合体の酸素脱離特性の変化との相関性について検討した。
錯体B溶液および錯体C溶液を用いた輸送膜の酸素窒素分離係数から直列二重膜モデルに基づき算出した液膜の酸素窒素分離係数は,ガス導入開始時それぞれ153(透過側酸素濃度98vol%),88(透過側酸素濃度96vol%)であったが,144時間,24時間後にはそれぞれ2.0(透過側酸素濃度34%),1.5(透過側酸素濃度28vol%)となり,液膜の酸素輸送能力は大幅に低下した。
錯体B溶液および錯体C溶液を電子スピン共鳴により分析した結果,いずれも,輸送錯体はスーペルオキソ体(以下酸素結合体Iと略記する)に変化していることが示された。輸送錯体濃度はガス導入開始時,濃度を0.4molL
-1に調整したが,酸素窒素混合ガスを144時間導入した錯体B溶液中の酸素結合体I濃度は0.065 molL
-1,湿潤混合ガスを24時間導入した錯体C溶液中の酸素結合体I濃度は0.090molL
-1に低下し,水が酸素結合体Iの濃度低下を促進していることが示された。このほか,錯体C溶液中の酸素結合体Iの酸素脱離特性が低下することが示された。
錯体C溶液を用いた液膜の酸素窒素分離係数が錯体B溶液を用いた液膜よりも速く低下した原因は,酸素結合体Iの濃度低下が速く起こったこと,および酸素脱離速度の低下が起こったためであることが示された。
錯体C溶液中の酸素結合体Iの濃度の減少速度が大きい原因は,酸素結合体Iが水と反応を起こすためであると考察した。また,酸素脱離速度の低下は軸配位子である4-DMAPが脱離し,代わって水が配位したために起こったことが核磁気共鳴の分析結果から示唆された。
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