本稿は、1970年代後半から1990年代半ばにかけての日本のパソコン市場を対象に、市場の立ち上がりからNECによる寡占体制が確立し、やがてそれが崩れ去っていくまでのプロセスを時系列的に丁寧に記述することを通じて、リーダー企業が新たなイノベーションに十分に対応できず、競争力を大幅に毀損してしまう原因を探ることを目的としている。本稿では、事例を記述するにあたって、①プロセス戦略論の視点、②競争ダイナミクスの視点、③行為システム・アプローチの視点、という三つの視点を意識しながら、通常求められる以上に「厚い」事例記述を行う。
第2章では、ルーチン・ダイナミクスに至る組織ルーチン研究の変遷を整理し、ルーチン・ダイナミクスの現状と課題が考察される。本章でとりわけ特徴的なのは、ルーチン・ダイナミクスをよりプロセス的な理論とするために、観察可能なルーチンのパーツとして、形式知化されたルールや標準作業手順書等よりも、行為 (action) の重要性を示している点である。その上で、行為にまつわる三つの暗黙の前提を批判的に検討し、行為という概念を拡張する。そして、ルーチンの直示的側面が形式知化されたルールや作業標準手順書等の人工物 (artifact) と同一視され、静的性質を持つ概念であると誤って認識されている現状を指摘し、直示的側面と遂行的側面というレトリックに代わり、パターンニング (patterning) とパフォーミング (performing) というレトリックを使うように提唱する。