本稿は、Howard-Grenville et al. (2016) の第8章「複雑なイノベーション・プロジェクトにおけるチーミング・ルーチン」を紹介したものである。第8章は、複数のエキスパートが前例のないプロジェクトの成功に向けてともに活動し、革新的な成果を得ることを目指す「複雑なイノベーション」に注目し、その成功要因を検討している。著者らは、アメリカのフロリダ州で行われたノナ湖プロジェクトをとりあげて、プロジェクトが成功に至るまでのプロセスを検討した。すると、同プロジェクトでは、その時々の状況に応じてエキスパート間で行われる調整と協働を意味する「チーミング」が効果的に行われていた。また、その背景には、チーミングを促進させる二つのチーミング・ルーチンと、チーミング・ルーチンを実現する三つのリーダーシップ行動があった。本章からはまた、複雑なイノベーションの文脈では、リーダーがルーチンを意図的につくることや、ルーチンの遂行的側面から直示的側面がつくられることが示唆された。本稿では、第8章の概要を紹介したうえで、改めてルーチン研究への貢献と課題を解説し、今後の発展の可能性を論じる。
Ter Wal, Criscuolo, McEvily, and Salter (2020) は、技術者と研究開発マネジャーのペアを対象に、両者が持つ紐帯がグループレベルでは重複しているが、個人レベルでは重複していないとき、イノベーションのパフォーマンスが高いとした。彼らはこれを「二重のネットワーキング (Dual Networking)」と呼んだ。そのメカニズムとして、両者が異なる視点で類似の情報を解釈できること、そして両者が互いに影響力を補完し合えることを挙げた。Ter Walらの議論は、研究開発の文脈以外にも、創造性を必要とする少人数組織内に応用できる可能性がある。特に、二重のネットワーキングにおける測定の改善点について議論を深めることで、創造性と社会ネットワーク研究のさらなる発展につながるといえよう。