本論文では、後継世代のアントレプレナーシップにおける「電子テキストとしての企業家的レガシー」の役割と機能を明らかにした。創業420 年および会社設立105 年の歴史を持つファミリー企業の司牡丹酒造株式会社は、中興の祖である竹村源十郎以降、嫡孫の維早夫、維早夫の長男の昭彦によって経営が受け継がれてきた。その間、それぞれの世代において、高知県だけでなく日本全国の日本酒製造業界に先駆けて、日本酒の製造・販売や酒米の栽培に関する革新を追求してきた。現世代の昭彦は、源十郎以降の家業の歴史である「司牡丹物語」を企業家的レガシーとして電子テキスト化しつつ、それをもとに自らのアントレプレナーシップを育んだ。それは、後にWeb コンテンツへ発展し、従来の語りとしての企業家的レガシーと比べて、反脆弱性、柔軟性、アクセス性の面で優れていた。
9章ではバイオテック企業の創薬プロジェクトを対象として、バイオテック企業で繰り返し行われている、複雑性に満ちた環境に対応しながら創薬プロジェクトを推進するためのルーチンを抽出する。さらに、グラウンデッドセオリーアプローチを用いて、三つの戦略ルーチンと三つのパフォーティブルーチンを抽出し、この2種類のルーチンの補完的な関係やルーチンの階層性がバイオテック企業の事例を用いて示される。こうしたルーチンが駆動することで、本来であれば発揮されうるダイナミックケイパビリティが発揮されず、当初の見通しのまま、進捗を取り繕ってでもプロジェクトが推進される現象があることをDynamic In-capabilitiesとして揶揄的に示している。