化合物の物性や化学反応は,その分子に内在する電子により支配される。このような電子の状態を演繹的に評価する方法として,量子化学計算は約一世紀に亘って大きく発展し,現在では一種の装置としての地位を確立している。一方,近年ではデータに存在する法則を帰納的に見出す,人工知能(AI)技術の発展が目覚ましい。本稿では量子化学計算による確かなデータに基づき,AI技術を用いて帰納的に理論を構築することで,量子化学をさらに深化させる研究の現状と将来について解説する。
近年,機械学習をはじめとするAI技術を化学研究で活用する事例が色々報告されるようになった。化学の対象や化学産業に求められる要件が複雑化すればするほど,新しい発見や理解もますます難しいものになる。こうした状況に対する新しい切り口として,AI技術やデータ科学には期待や関心と懐疑が入り混じった状況である。有機化学,触媒化学,量子化学,分子生物学,生化学,創薬化学など色々な研究にも長年関わってきた機械学習の研究者から見たデータ中心的な化学研究の面白さ・難しさ・これからについて解説する。
従来の無機半導体に代えて,電気を流すことができるポリマー(プラスチック)を用いた次世代太陽電池の開発が行われている。しかし,その化学構造は無限の組み合わせがあり,太陽電池の性能も多くの複雑な因子が関与するため,効率的な材料開発には課題があった。本稿では,実験化学者の視点から行った,実験と機械学習による超ハイスループット材料探索を紹介する。材料への落とし込みには,この両者に加え,研究者の推論・経験も依然として重要であることも議論する。
粉末X線回折分析は,広く化学研究に用いられていることから,理工系学部の化学系の学科では機器分析に関する学生実験で取り上げられることが多い。またブラッグの法則は,高校物理で学習する内容である。本講座では,結晶学の関連する内容を含め化学系の学科で学ぶX線およびX線回折に関する基礎的内容を概説するとともに,広く使われている粉末X線回折法について,原理とこの分析を用いる主な解析法について述べる。
走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)は,ナノメートルからミリメートルオーダーの試料構造を観察できることから有機・無機材料,電子部品,半導体,エネルギー,ライフサイエンスなど幅広い分野の研究機関や開発の現場で活用されている。近年のSEMは,高性能化に加え操作性の向上や実用的な機能搭載によりますますその活用範囲を広げている。本稿ではSEMの基本原理からSEMで得られる情報,最新のSEM解析事例について紹介する。