発酵は我が国の食文化と切っても切れない縁深いものである。発酵食品なしに食卓が成り立たないと言っても過言ではない。我々の祖先たちは太古の昔から様々な微生物を飼い慣らして生活の中に発酵食品を取り込んできた。本稿ではそうした先人たちの苦労に思いを馳せながら,現代科学で明らかになってきた伝統の発酵に関わる化学反応とその応用展開について解説する。
ビールは酵母によるアルコール発酵で造られるお酒であり,発酵中に生成する香りに着目すると,それは「酵母の酵素が作り出す香気成分,つまり低分子の揮発性成分の集合体」である。本稿ではその代表的な成分をごく一部紹介し,ビールの香りの奥深さを感じていただきたい。
乳酸菌はヨーグルトやチーズなどの製造に用いられるが,ミルクの中で増殖するためのラクトースやタンパク質分解系を備えており,乳酸菌による発酵乳には,血圧降下作用ペプチドの生産など生体への保健効果が期待できる成分の報告がある。また,乳酸菌自体が生体内において菌体が作用することで,整腸作用,免疫調節作用,脂質吸収抑制作用,大腸炎抑制作用などの保健効果が期待できる。特定保健用食品や機能性表示食品の機能情報を有効活用することで,乳酸菌の保健効果が有効に利用できる可能性がある。
酵素が有機合成に利用されて約40年が経過し,前半の20年では酵素が持つ反応性に合わせて有機化学者が基質の構造を変換し,反応条件を最適化して利用してきた。その中でも,日本人化学者による素晴らしい成果があり,実用化に結び付いた多くの例がある。後半の20年では進化工学(Directed evolution)*1に代表されるタンパク質改変が盛んに行われ,目的とする基質・反応条件に対し,酵素側を最適化し触媒として広く利用されている。
構造化学の発展はKekuleの原子価説(1858年)が出発点と考えられる。原子価説は炭素化合物の構造化学に非常に強力なツールを与えたが,種々の金属を含む,無機化合物の構造を解釈するには充分ではなかった。無機化合物の構造化学を発展させたのは,19世紀後半から20世紀の初頭にかけて,Blomstrand-Jörgensenの鎖状構造説とA. Wernerの配位説との間で繰り広げられた論争である。鎖状構造説がKekuleの原子価説の影響を強く受けていたのに対して,配位説は,現在,我々が知る「配位数」という概念を与えた独創的なものであった。これは,後に大きな発展を遂げる学問領域,「配位化学」の基礎となるものである。Wernerはその独創的な配位説の正しさを証明するために,数々の重要な実験結果を生み出していった。彼はこの功績により1913年にノーベル化学賞を受賞した。
今や数えきれないほどの化学物質が存在するが,その中でも金属錯体はノーベル賞と関わりの深い物質群のひとつである。金属錯体が関係した研究によって,2016年,ジャン=ピエール・ソバージュ(Jean-Pierre Sauvage,フランス),ジェームス・フレーザー・ストッダート(Sir James Fraser Stoddart,アメリカ),ベルナルド・L・フェリンハ(Bernard L. Feringa,オランダ)の3氏が「分子機械の設計と合成」の功績でノーベル化学賞を受賞したことは記憶に新しいところである。「機械」を手元にある辞書で調べると「物体の組み合わせによってできており,動いていろいろな仕事をする仕掛け」とある。この中の「物体」を「分子」に置き換えたものこそが分子機械である。
ゼリーやプリンなどのハイドロゲル食品のおいしさは,「化学的な味」と「物理的な味」から構成される。前者の因子は味(甘味,酸味,鹹味,苦味,旨味,辛味,渋味)と匂い(オルソネーザルアロマ,レトロネーザルアロマ)である。後者の因子は咀嚼・嚥下音や温度を含めた食品テクスチャーである。この食品テクスチャーには食品の構造が直接的に関わっており,これを制御することが物理的な味の改変といえる。これらは客観的評価(機器計測,生体計測)と主観的評価(官能検査)で行われている。本稿では,ハイドロゲル食品のおいしさに大きく関わっているゲル構造と食品テクスチャーとの関わりについて簡潔に解説する。