低分子医薬品創製の歴史は思いのほか短い。これまでの医薬品においては,低分子医薬品が大半を占めていた。しかし近年においては低分子医薬品,中分子医薬品,抗体医薬品,タンパク製剤と多岐のモダリティが医薬品として使用されるに至っている。医療経済学的な観点からも低分子医薬品の開発は健康長寿延伸を目指す安心社会の構築のうえでその重要性は揺るぎない。一方で,新たな創薬標的の掘り起こしのためにも低分子医薬品研究の裾野の拡大が求められよう。
抗体研究は生命科学・バイオテクノロジーにおいて,極めて重要な概念・技術を生み出してきた。また,抗体研究を含む免疫学の発展においては,日本人研究者が多大な貢献をしている。19世紀後半の血清療法の時代から抗体は分子標的薬*1としての可能性が指摘されていた。20世紀の生物化学・分子生物学の知見の蓄積と遺伝子組換え技術の成熟により,キメラ抗体,ヒト化抗体やヒト抗体が作製され,抗体医薬を用いた分子標的治療が現実のものとなっている。この数年間の世界の医薬品売上第1位は抗体医薬である。
近年,医療技術が大きく進歩してきたものの,遺伝病やがんなどの病気は依然として治療が困難である。本庶佑先生のノーベル賞受賞で話題になったがんの治療薬である抗体医薬は,生物が生産するバイオ医薬に分類される。バイオ医薬は一般の低分子量の薬よりも分子量がはるかに大きいという特徴がある。最近,これらの医薬品の中間の大きさの新しい医薬品として中分子医薬品が注目されている。中分子医薬品は化学合成により大量生産が可能なことや,低分子よりも複雑な構造の治療標的を識別できる優れた特徴を持っている。本稿では,中分子医薬品として環状ペプチド,天然物や核酸医薬について解説する。
光免疫療法は,光化学反応を利用した新しいがんの治療法である。標的がん細胞以外に毒性を示さないため,副作用を抑えることが可能である。フタロシアニン化合物(IR700)とがん細胞に結合する抗体を組み合わせた薬剤を投与後,近赤外光を照射することで治療を行う。がん細胞膜上で光により薬が活性化され,細胞膜に不可逆的な傷害を与える。現在,臨床試験が行われており,今後の展開が期待されている。
化学の「見方・考え方」を伝えるには,実験を通して科学的に探究する活動を繰り返す必要がある。高校「化学基礎」の「酸・塩基と中和」の単元では,目には見えない粒子の存在を想像し,その量的関係を探究する。酸や塩基の水溶液中に存在する粒子の物質量に注目させる実験教材を2点紹介する。
水溶液は酸性や中性,塩基性に分けることができ,その性質は一般に水素イオン濃度を用いたpH(=−log[H+])で表される。体の中は細胞内から臓器内に至るまでpHが厳密にコントロールされており,生命の機能とpHは密接に関わっている。そのため,生体内のpHを測定することは,生命現象を理解する上で非常に重要である。このような生体内のpH測定には,pHによって吸収する光の波長が変化する蛍光指示薬(蛍光プローブ)を用いた蛍光顕微鏡による観察が有用であり,筆者らはこのような蛍光指示薬の開発研究に取り組んでいる。
酸・塩基の世界は水溶液では一般的であるのに,固体の酸・塩基性を示す様々な材料については意外と疎遠な印象すらある。身のまわりに深く根ざし,様々な用途で固体の酸・塩基材料はその威力を発揮しているにもかかわらず,その機能を実感することはあまりない。ここでは,天然由来の材料を中心とした固体の酸・塩基の世界とその実用例について触れながら,実際に酸・塩基性を指示薬法で観察した例についてもあわせて紹介する。