ファラデーが発見し,ケクレが近代有機化学の出発点となる構造式を生み出した,ベンゼンを含む芳香族化合物は,他の不飽和有機化合物とは化学的性質が大きく異なり,特異的に安定であった。ヒュッケルにより量子力学に基づいて,その安定性の原因が芳香族性として,解き明かされた。芳香族性の概念はベンゼン構造と離れて,非ベンゼン系芳香族や芳香族複素環化合物に拡張されている。
「芳香族アミン」をみなさんご存知だろうか? 本特集で取り上げられているπ共役系分子(芳香環)にアミノ基(窒素)が置換した分子群である。耳慣れない物質かもしれないが,実は身の回りにたくさんあるありふれた分子だ。例えば,多くの医薬品に含まれている。また有機ELテレビなどの有機エレクトロニクス材料の重要成分でもある。これらの機能の源は,「窒素」であり,芳香環と窒素の組み合わせが,多彩な機能を導く。本稿では,そのような芳香族アミンの最先端の合成法について紹介したい。
カーボンナノチューブ(CNT),フラーレン,グラフェン等のナノカーボン材料は,同じ炭素元素のみから構成されているが,一次元,二次元の集積構造の違いから,性能が大きく異なってくる。中でも単層カーボンナノチューブ(SWCNT)は,電気・熱の伝導性が高い,表面積が大きい,巻き方によって金属/半導体特性いずれも発現させることができるなど,多くの優れた特徴を有している。本稿では,ナノカーボンの構造とその特徴からCNTにフォーカスし,CNTを用いる利点や現在の開発状況について紹介する。
π共役系は有機物の物性をつかさどっており,材料,デバイス,蛍光プローブなど多岐にわたる応用の根幹を担っている。その骨格は,一般に剛直な芳香環や多重結合で形作られるため,必然的に立体構造がある程度は定まっている。では,積極的に柔軟なπ共役骨格を用いて分子を設計したら,分子構造の動きに伴って物性や集合様式を変えられる高度な機能材料を創り出せないだろうか。
高校生の興味喚起を目論んだ語りかけを想定し,芳香族化合物の反応を電子構造と絡めて整理することで,「有機電子論」と「硬い酸塩基・軟らかい酸塩基の考え方」の背景となる分子軌道法の考え方を炙り出し,中等教育の導入への雰囲気醸成を試みる。化学の,多様で曖昧な物質の構造や挙動の理解解釈の慧眼を養う学術という特徴に対して,「分かりやすい絵」や「一つの答え」の多用には思考停止を促す側面も明らかにある。私達が不得手としてしまった,文章頼りに思索を巡らす思考の原点に立ち戻り,個人個人の化学観の熟成へと挑みたい。
白熱電球は100年近くの間照明の主流であり,私たちの生活に深く溶け込むとともに,生活を大きく変えたものであった。しかし,電球はエネルギー効率の低さから,蛍光灯,さらにはLEDへの転換が進んでいる。電球の生産は縮小しており,電球の役目はほぼ終了したといわれているが,その開発で築かれた材料技術や生産技術は他の光源の技術に引き継がれている。ここでは,電球の6大発明を中心として白熱電球の技術と開発の歴史を振り返る。
炎色反応といえばいくつかの元素とその色の対応をすぐに思い出されるかもしれないが,天井の蛍光灯を見ても同じように元素とその発光色の対応をすぐに想像できないと思われる。蛍光灯ではいくつかの色を混ぜて白色にしているため,想像できないのも当然であるが,原子からの固有の発光を見ているという点では炎色反応の発色も蛍光灯も同じことである。放電ランプでは放電管中の気体の原子やイオンからの発光を利用し,蛍光灯やLED照明では蛍光体中に添加された微量の陽イオンからの発光を利用している。ここでは,照明として身近に使われる放電ランプ,蛍光灯,LED照明の仕組みと進歩について簡単に解説する。
2060年には国民の2.5人に1人が65歳以上,4人に1人が75歳以上の高齢者となることが予測されている。この高齢者人口の増加に伴い,国内での65歳以上の難聴者は1,500万人を超え,世界では2億人以上にのぼることが推定されている。高齢期に最初に出現する障害は歩行能力低下であり,この運動能力の低下は死亡率上昇,また難聴の出現と相関する。一方で運動介入による運動機能の増加が平均寿命を延ばし,聴力を維持する可能性が示されている。本稿では,加齢性難聴がどのようにして生じるのか,また運動がどのような機序で加齢性難聴を抑制するかについて最新の研究成果を交えて解説する。
アミノ酸やタンパク質に含まれる硫黄の検出法として,水酸化ナトリウムを加えて加熱した後,酢酸鉛(Ⅱ)水溶液を加えて硫化鉛(Ⅱ)の生成による黒色を観察する方法が知られている。しかしこの方法によって硫黄が検出されるアミノ酸(残基)にメチオニンが含まれるか否かに関する教科書の記述は曖昧である。今回我々は,高濃度の水酸化ナトリウム水溶液中,30分間加熱を行う条件で上記反応の適用範囲について調べた。また新たに,固相での熱分解によってメチオニンまでをカバーする簡易な検出法を開発した。
トリアリールメタン型色素は身近な染料である。通常,その合成には濃硫酸を使用するため教育現場では回避される傾向にあったが,今回酸化ホウ素系固体酸触媒を用いることで温和に合成する方法を見出した。本報ではフェノールフタレイン,フルオレセイン,ローダミンBを例に報告する。中等教育への応用として,合成した色素を呈色反応や発光反応で活用する実験教材化についても検討した。