近年,国民の4人に1人が65歳以上の高齢者である我が国において,医療費を含む社会保障費は高騰しており,セルフメディケーションの普及に伴い,健康増進や疾病の予防・治療を目的とした健康食品・サプリメント・漢方薬などを用いた補完代替医療や,統合医療への関心が高まっている.欧米では,補完代替医療としてハーブ類などの植物製剤を医療の現場に積極的に活用するようになり,医療における「先祖返り」的傾向が見られる.西洋医学の祖,ヒポクラテスは「汝の食事を薬とし,汝の薬は食事とせよ」(“Let food be thy medicine, and medicine be thy food”)という格言を残しているが,実際には「薬」と「栄養・食品」に関する学問分野は独立して発展してきた.
しかし,今や両分野の和合による病気の予防や治療,健康回復・増進に資する,薬学と栄養学・食品機能学の相互理解に関する研究の必要性が高まってきている.現在使用されている薬の60~70%は,食用植物,果実,野菜,ハーブ類,微生物や発酵物などに由来している.“Best sold and registered drug”として100年の歴史を誇るアスピリンの発見は,紀元前にヤナギの枝や樹皮エキスを飲物としたこと(「食」から「薬」)に始まり,世界的な健康飲料の緑茶は炎症や創傷などの治療の伝統的な医薬としたこと(「薬」から「食」)がその起源である.
様々な生体機能が低下している高齢者における多因性関連疾患(生活習慣病など)では,複数の標的部位や経路を考慮したアプローチが重要であり,これには複数の物質による併用療法が必要となる.新研究領域として,「薬」と「栄養・食品」のシナジー(相乗)効果の研究など機能性食品を中心とした薬学の発展が期待される.
静岡県立大学では,2012年度から大学院を改編し,薬学と食品栄養科学の学際的領域における人材育成を担う「薬食生命科学総合学府」を設置し,薬食生命科学専攻(博士3年)を新設した.また2013年11月には,大学院薬学研究院の附属施設として「薬食研究推進センター」を開設した.本センターは,健康科学の発展および健康長寿社会の実現に寄与することを目的とし,学術的な基礎研究に加え,地域の医療施設と連携して,患者視線で医薬品のより良い(有効性を高め副作用を低減する)使い方や,新たな機能性食品の開発につなげるための橋渡し研究(トランスレーショナルリサーチ)を実施する.基礎科学および臨床医学の基盤に立脚した客観的な評価が期待されている.また,医師・薬剤師などの医療専門職や一般消費者への「薬」と「食」に関する確かな情報の提供ならびに,「薬」と「食」に精通した実践力のある医療専門職および研究者の養成への支援も指向している.センターでは現在,主として前立腺肥大や過活動膀胱などの排尿障害に焦点を当て,医薬品の適正使用や新規機能性食品・素材の開発を目指した基礎研究および臨床研究を展開している.また,そうした研究を通して高齢者の排尿ケアには医・薬・食・看の多職種連携によるチーム医療が不可欠となることから,融合型人材の育成支援を目指している.
医学・食品栄養科学(農学)領域との連携により,医薬品と食品を融合した新領域研究によるライフサイエンスにおけるイノベーションの実現が期待される.
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