科学の甲子園とは,高等学校等(中等教育学校後期課程,高等専門学校を含む)の生徒チームを対象として,理科・数学・情報における複数分野の競技を行う取組である.科学技術振興機構(JST)は,2011年度より科学の甲子園を創設し,全国の科学好きな高校生が集い,競い合い,活躍できる場を構築している.このような場を創ることで,科学好きの裾野を広げるとともに,トップ層を伸ばすことを目指している.また学校別に対戦することによって,科学好きの高校生がその学校のヒーロー・ヒロインとなることも目的としている.「科学の甲子園」の筆記競技の問題は,論理的思考力・判断力・表現力等を評価する大学のAO入試のような科学の問題が出されている.
例えば,第1回の「科学の甲子園」地方大会では「重水で作られた氷は軽水に浮くか沈むか」という問題が出された.この問題を広島大学の理学部化学科の1年生10名に聞いてみると,30分以内に完答できた学生は6名に過ぎなかった.ただし,この学生たちには必要な定数は,化学便覧から探し出すように求めた.ところが,この問題よりはるかに難易度が高いと思われ,大学の入試問題によく出題される「軽水で作られた氷は軽水に浮くという理由を説明せよ」という問題には,10名中9名が完璧に答えられた.ここに,最近の学生の1つの弱点が存在する.彼らは,説明のために必要な定数を(自分で特に本から)見つけ出すことが恐ろしいほど不得意である.
JSTの理科教育支援検討タスクフォース才能教育分科会の中で「科学の甲子園」の名称が上がってきたのは,2008年度の会議であったと記憶している.この頃社会的には経済産業省が提唱した「社会人基礎力」という内容が取り沙汰されており,社会が求める3つの人間力として[①前に踏み出す力(アクション) ②考え抜く力(シンキング) ③チームで働く力(チームワーク)]ということが言われ始めており,「科学の甲子園」もこのような力を育てる施策の1つであると思った.ただ最初の時点でJSTの意図としては,「科学の甲子園」というよりもアメリカで行われている「サイエンスオリンピアド」の文化を日本にも取り入れようという流れであったように思う.「科学の甲子園」は,以下の5つの点で「大学入試センター試験」や「数学オリンピック」など一連の「国際科学オリンピック」とは一線を画すものである.科学の甲子園推進委員会委員長の伊藤委員長の記者説明会(2014年7月16日)の資料によると
①学校で学ぶ内容に縛られない科学の問題への挑戦・達成感の成就
②難問解決に向けて,考える力の大切さの認識を醸成
③グループでの取組による,事前準備も含めたより高度な課題への挑戦とチームワークの醸成
④教科・科目の壁を越えた,分野にこだわらない課題に挑戦することによる,学びの視野の拡大
⑤生徒間交流の場の提供による,人的・知的レベルの向上への期待
を目指す目標としている.
2014年3月に開催された第3回全国大会には第1回,第2回を上回る各地域で合計6,704名のエントリーがあり,各都道府県の選考を経て選抜された47校が,写真のようにフラッグを持って入場した(図1).合計366名の高校生たちが,科学に関する知識とその活用能力を駆使して様々な科学的な課題に挑戦した.大会の概要や出場校の選考などの詳細は,ホームページを参照.第1回から第3回までの「科学の甲子園」は「甲子園」らしく兵庫県の会場で行われてきたが,2014年度の「第4回科学の甲子園全国大会」は,茨城県にて2015年の3月に開催される予定だ.この原稿は2014年11月に執筆しているので,誌面に掲載される頃には,新しい科学の甲子園の歴史が刻まれていることと思う.
「科学の甲子園」では,筆記競技,実験競技,総合競技(ものづくり競技)の得点を加算した総合成績によって順位が決定する.2013度の「科学の甲子園」では,三重県立伊勢高等学校のチームが優勝,岐阜県立岐阜高等学校のチームが第2位,滋賀県立膳所高等学校のチームが第3位となった.そのほか,産学官の連携による科学技術系人材育成を推進する企業賞を含む,全ての成績についてはホームページを参照.
「科学の甲子園」では,8名のチームで選手が競い合うが,それぞれの競技ごとに強いチームには特徴があるように思う.
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