グリオーマの病理組織学診断は, あくまでもWHO2007までは形態学的診断に基づいており, 決して分子生物学的診断が最終診断に必須なものではなかった. 今回のWHO2016は形態学的診断と分子生物学的診断を合わせて統合的な診断を行うというものである. 対象疾患は今回の改訂ではdiffuse gliomaと胎児性腫瘍に限られており, まだ, いくつかの細かい問題はあるが, 100年にもわたる中枢神経系腫瘍の形態学的病理診断から, WHO2016は大きく舵を切ったといえる.
グリオーマ手術は, “maximal safe resection” が求められる. 術中に脳機能と位置評価を行う技術の発展が機能温存のうえでの最大限の切除に大きく貢献している. “Maximal safe resection” において要となるのは, 脳神経外科の基本手技である. 脳裂, 脳溝, 脳血管の剝離, 脳回・葉の展開は, グリオーマ摘出において重要な手技である. 手術目標を明確にして手術戦略を練るべきである. グリオーマの生物学的特徴, 特に浸潤特性を念頭において, 腫瘍発生部位, 進展形式, 脳血管・神経線維・機能野の変位を鑑みて切除範囲を決定する. 注意点は, 手術支援技術と機器を過信しないこと, 術野をきれいに保つこと, 外科医の 「勘」 を養うことである.
右前頭葉はヒトが社会生活を円滑に営むうえで重要な高次脳機能を有し社会脳として機能する. 右前頭葉の機能は運動機能に加え, 作業記憶, 非言語性意味記憶, 視空間認知, 社会的認知, 注意, 遂行機能を有する. 高次脳機能に関する皮質の機能局在は明確になっておらず広い局在が示されている. 白質神経線維として錐体路, 前頭斜走路, 前頭線条体路, 上縦束, 弓状束, 帯状束, 下前頭後頭束, 鉤状束が存在しそれぞれ運動, 運動開始, 運動統御, 視空間認知, メンタライジング, 注意, 非言語性意味記憶, エピソード記憶を担う. 右前頭葉病変に対して覚醒下手術を行う際には, 皮質の機能局在と白質神経線維の走行を熟知し適切なタスクを選択する必要がある.
転移性脳腫瘍は, 目覚ましい速度で発展を続ける腫瘍学の重要な臨床課題である. 転移性脳腫瘍の患者の臨床像はきわめて多様であり, 緊急性のある現場において, 適切に方針を決定し集学的治療を遂行することは容易ではない.
脳腫瘍診療ガイドライン2016をテキストとして, 予後の予測法, 並列提示された治療方法の選択肢から個々の患者に対して最適な治療を選択する実際的な方法, さらに診療ガイドラインの成り立ちと今後の方向について解説した. 診療ガイドラインは最新かつ最良のエビデンスと推奨を取り出すための資料であり, 個々の患者に対して, 短期的な侵襲性が低いこと, 効果が高いことと, 中長期の神経学的毒性とのバランスをどのように判断するか, 現場の専門性 (エクスパタイズ) がますます重要視されている.
頚動脈ないし椎骨動脈の狭窄や, 閉塞病変で頚動脈椎骨動脈吻合が発達することがある. 今回, われわれは内頚動脈と頭蓋外椎骨動脈の多発狭窄に頚動脈椎骨動脈吻合が並存した例を経験した. 左内頚動脈狭窄の治療に際して吻合血管を介する後方循環への脳塞栓ないし血行力学的虚血を危惧し, 椎骨動脈狭窄の経皮的バルーン拡張を先行させた. その結果, 左総頚動脈撮影で吻合血管の描出は消失した. その後有害事象なく内頚動脈狭窄に対する内膜剝離術を施行できた. 頚動脈椎骨動脈吻合を伴う場合内頚動脈狭窄の治療は前方循環のみならず後方循環の塞栓ないし血行力学的虚血性合併症にも留意し, 症例ごとにより安全な治療法を追求することが肝要である.
症例は76歳女性で, 突然の頭痛と嘔吐でSAHを発症した. 頭部CTで左後頭蓋窩に優位なSAHを認めたが, 画像検索を繰り返し行うも, 脳動脈瘤など原因確定ができなかった. Day 9に脳血管撮影を再検し, 右AICA遠位部に動脈瘤をようやく確認した. Day 14に手術を行ったが, 動脈瘤は内耳道内に完全に埋もれており, 内耳道を開放したが不完全なclippingに終わった. 根治のため後日AICA trappingを行い, 右聴力の低下はあったものの脳梗塞の出現なく経過した.
内耳道内前下小脳動脈瘤はきわめてまれであり, その治療はclippingやtrappingが従来行われてきた. 術後聴神経障害を合併することが多く, 改善の見込みはほぼない. 本症例でも同様であった. 過去の報告例を交え, 本脳動脈瘤の特徴と治療方法について言及した.
Tumefactive multiple sclerosis (MS) は広範な浮腫や巨大な病変を形成することから, 脳腫瘍と鑑別が困難な例が多い. 本症例は66歳男性で右上下肢の単純部分痙攣発作で発症した. 左前頭葉の病変は画像上悪性グリオーマが疑われ摘出術が行われたが, 病理検査で脱髄性の所見や広範な出血および壊死像, Creutzfeldt cellを認めたことからtumefactive MSの診断に至った. 診断には病理検査が決定的となるが, 画像上病変部の血流上昇を認めないことが悪性グリオーマとの鑑別点と考えられた.