食欲不振や体重減少を主徴とする悪液質病態は, 癌, 後天性免疫不全症候群, 膠原病, 慢性感染症, 心肺疾患, 肝硬変や慢性膵炎など, 多くの基礎疾患に合併して認められる. とりわけ癌においては悪液質の頻度は高く, 生命予後そのものにも重大な影響を及ぼすが, その病態の解析や治療に関する検討は十分ではなかった.
1994年のレプチンの発見以来, 食欲調節に関する理解に飛躍的な進歩が認められた. 体脂肪組織からその量に応じて放出されるレプチンは, 脳内に体脂肪の蓄積状況を伝える求心性シグナルであり, 視床下部に存在する食欲調節物質が食欲やエネルギー消費を変えることにより, 体重 (体脂肪量) を一定に保持するというフィードバックループの存在が証明された. 癌性悪液質は, サイトカインによるレプチン様シグナルの増加病態と考えられ, このことが飢えに対する生体の応答を阻害し, 持続的な食欲不振, 基礎代謝量の亢進, 体重減少を引き起こす. したがって, 悪液質病態の治療においては, 過剰なレプチン様シグナルを是正することより, 食欲・体脂肪量調節ループを適度に作動させることが目標となる.
悪液質の治療は多くの場合, 癌そのものを治癒させることができない状況の中で, 食欲を増加させ, 体脂肪量や筋肉量の減少を阻止し, QOLの維持, 向上をはかるとともに, 各種治療の耐性を高め, 予後を改善することにある. 現在日本では, 副腎皮質ステロイドが経験的によく使用されている. その食欲促進機序は, 脳内視床下部の強力な食欲促進系ペプチドである神経ペプチドY (NPY) を活性化することにある. 副腎皮質ステロイドが週単位で使用されるのに対し, 外国ではプロゲステロン製剤が月単位で使用される. これら1次薬剤以外に, 胃排泄能促進, サイトカイン合成抑制, 抗セロトニン作用などを有する薬剤が試みられつつある. 本稿では癌性悪液質の成因と, これらの1次, 2次薬剤に関する最近の知見, 及び高齢者の特性に関して述べる.
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