認知症の人に対するadvance care planning(ACP)は他の疾患同様に本人らしい人生の最終段階における医療・ケアを実現するために必要なプロセスである.一方で,認知症という将来自らが意思決定を下すことが困難になる事が想定される疾病であり,しかもその経過が長く,その病状の過程に関して不確実性を兼ね備えているという特徴は認知症の人へのACPの取り組みにブレーキを掛ける要因ともなっている.逆にその不確実性があるからこそACPを実施する意義も存在するともいえる.本稿では今までの諸外国から報告されている認知症の人に対するACPの取り組みに関しての複数の報告をレビューし,その特徴,文化・習慣による影響,効果,促進または阻害因子,推奨事項などを提示し,今後の認知症の人に対するACPの取り組みが推進されることを目指した.
高齢者の栄養状態と健康リスクについての知見は時代とともに変化しており,複数の慢性疾患を抱えた高齢の低栄養患者を診療する機会が増えている.低栄養はマラスムスやクワシオコルだけでなく,疾患に伴う全身炎症の存在も原因となる.
低栄養は健康リスクを高める要因として重要であり,高齢者は低栄養に関連した複数の病態を抱えている.入院高齢患者の低栄養は免疫能の低下,感染症,創傷治癒遅延,サルコペニア,フレイル,悪液質,入院,施設入所,日常生活動作の低下,生命予後の悪化など,さまざまな健康関連アウトカムに影響を及ぼす.
低栄養は医療経済にも影響を与えており,入院期間の延長や合併症のマネジメントのための費用が増加するだけでなく,健康寿命の短縮や医療サービスの集中的な利用も引き起こす.そのため,低栄養の予防や治療は個々の患者だけでなく医療制度全体にとっても重要な課題である.
低栄養の診断は栄養評価のプロセスに組み込まれており,スクリーニングツールや統一診断基準を使用して行われる.また,フレイルやサルコペニアといった身体的脆弱性にも注目が集まっており,muscle healthを通したこれらの状態の同定と管理も重要である.
栄養療法は低栄養やフレイル,サルコペニアの予防・治療に有効であり,特にたんぱく質の摂取が重要であるとされている.栄養介入のみならず,運動介入や口腔管理,薬剤管理などの総合的なアプローチが重要であるとされている.リハビリテーション栄養の考え方も重要であり,全人的評価と栄養評価を組み合わせることで高齢者の機能・活動・参加,QOLの向上につながる.
総じて,高齢者の栄養状態と健康リスクに対する理解が進んでおり,総合的なアプローチを取ることで高齢者の健康寿命の延伸につながる可能性がある.医療の考え方も変化しており,「治す」だけでなく「ケア」に重点を置くことが求められている.
高齢期の「ごみ屋敷」症候群の30~50%で,背景因子として精神疾患があるとされる.背景因子となり得る精神疾患は,認知症,統合失調症,双極性障害,うつ病,気分変調症,強迫症,パーソナリティ障害,不安症,心的外傷後ストレス障害,物質関連障害など多岐にわたる.一方で,精神疾患がなくても,社会的孤立状態にある者のBADLが低下した場合,必要なサポートが得られない/得ないことを背景として,本症候群となる可能性がある.
高齢期には,認知症等による認知機能の低下や精神症状により,適切な資産管理や金融機関の利用が困難となる場合がある.金融業界においても,高齢顧客の課題は重視されており,職員の対応力向上を図ったり,代理人による取引の仕組みを導入したりして対応している.本稿では,日常診療で診断書作成や本人,家族への助言の際に必要となる,金融取引と認知機能との関連,及び精神症状の影響について解説する.
安定した住まいがあることは,尊厳のある生活を送る上でも,健康を維持する上でも,重要な基本的条件である.しかし,低所得で身寄りのない単身高齢者は,住まいを喪失しやすい.また,生活保護受給者の場合には,入院の長期化が住まいを喪失するきっかけになり得る.さらに,精神疾患をもつ高齢者は,ひとり暮らしが困難である場合も多いため,居住支援と生活支援が一体的に提供される仕組みづくりと,地域の医療と福祉との連携が重要である.
健康長寿の実現は長い高齢期をもたらし,思いもよらない経路で,孤立・孤独・無縁のリスクを増大させ,それは老年医学の臨床現場にも影を落としている.一方で社会全体としては,仏教が関わる新たな形でのスピリチュアルケアが歓迎される文化的基盤が形成されつつある.本稿では老年医学と既存の精神文化的資源の協働の萌芽ともいえる,高齢者施設での僧侶の活動の可能性と課題,寺院で行われる介護者カフェ,僧侶による路上生活者支援,アウトリーチとしての月参りを紹介した.
目的:本研究は,困難事例への対応において,地域の認知症支援システムに関わる専門職が,認知症サポート医に期待する役割を明らかにすることを目的とした.方法:対象は,2021年4月から2022年3月の期間に東京都健康長寿医療センター認知症支援推進センターおよび認知症疾患医療センターが主催した,地域の認知症支援システムに関わる専門職を対象とした研修の受講者1,173人である.郵送による自記式アンケート調査を実施し,調査項目には,基本属性,困難事例対応の際の相談・連携先,相談・連携先に期待する役割と相談・連携内容,困難事象の経験を含めた.結果:578人から有効票を回収し,有効回収率は49.3%であった.認知症サポート医は,かかりつけ医,地域包括支援センター職員,行政機関職員から,認知症の診断と困難事例対応の全般的助言を期待され,かかりつけ医からはさらに抗認知症薬による薬物療法とBehavioral and Psychological Symptoms of Dementia:BPSDに対する薬物療法を期待されていた.また,認知症サポート医の困難事象経験値は認知症疾患医療センターと同等で,かかりつけ医の経験値よりも有意に高かった.一方で,認知症サポート医が相談・連携先として挙がる頻度は,認知症疾患医療センター,かかりつけ医と比較して低かった.結論:認知症サポート医は,幅広い困難事象を抱える困難事例を扱っており,認知症の診断,薬物療法,他の専門職に対するスーパーバイズが期待されていること,一方で,相談・連携先としての優先度は低いことが明らかになった.多職種連携教育の中で認知症サポート医の役割と連携方法が周知され,彼らがもつ認知症診療のスキルが,困難事例をふくめた認知症者との共生社会の実現をめざす取り組みのなかで有効に活用されることが期待される.
目的:高齢糖尿病患者におけるフェイズアングル(PA)低値と転倒との関連性を検証すること.
方法:対象は伊勢赤十字病院外来通院中の65歳以上の糖尿病患者とした.転倒の有無は自己記入式調査票により行った.PAの測定には,多周波生体電気インピーダンス法を用い,PAが最も小さい第一分位(T1群)とそれ以外の第二及び第三分位(T2/3群)の2群に対象者を分類した.従属変数を転倒,説明変数をPA,及び調整変数としたロジスティック回帰分析を用いて,PAの転倒に関するオッズ比を算出した.
結果:255例が本研究の解析対象となった.T1群が33.3%,T2/3群が66.7%,転倒経験ありは28.2%であった.PAの転倒に関する調整前及び調整後オッズ比は,それぞれ2.92(95% confidence interval(CI),1.31 to 4.07;P=0.004),2.34(95% CI,1.07 to 5.09;P=0.031)であった.
結論:高齢糖尿病患者におけるPA低値が転倒と関連することが明らかとなった.
目的:本研究の目的は,高齢糖尿病患者における孤独感と低栄養状態との関連性を検証すること.
方法:対象は伊勢赤十字病院外来通院中の65歳以上の糖尿病患者とした.栄養状態の評価には,Mini Nutritional Assessment Short Form(MNA-SF)を用い,合計得点が11点以下の場合に低栄養状態と定義した.孤独感の評価には,自己記入式調査票である日本語版孤独感尺度短縮版を用い,合計得点が6点以上の場合に孤独感ありと定義した.従属変数を低栄養状態,説明変数を孤独感,及び調整変数としたロジスティック回帰分析を用いて,孤独感の低栄養状態に関する調整後オッズ比を算出した.
結果:163例が本研究の解析対象となった.孤独感ありは25.8%,低栄養状態は33.7%であった.孤独感の低栄養状態に関する調整前,及び調整後オッズ比は,それぞれ2.55(95% confidence interval(CI),1.24 to 5.27;P=0.011),3.81(95% CI,1.27 to 11.39;P=0.017)であった.
結論:高齢糖尿病患者における孤独感が低栄養状態と関連することが明らかとなった.孤独感を有する糖尿病患者を診た際の低栄養状態に関する注意喚起が重要と思われた.
症例は高血圧症,脂質異常症で近医に通院中の99歳女性.20XX年8月初旬から左大腿から足先までの著明な浮腫を認め,近医を受診.蜂窩織炎が疑われ,抗生剤を投与されていたが,改善しないため当院に紹介受診となった.下腿浮腫は左下腿に限局した浮腫あり,来院時のDダイマーが16.6 μg/mLと高値であったため,深部静脈血栓症(DVT)疑いで緊急入院となった.未分化ヘパリン持続投与を開始し,下肢静脈エコー施行したところ,左ヒラメ静脈から総腸骨静脈分岐部まで続く中枢型深部静脈血栓を認めた.下大静脈フィルターを腎静脈下に留置し,ヘパリンからエドキサバン30 mgに変更し,治療を継続したが,下腿浮腫の改善は認めなかった.このため,第11病日からカテーテル的血栓溶解療法(CDT)を開始し,カテーテルからウロキナーゼの持続投与を開始した.出血リスクを減らすため,ヘパリン,エドキサバンは併用しなかったが,浮腫は徐々に改善.下肢静脈エコーで完全に血栓が消失したことを確認後,CDT開始14日目(第24病日)にカテーテルを抜去,下大静脈フィルターも回収し,エドキサバン30 mgを再開した.元々自宅内では歩行器を使って生活していたため,カテーテル的血栓溶解療法を開始時からリハビリを開始し,自立でポータブルトイレができる段階で退院となった.
深部静脈血栓症治療の基本は抗凝固療法であるが,本症例は血栓量が多かったため,通常の抗凝固療法では改善が認められなかった.高齢患者であり,早期に浮腫を改善させ,ADLを維持することが重要と考え,CDT治療法を施行し,著効した.しかし,いまだDVTに対するCDT手技は標準化されていないのが現状であり,特に99歳の超高齢者に対するCDT治療症例は少ない.高齢社会の現在,DVT疾患は増える傾向であり,本症例から単独抗凝固療法だけでなく,出血のリスクをしっかりと検討した上でCDT療法も考慮すべきであると考えられた.
新型コロナウイルス感染症(the coronavirus disease 2019:COVID-19)ワクチン接種後の自己免疫性疾患の発症・増悪が報告されているが,自己免疫性溶血性貧血(autoimmune hemolytic anemia:AIHA)の報告は少ない.今回,3回目のCOVID-19ワクチン接種後にAIHAを発症した症例を経験した.75歳女性が3回目のCOVID-19ワクチンを接種した46日後に,全身倦怠感のため体動困難となり救急搬送された.来院時,重度の大球性貧血を認め,網赤血球,間接ビリルビン,LDHが高値で,直接・間接クームス試験陽性であり,温式AIHAと診断した.精査の結果,基礎疾患の存在を認めず,COVID-19ワクチン接種に伴う温式AIHAと考えられた.ステロイド単剤による治療を行い奏効した.臨床医はCOVID-19ワクチン接種によるAIHAの発症を認識し,重度の貧血を伴う症例にはステロイド単剤治療が検討される.
症例は関節リウマチで通院中の90代女性.発熱を主訴に救急搬送され,尿路感染症の入院時診断で抗菌薬治療を開始したが,1週間にわたり38度台の発熱が遷延,第8病日に腹部超音波検査で胆囊炎穿孔から生じた右横隔膜下膿瘍と診断した.外科にもコンサルトしたが,胆囊がドレナージの困難な部位に位置していたこともあり,まずは抗菌薬による保存的治療を選択した.2カ月間の経静脈的抗菌薬投与により膿瘍の縮小を認め,内服抗菌薬へ切り替えて退院となった.退院2週間後の再診時には膿瘍の消失を確認し,内服抗菌薬も終了,その後の再発も認めていない.
横隔膜下膿瘍の治療の原則は腸内細菌や嫌気性菌をカバーした広域抗菌薬の投与とともに,適切なタイミングでドレナージを行うことである.実際,横隔膜下膿瘍の報告ではほとんどの症例でドレナージが行われており,その治療原則に変わりはない.ただ,超高齢であったり穿刺が困難なケースにおいては,慎重に画像検査なども確認しながら,保存的に加療を行うことも一つの選択肢になり得ると考えられた.
症例は81歳男性.慢性心不全,てんかんにて近医で内服加療されていた.糖尿病,肝硬変の指摘はなく,胃の手術歴はなかった.昼食後より気分不良があり,夕食後より呂律不良で,意識障害があり,当院へ救急搬送となった.血糖値6 mg/dLであり,ブドウ糖投与で意識レベルは改善したが,低血糖は遷延した.低血糖時のIRI 14.4 μU/mL,CPR 5.3 ng/mLと高値であったが,48時間絶食試験で低血糖は認めず,造影CTでは膵腫瘍なく,インスリノーマは否定的であった.75 g経口ブドウ糖負荷試験で反応性低血糖は認めず,副腎不全やインスリン自己免疫症候群も否定的であった.再度病歴を聴取し,同居する妻が2型糖尿病に対して,スルホニル尿素薬(以下,SU薬)で加療されていることが判明した.妻は認知症であり,患者本人が妻の内服薬を管理していた.妻の服薬ボックスから患者本人の内服薬が発見されたため,妻のSU薬を誤飲した可能性を考慮した.患者本人の認知機能は長谷川式で26点であったが,服薬管理は娘に依頼した.また一包化された薬袋に日付や個人名を印字した.しかし1カ月後に再度重症低血糖で救急搬送となった.血液検査の結果からSU薬の誤飲を疑った.妻のHbA1cは6.9%であったが,eGFR 30 ml/min/1.73 m2と腎機能低下を認めたため,妻のかかりつけ医にSU薬を中止するよう依頼した.現在までに患者本人は低血糖で救急搬送されず,妻の糖尿病も悪化なく経過した.
高齢者や腎機能低下時ではSU薬による低血糖を起こしやすい.高齢者世帯では,同居家族の経口血糖降下薬を誤飲する可能性がある.同居家族の服薬内容の把握や管理が必要であり,高齢者には低血糖リスクが高い薬剤を極力使用しないことも重要である.
緒言:腎機能障害を伴う高齢末期心不全患者の呼吸困難を,オキシコドン高用量とミダゾラムで緩和した症例を経験したので報告する.症例:91歳,女性,7年前から重症大動脈弁狭窄症を原因とする心不全の治療を受けていた.今回完全房室ブロックを契機とする慢性心不全の急性増悪のため,1年で2回目の入院となった.ペースメーカーの留置,酸素投与,ドブタミンの投与を受けたが呼吸困難は続いた.腎機能障害があり,呼吸困難をオキシコドン持続皮下注7.2 mg/日で緩和した.その後も心不全の再増悪による呼吸困難の増強に応じて,オキシコドン持続皮下注を48 mg/日まで漸増し,ミダゾラムも併用して呼吸困難を緩和した.考察:腎機能障害を伴う高齢末期心不全患者において,呼吸困難の緩和にオキシコドンは一定の効果を認め,慎重な観察の下に増量できる可能性がある.またミダゾラムの併用も有効である可能性がある.