社会学評論
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45 巻, 4 号
選択された号の論文の16件中1~16を表示しています
  • 飯島 伸子, 鳥越 皓之
    1995 年 45 巻 4 号 p. 400-401
    発行日: 1995/03/30
    公開日: 2010/05/07
    ジャーナル フリー
  • 中田 実
    1995 年 45 巻 4 号 p. 402-413
    発行日: 1995/03/30
    公開日: 2010/05/07
    ジャーナル フリー
    人間は自然のふところのなかで社会をつくり, そのあり方は自然 (資源・環境) の制約を受けている。現在は, この制約を技術的に越える努力が重ねられているが, 自然の変化がある枠を越えると, 自然との関係を思い知らされることになる。自然の恵みは, 人間が環境を適切に管理しうる限りで得られるものであり, 自然自体が恵みであるかのような理解は現実的でない。環境 (問題) が社会科学的な研究対象である理由はここにある。
    ここでは環境を, (1) 物質的な特質をもって存在し, (2) 人間の活動の容器および資源として利用され, (3) 「作られた」環境, 「自然を改変した」環境, 「自然」環境の3つを含むものとして考え, これらが現在および将来の人間の生存に困難をもたらす事態を環境問題と定義したい。宮本憲一は「環境問題の全体像」を公害病から地球生態系の変化におよぶピラミッドで表現しているが, 環境社会学は, これらの環境問題とその背後にある環境についての社会学的諸側面を総合的に研究する課題をもつ。これを環境社会学の領域として見れば, 既存の連字符社会学のそれぞれが環境との接点をもつことから, 環境社会学はこれらを連関・総合する領域をもつ独自の連字符社会学であり, 社会学全体が環境と共生化すにつれて, 一面では領域を狭めつつ, 社会学自体の環境主義パラダイム化に貢献するものである。そこでは, 時間文化の役割が大きいことも指摘しておかなければならない
  • 環境社会学と社会運動論の接点
    高田 昭彦
    1995 年 45 巻 4 号 p. 414-436
    発行日: 1995/03/30
    公開日: 2009/10/13
    ジャーナル フリー
    社会運動論は, 公害反対運動, 自然保護運動, 反原発運動, 町並み保存運動など実際の分析において, 幅広く環境問題に関わってきている。その社会運動論が, 環境そのものをテーマとする環境社会学とどのような接点があり, どう関連づけられるかを示すことが本稿の課題である。そこで, 現代に特有な環境問題とは何か, それに触発されながらアイデンティティ形成を行ってきた環境社会学とは何かを明らかにすることにより, その環境問題に対する諸アプローチの一つとして, 環境社会学と社会運動論を位置づけた。また環境問題自体を加害型-自損型、ローカル-リージョナル-グローバルの2軸で分類し, 環境社会学と社会運動論が対象としやすい固有の象限を確定し, 両者に含まれる諸アプローチから両者の関連を明らかにしようと試みている。本稿では, 環境を “自然と人間の共生関係が一定範囲の地域の自然の循環のサイクルの中で保たれている状態” と規定し, その保全が地球規模で社会的に問題化したのが1980年代後半, その結果生じた環境問題を解明するのが環境社会学と捉えている。なお環境問題への諸アプローチとしては, 環境社会学では社会的物質循環論, 生活環境主義, 社会的ジレンマ論, 地域共同管理論を, 社会運動論では新しい社会運動論, 資源動員論, ネットワーキング論を取り上げている。
  • 「身体」のフィールドワークへの希求
    松村 和則
    1995 年 45 巻 4 号 p. 437-451
    発行日: 1995/03/30
    公開日: 2010/11/19
    ジャーナル フリー
    農民サイドからみて, 直接的には農薬 (毒) 問題が引き金になったとはいえ, 基本法農政以来の農業近代化論, 国際分業論への疑義が, 彼らと都市の消費者を直接結びつけ, 「提携」という独自のシステムを発展させたといえる。有機農業の出発は, 論理ではなく, 自らの自立を願い自らの感性を信じた試行錯誤の実践であった。その運動は, 権力や資本が一瞥だにしない「場」を創り出し, 自らの力を蓄えて, 今新たな段階に入った。
    生活論を踏まえた生活環境主義の立場に, 調査主体の客観化を徹底する視角を加えることで何が見えてくるのか, という問いを立てた。しかし, その問いそのものを有機農業の「場」は融解してしまう。
    住民運動や反原発運動などとは異なり, 有機農業運動は敵手を容易に定められない, 言うならば, 敵手を自らの中にも探り当てる「自省」の運動である。そうした主体的「運動」であるがゆえに, 「先人木を植えて, 後人その下に憩う」という言葉に見られるように, 互酬的でも共時的「対話」でもなく, 「世代間の相互性」を可能とする「運動」へ発展する可能性を秘めているのではないだろうか。この「運動」に, 研究者は「介入」するというより, 多辺田の「のっぴきならないものに係わる」という言葉が相応しい。
  • 奈良県の食肉流通センター建設問題と環境表象の生成
    三浦 耕吉郎
    1995 年 45 巻 4 号 p. 469-485
    発行日: 1995/03/30
    公開日: 2009/10/13
    ジャーナル フリー
    この世紀末に私たちが直面している環境的イッシューの噴出という事態は, 見ようによっては社会学理論の転換や革新のための好機とうけとめることもできる。この論文では, 環境問題が固有なかたちで提起してきている地域生活者による環境の定義の問題, すなわち生活環境の改変にたいする住民の認識や評価がどのようになされ, またいかにして集合的な環境行動がひきおこされるのか, といった点を理論的に検討する。そして, 住民の環境行動を規定している意志決定の過程や環境表象の生成過程は, 地域社会における共同性の創出ないし規範の生成にかかわるつぎの二つの水準の相補ないし対抗関係から把握されるべきことが示される。つまり, 規範の生成が一定のロジックのもとに方向づけられてなされる水準と, より根元的な多義的な力のみなぎりのなかでなされる水準とがそれである。このような区別をおこなうことによって, 住民の自律的な意志決定が外部権力ととりむすぶ複雑な関係性や, ローカルな環境表象の生成の場にはたらく多様な力学をとらえることが可能になる。そうして私たちは事例研究にもとづきながら, 環境問題の理解や解決のためには, 環境表象の他者性や, 住民のなかでの自生的な規範生成をとらえることが重要であることを主張するとともに, 今日の社会学理論にみられる功利主義的アプローチや一般理論によってはそれらを把握できないことを指摘する。
  • 環境民主主義を展望して
    寺田 良一
    1995 年 45 巻 4 号 p. 486-500
    発行日: 1995/03/30
    公開日: 2009/10/13
    ジャーナル フリー
    環境保全的社会 (永続可能な社会), あるいはそれに向けての社会的転換は, 分権的, 参加民主主義的社会構造とより親和性を持つという「環境民主主義」仮説は, 欧米系の環境社会学の中では従来から理論的にも実践的にも重要な論点の一つであった。本稿は, 風力発電など再生可能エネルギーの導入促進政策と社会的受容を事例として, その仮説の検証を試みたものである。根強い環境保全的世論や活発な環境運動を背景として, 優遇税制などの強力な経済的インセンティブによって先駆的に再生可能エネルギーを推進したカリフォルニア州の事例や, 地域の協同組合的な所有により風力発電の社会的受容に成功してきたデンマークの事例などは, 「地域おこし」的な市民や自治体の同様の試みをむしろ阻害してきた日本の政策と比較するとき, 自治体の自主的な政策決定や市民運動, 環境運動の基盤のより強い社会において, 環境保全的な社会変容がより容易であることを示唆している。
  • 鈴木 広
    1995 年 45 巻 4 号 p. 501-514
    発行日: 1995/03/30
    公開日: 2009/10/13
    ジャーナル フリー
    環境社会学は環境問題の社会学であり, 一般的には, 環境と社会との関係を研究する新しい専門分野と見られている。しかし, 本来, 社会は環境の中にあるし, 人間も環境の中で生きてきたことは, B=f (E・P) という定式に十分に表現されている。いいかえれば, 環境社会学は, 人間例外主義とスミス以来の近代主義的無限成長信仰によって, 環境を忘却してきた20世紀社会学へのノーマライゼイションの視角であり, 正常化運動とみられる。その視角はあらゆる社会学的研究において応用され利用され, 生かされる筈である。その意味で社会学的研究のすべてが, 方法としての環境社会学を積極的にとり込むことによって, 確実に活性化する。その時, 環境社会学は社会学そのものとなる, ともいえよう。
  • 森田 数実
    1995 年 45 巻 4 号 p. 515-516
    発行日: 1995/03/30
    公開日: 2009/10/13
    ジャーナル フリー
  • 永井 良和
    1995 年 45 巻 4 号 p. 516-518
    発行日: 1995/03/30
    公開日: 2009/10/13
    ジャーナル フリー
  • 松井 克浩
    1995 年 45 巻 4 号 p. 518-520
    発行日: 1995/03/30
    公開日: 2009/10/13
    ジャーナル フリー
  • 玉野 和志
    1995 年 45 巻 4 号 p. 520-521
    発行日: 1995/03/30
    公開日: 2009/10/13
    ジャーナル フリー
  • 宮原 浩二郎
    1995 年 45 巻 4 号 p. 522-523
    発行日: 1995/03/30
    公開日: 2009/10/13
    ジャーナル フリー
  • 矢澤 澄子
    1995 年 45 巻 4 号 p. 523-525
    発行日: 1995/03/30
    公開日: 2009/10/13
    ジャーナル フリー
  • 田原音和著『科学的知の社会学-デュルケームからブルデューまで-』
    大野 道邦
    1995 年 45 巻 4 号 p. 525-527
    発行日: 1995/03/30
    公開日: 2010/01/27
    ジャーナル フリー
  • 園田 茂人
    1995 年 45 巻 4 号 p. 527-529
    発行日: 1995/03/30
    公開日: 2009/10/13
    ジャーナル フリー
  • 小川 伸彦
    1995 年 45 巻 4 号 p. 529-531
    発行日: 1995/03/30
    公開日: 2009/10/13
    ジャーナル フリー
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