社会学評論
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50 巻 , 4 号
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  • 西原 和久, 渡辺 秀樹
    2000 年 50 巻 4 号 p. 434-435
    発行日: 2000/03/31
    公開日: 2010/04/23
    ジャーナル フリー
  • 長谷川 公一
    2000 年 50 巻 4 号 p. 436-450
    発行日: 2000/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    社会学は成立以来, 近代市民社会の秩序原理の焦点として, 「共同性」と「公共性」を論じてきた.しかしこれまで日本の社会学において, 公共性をめぐる社会学的考察が十分に展開されてきたとはいいがたい.公共性をめぐって論じられるべきは, 第 1 に, パブリックの概念の現代的変容という位相である.概念の多義化, 「私的領域」との相互浸透, グローバル化にともなう空間的拡大, 「自然の権利」を含むパブリックな空間の構成諸主体の拡大が著しい.第 2 は, 市民社会の統合原理としての公共性の位相である.先進社会にほぼ共通に, 過度の個人主義が個人主義そのものの存立基盤を掘り崩しかねないというベラーらの指摘する危機的状況がある.今日, 公共哲学の復権がもとめられるのはこの文脈においてである.第 3 は, ハーバマス以来の「公共圏」, 公衆としての市民による公論形成, 社会的合意形成をめぐる位相である.肥大化した国家とマスメディアのもとで, 公共圏の再生もまた世界的課題である.第 4 は, 公共政策にかかわる政策的公準としての公共性の位相である.規範的公共性と, 権力的な公共性との分裂・乖離という事態のもとで, 大規模「公共事業」をめぐる長期の紛争と環境破壊が繰り返されてきた. 第5 は, 市場でも政府でもない「市民セクター」が担う公共性をめぐる位相である.ボランタリーな市民活動と政府および営利セクターとのコラボレーションが現代的焦点である.
  • 橋爪 大三郎
    2000 年 50 巻 4 号 p. 451-463
    発行日: 2000/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    公共性の概念は, ある問題領域が, 不特定の人びとに開かれているところに成り立つ.公共性が人びとに明確に意識されるのは, 税, 王制, 法, 宗教, 市場, 言論といった公共性の装置が, 制度的に機能する場合である.
    ヘーゲルとその流れをくむ批判社会学は, 近代国家が市民社会のうえに立つ公共的な存在であると前提している.しかし, 市民社会は本来, 契約の自由を核とする公共性を実質としていると考えられる.自由な市民が, 契約のコストを税のかたちで負担することが, 公共性の原型である.
    国際社会が直面するこれからの課題は, 環境という公共財を維持するためのコストを負担する, 新しい公共性の枠組みをつくり上げることであろう.
  • 油井 清光
    2000 年 50 巻 4 号 p. 464-479
    発行日: 2000/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    本稿のねらいは, 今日における共同体と公共性にかかわる問題群を, 晩年パーソンズの理論的思考の基本的再検討によって考え直すことにある.その主な素材は, 最晩年の未完・未公刊の大作 American Societal Community (ASC) にある.第 1 節では, 「今日の」という問題設定として, グローカリゼーション (グローバル化とローカル化の同時進行=相互浸透) のなかでの共同体と国家ないし公共性という視点が提起される.一方でマクドナルド化した社会の「消費者」, 他方で「トライブ」の一員である公衆は, もはや「市民」ではない, という B. R. バーバー流の問題提起から出発する.第 2 節では, この主題を, 社会学における共同体と「全体社会」の言説へとパラフレーズするため, 連帯と分化, そして「脱-分化」という視点から, ASC を読解する.第 3 節では, 連帯の焦点が多元化・重層化している今日的状況を, パーソンズが「バンドル現象」として概念化し, これによりゲマインシャフトへのノスタルジーを脱構築した点が分析され, これとハーバーマス流の「公共性の構造転換」論との異同が検討される.第 4 節では, 最晩年の “4 機能メディア変換パラダイム” とでもいうべき方法を, 投錨, 変形, 節合, 叙事詩というキータームによって読み解く試みがなされ, 「今日」へのパーソンズの深いレリバンスを主張する.
  • 宇都宮 京子
    2000 年 50 巻 4 号 p. 480-495
    発行日: 2000/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    真の, いま求められるべき共同性とは何かという問いとともに, 共同性は求められるべきものか, という問いが生じている.たとえば, 人は差別されてはいけないとしたら, なぜなのか.それは, みな同じ人間だからといわれる.しかし, どこが同じなのか.知ることは共感することなのか? 人を他の我, あるいは人格であると知るということは, その他者が思考し感じているその体験の仕方そのもの, その作用そのものを把握することであるというところに難しさがある.これらの問いについて, 真剣に考えようとするとき, フッサールの間主観的世界の成立への問いや, シェーラーの共感や愛についての考え方は重要な視点を与えてくれる.
    ところで, 理性は, 他者の人格にどのようにかかわっているのであろうか? 理性は「真なるもの」を直知する力という意味をすでに失ってきている.
    本論文で, 筆者は, 現象学的視点を取り入れながら理性の意味を再考した.そして, 生活世界のなかで, 社会的行為者たちが眼前に展開する現象や体験のなかに, それが「別様でありうる」ことを発見する力, 自明性を支える地平を明るみに出す力と定義した.
    そして, シュッツの理論を意識しながら, 共同性に必要な他者理解とは鑑賞でも観察でもなく, 一つの交流であり相互行為であることを前提としつつ, 理性が寄与できる可能性と限界はどのようなものであるのかを検討した.
  • 数土 直紀
    2000 年 50 巻 4 号 p. 496-508
    発行日: 2000/03/31
    公開日: 2010/04/23
    ジャーナル フリー
    本稿の目的は, 我々が他者と共に生きていくためにこれから何が必要とされるのかを解明することである.このことが問題にされなければならない理由は, 大規模化し複雑化しつつある現代社会においては, 他者と共に生きていくことがいよいよ困難になるであろうことが予想されるからである.本稿では, 最初に, 我々が日常において他者とどのようにして合意を形成しているのかを分析する.他者との間に何らかの合意を持つことは, 共生のためのもっとも基本的な条件だと思われるからである.しかし, 本稿で明らかにされることは, 我々のこれまでの合意形成の仕方が, 現代社会においては自ずから限界を持たざるをえないことである.次に, 我々がこれまで用いてきた合意形成の手段が有効でない場合には, 最小限の合意が有効であることを主張する.最小限の合意とは, 互いの理解のしがたさに関する合意である. そして, このような最小限の合意は, 寛容と主張という新たな戦略を可能にする.新たに示される戦略は, 我々がこれからの社会を他者と共に生きるためには我々自身が大きく変わっていかなければならないことを示唆するだろう.
  • 富永 茂樹
    2000 年 50 巻 4 号 p. 509-523
    発行日: 2000/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    フランス革命は近代の政治文化に大きな影響を及ぼしたが, とりわけ社会学にとって見逃せないのは, 1791 年に立憲議会が取った中間集団にかんする一連の法的措置である.すなわち同年 3 月にはこの国に伝統的に存在してきた同業組合が廃止され, 6 月には労働者の新たな団結が禁止されることは, のちの労働運動史に悪評を残しているが, これらほどには知られていないものの, 5 月と 9 月には「民衆協会」と呼ばれる市民の集会の活動を制限する法令も可決されていたのだった.このときの議会の内外の言説からうかがえるのは, 新たに再生した社会で中間集団が果たしうる役割への, 革命期の人びと (そしておそらくは近代人全般) の無理解ないし敵意にほかならない.個人と全体社会とのみで成り立つ彼らの社会観のなかに中間集団が占める位置はありえなかった.こうして旧来の共同体は完全に消滅すると同時に, 新しく模索されるべき公共空間への道はほとんど途絶えてしまう.この消失と途絶は間接的あるいはネガティヴな意味で 19 世紀以降の社会学の生成と展開の出発点を用意するものであった.もっとも, 社会学の出発点としてのフランス革命に注目する社会学者のうちには, 事実の誤認や規範との混同を犯している者も少なくない. 1791 年の中間集団の運命の根抵にあるものを明らかにし, そこから社会学史の認識に修正を加えることこそが, あらためて公共性の社会学を構築するためにぜひ望まれるのである.
  • 小熊 英二
    2000 年 50 巻 4 号 p. 524-540
    発行日: 2000/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    本稿は, 日本における共同性と公共性の意識形態を, 国際比較を交えた近代国家形成の歴史的経緯から考察したものである.
    フランスにおける近代国家形成は, 中央政府主導により, 地方の旧勢力を打破するかたちで進められた.そこでは, 前近代的な地方共同体が否定されることによって, 地域を越えた国家大の共同意識と, 自立した近代的主体意識を合わせ持つ個人=国民が析出され, 地方共同体の前近代的公共性に代る近代的公共性は, 国民=国家に求められるという理念が生まれた.それにたいしアメリカでは, 開拓移民による地域コミュニティの連合体として国家形成がなされた.このため, あらかじめ近代的主体意識を備えている個人= 市民が, 自発的に集合して地域コミュニティをはじめとした中間集団を形成するのであり, 共同性と公共性は主にそうした中間集団で実現され, 国家= 中央政府はそれに介入するべきではないという理念が発生した.すなわち, 前近代的共同体から解き放たれた主体意識を持つ個人が, 従来の共同体に代る近代的な共同性や公共性を実現してゆく場としては, 前者では国民国家が, 後者では中間集団が想定されている.
    しかし日本の近代国家形成では, 地方や家族, あるいは学校・企業などの中間集団は, 構成員にたいする前近代的ともいえる拘束機能を残したまま, 国家の下部組織として中央集権制と接合されるという経緯をたどった.このため, ここでは個人の主体性確立と共同性の希求は二律背反関係であり, 共同性とは主体意識を放棄した集団への埋没なのであって, 近代的な公共性は中間集団にも国家にも求めえないという意識が広がりがちとなる.
  • 島薗 進
    2000 年 50 巻 4 号 p. 541-555
    発行日: 2000/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    近代化とともに宗教の影響力が衰えていくという世俗化論は, 1960 年代を中心に力をもっていた.確かに地域共同体に根を張って影響力を及ぼしてきた伝統宗教や新宗教のような組織的宗教は力を弱めている.かわって先進国では, 個人主義的に自己変容を追求するニューエイジや精神世界などとよばれるものが台頭してきている.この新たなグローバルな広がりをもつ宗教性を新霊性運動-文化とよぶことにする.情報と関わりが深く, メディアを介して個々人がそれぞれに学び取り, 習得するという性格が濃いこの新霊性運動-文化は, 現代社会で宗教の私事化が進む趨勢の現れであるように見える. ところが, 医療, 介護, 福祉, セラピー, 教育などの社会領域や, 国家儀礼, 生命倫理, 環境倫理などの問題領域に焦点を合わせると, 公共空間で広い意味での宗教がある役割を果たそうとする動向もある.これらの領域では, 近代の科学的合理主義ではカヴァーしきれない側面が露わになり, 宗教性, 霊性といったものを取り入れたり, 広い意味での宗教的な立場からの発言が強まったりする傾向が見られる.公共空間のある種の側面が再聖化する兆候といえる.この動向と世俗化や宗教の私事化と見えたものとは, 必ずしも矛盾しない.世俗化や私事化と見えたものには再聖化に通ずる側面が含まれていたし, 70 年代以降, 世俗化や私事化から再聖化の方向へ, ベクトルが転換する領域があったと考えられるからである.
  • 町村 敬志
    2000 年 50 巻 4 号 p. 556-571
    発行日: 2000/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    グローバリゼーションはしばしば, 歴史的文化的な多様性をもった国家や地域社会に対して均一的な制度や価値を押しつける外圧のように受け止められる.しかしながらグローバリゼーションはつねにローカルな基礎をもっており, そこにおいて多様な主体による競争や対立, 動員を通じながら具体的な形を与えられている.著者は, 「単一化された想像上の空間」としてのグローバリゼーションの意味定義をめぐる社会・政治過程に焦点を絞りながら, グローバリゼーションのローカルな基礎の特質を明らかにする.現実にはこの「想像上の空間」はきわめて市場志向的な形で編成されているため, 経済中心のグローバリゼーション・イメージがローカルレベルでしばしば優越している.都市・地域間競争のようなレトリックが, 成長推進政策を追求するアクターによるローカルな支持獲得・動員のための政治的象徴として利用されている.グローバルな公共圏が成立するためのローカルな基礎として, この「単一化された想像上の空間」はより多元的な形で構築されていく必要がある.
  • 吉原 直樹
    2000 年 50 巻 4 号 p. 572-585
    発行日: 2000/03/31
    公開日: 2010/04/23
    ジャーナル フリー
    グローバルとローカルとのパラドクスが取りざたされるなかで, 新しい公共性形成のありようが種々論議されている.特に近年, リベラリズムとコミュニタリアニズムとの間の論議が深まるとともに, 集団的な自己統治の復活といったことが争点化しつつある.本稿は, こうした現実の動きを見据えながら, 日本社会の基層に根を張ってきた地域住民組織, とりわけ町内会に焦点を絞って, そこでの共同性, 公共性の内実を明らかにする.そしてそうしたものが, 集団的な自己統治の復活という文脈で浮かび上がる「共」の領域にどのように通底しているかを示す.
    本稿での歴史分析, そして若干の比較社会分析を通して明らかになったことは, 町内会における〈共同性〉が「住まうこと」に根ざして, 共同生活にあらわれる共通の課題を地位とか身分に関係なく共同で処理するところから派生したものであり, そうした〈共同性〉が普遍化して生じた「共的な自治」 (=ガヴァナンス) =「公的」業務の枠組が, いわば〈公共性〉として表出しているということである.本稿では, こうした〈共同性〉〈公共性〉の基底にひそむ, 「伸縮自在な縁」としての地縁の論理が, 実は上述した「共」領域に通脈することを指摘した.
  • 石川 准
    2000 年 50 巻 4 号 p. 586-602
    発行日: 2000/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    日本の障害学 (ディスアビリティ・スタデイーズ) は近年ようやく立ち上がりの機運を示している.だが, それがどのような方法論を選択し, どのような主題に向き合おうとしているのかはまだはっきりと示しえていない. 考えられる一つの選択は, ポスト福祉論的な批判を徹底させ, ディスエイブリズムの脱構築をめざすという道であろうが, それにしてもそのための理論的基盤はまだ脆弱だといわざるをえない.本稿は, 障害学の今後の展開のための準備ノートとでもいうべきものである.最初に, 労働ベースの財と意思決定と存在価値の分配システムから排除される障害者が, この分配システムの相対化をめざさざるをえないことを確認したうえで, 障害者運動および障害学に理論的視座の重層性を提供するものとして, 英国のデイスアビリテイ・スタデイーズが打ち出した「社会モデル」と, ろう文化運動とデフ・スタディーズの理論的成果である「文化モデル」を示したうえで, 運動や理論の周辺に流布している平等か差異かといったような二者択一を迫る言説の暴力性を批判する.
  • 永田 えり子
    2000 年 50 巻 4 号 p. 603-616
    発行日: 2000/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    本稿はフェミニズムをはじめさまざまな角度から, 「公か私か」という言説がいまや無意味であることを見る.第1に, 公私は分離できない.何が私財で何が公共財であるかは, 実際には区別できない.「性の非公然性原則」は性の公共化を押しとどめる能力をもたず, したがって公私の境界維持機能を持たない.第2に, 公私の分離は不公正である.フェミニズムによれば, 公私の分離は女性, 性と生殖, 家庭を私的領域として分離することによって性差別を温存する.ならば今後問われるべきことは, 何が公で何が私か, という問題ではない.どのような正当性のもとで, 誰のどのような自由が認められるべきか, ということである.現在, 新たな共同性を築く鍵はこの点に存する.
  • 中 久郎
    2000 年 50 巻 4 号 p. 617-622
    発行日: 2000/03/31
    公開日: 2010/01/29
    ジャーナル フリー
  • 河西 宏祐
    2000 年 50 巻 4 号 p. 622-626
    発行日: 2000/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 新 睦人
    2000 年 50 巻 4 号 p. 626-631
    発行日: 2000/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 間庭 充幸
    2000 年 50 巻 4 号 p. 631-636
    発行日: 2000/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 鈴木 広
    2000 年 50 巻 4 号 p. 636-641
    発行日: 2000/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 布施 晶子
    2000 年 50 巻 4 号 p. 641-647
    発行日: 2000/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
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