社会学評論
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57 巻 , 1 号
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  • 舩橋 晴俊, 油井 清光
    2006 年 57 巻 1 号 p. 2-3
    発行日: 2006/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 舩橋 晴俊
    2006 年 57 巻 1 号 p. 4-24
    発行日: 2006/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    「理論形成はいかにして可能か」を問うためには, まず, 理論の役割とは何か, 理論の基本性格をいかに分類するかを考える必要がある.理論の役割には, 「規則性の発見と説明」「意味の発見」「規範理論の諸問題の解明」の3つがあり, 社会学理論は, 基本性格の差異に注目するならば, 「中範囲の理論」「基礎理論」「原理論」「規範理論」「メタ理論」の5つに分類することができる.理論形成を支える諸要因として, 学説研究, 実証研究, 問題意識と価値理念, メタ理論的な信念, 他の研究者との相互作用, 現実の社会問題との直面を提示できるが, これらが理論形成において果たす作用の比重は, 理論のタイプによって異なる.中範囲の理論や特定領域の基礎理論においては, 実証を通しての理論形成という方向づけに基づいた「T字型の研究戦略」が理論形成に有効であろう.この研究戦略に基づいて創造的な理論形成を達成したいくつもの先例が存在する.これに対して, 原理論においては, 独自の問題意識に基づいて, 先行研究の蓄積から鍵になる概念や論理を発掘し再編成することによって創造的な理論形成を成し遂げうるということが, 存立構造論によって例証される.中範囲の理論においては, 相対的に通常科学的な理論形成の比重が大きいのに対して, より根底的な水準の基礎理論や原理論においては, 認識の前提としての観点と価値理念の再定義を伴う科学革命的な理論形成が重要な意義を有する.
  • 高坂 健次
    2006 年 57 巻 1 号 p. 25-40
    発行日: 2006/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    オリジナリティのある社会学の理論形成のためには閃きやセンスが必要であるが, それ以前に言わば「定石」を踏まえておかなくてはならないことを指摘する.本論は社会学の理論には一般理論, 歴史理論, 規範理論の3つのタイプがあるとの議論をもとに, それらに共通の定石として, 真・善・美・整合性・実践性・明確性を守る必要があることを述べる.その上で, 任意に歴史理論の中から舩橋の主張する「T字型の研究戦略」を対象に「明確性」という定石からみてどのように評価できるかを論じる.次に, 問題の背後には「中範囲理論」の3つの誤謬があると見なして, 中範囲理論の問題点を論じる.3つの誤謬とは, 理論と調査の「統合」の置き違えの誤謬, 抽象化作用の置き違えの誤謬, 研究対象システムの置き違えの誤謬, である.最後に, 先の定石以外に, 異なる理論的枠組みの「統一化」を図ろうとする定石と, 一般理論・歴史理論・規範理論の3つの理論タイプを意識的に相互浸透させるという定石とがあることを示唆する.
  • 太郎 丸博
    2006 年 57 巻 1 号 p. 41-57
    発行日: 2006/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    1970年ごろに米国で発達した理論構築の考え方は, 理論に対する1つのアプローチを確立した.しかしそれは, 学説研究の価値を不当に低く評価することになっている. Laudanの議論に従えば, 研究伝統の抱える概念的問題を解決したり, 社会学全体を見渡して複数の研究伝統の発展の歴史を概観したり, その長短を判断することを通して, 学説研究は理論を発展させることができる.さらに研究伝統を深く学ぶことで, 解くべき問題をしばしば発見することができるし, 概念的問題の解決の手がかりも, しばしば学説の中にある, しかし, 学説だけを研究しても理論の発展は難しい.概念的問題は経験的問題と密接に連動しており, 経験的問題の解決は, データの収集・分析と不可分に結びついている.概念的問題と経験的問題を同時に追求しなければ, 理論の発展は困難である.理論を発展させるためには, 既存の研究伝統を深く学ぶと同時に, 何らかの経験的問題を追求することが必要である.そのためのコツをあえていうならば, デリベーションと「よい」集団に属して研究することが考えられる.
  • 木下 康仁
    2006 年 57 巻 1 号 p. 58-73
    発行日: 2006/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    グラウンデッド・セオリー・アプローチ (GTA) は1960年代に医療社会学分野で先駆的な業績を残したGlaserとStraussによって考案され, データに密着した分析から独自の理論を生成する質的研究法としてヒューマンサービス領域を中心に広く知られ, また実践されている.本稿では, この研究法が考案された背景とその後現在に至る展開を, これまで十分に検討されてこなかった対照的な訓練背景をもつ2人の協働の実態, 結果として生じた分析方法のあいまいさを論じている.また, 質的研究でありながらデータ至上主義とも呼べる立場にたち, 理論を独自に位置づけているこの方法におけるデータの分析と理論生成の関係について考察し, さらに質的研究法の中でのGTAの位置づけと実践の理論化に果たしうる役割について論じた.
    社会学を出自とし, 社会学からみれば応用領域にあたるところで広く関心をもたれているGTAは, 日常的経験を共有可能な知識として生成する研究方法論として期待され, 結果として社会学へと越境する研究の流れをもたらすうえで重要な役割を果たしてきたと考えられる.研究対象を求めて他領域に越境してきた社会学自体が, 現在では逆に越境される対象になっており, 対象を共有しつつ社会学とヒューマンサービス領域との問で研究内容をめぐりダイアローグが開ける局面が出現している.
  • 江原 由美子
    2006 年 57 巻 1 号 p. 74-91
    発行日: 2006/06/30
    公開日: 2010/01/29
    ジャーナル フリー
    本稿の主題は, ジェンダーの社会学が, 社会生活に対してどのような意味を持っているのかを, シュッツの社会的行為論の枠組みを使用して, 記述することである.本稿では「理論化」という行為を, 実践的目的のために, 情報を縮減することと, 定義する.社会成員は誰も, 社会生活に適応するために, 多くの「理論化」を行っている.「ジェンダー」は, 社会成員のこのような「理論化」によって生み出される「理論」の1つである.「ジェンダー」は, 人びとの知覚を構造化し, 男女間のコミュニケーションの困難性を生み出す.ジェンダーの社会学は, 男女間のコミュニケーション困難性を探求することによって, 男女の相互理解を促進することに貢献してきた.ジェンダー・バッシングは, こうした男女の相互理解に向けた活動を, 破壊したのである.
  • 盛山 和夫
    2006 年 57 巻 1 号 p. 92-108
    発行日: 2006/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    一昨年のアメリカ社会学会会長ビュラウォイの講演以来, 「公共社会学」に対して熱心な議論が交わされている.これは現在の社会学が直面している困難な状況を「公衆に向かって発信する」という戦略で克服しようとするものだが, この戦略は間違っている.なぜなら, 今日の社会学の問題は公衆への発信がないことではなくて, 発信すべき理論的知識を生産していないことにあるからである.ビュラウォイ流の「公共社会学」の概念には, なぜ理論創造が停滞しているのかの分析が欠けており, その理由, すなわち社会的世界は意味秩序からなっており, そこでは古典的で経験的な意味での「真理」は学問にとっての共通の価値として不十分だということが理解されていない.意味世界の探究は「解釈」であるが, これには従来から, その客観的妥当性の問題がつきまとってきた.本稿は, 「よりよい」解釈とは「よりよい」意味秩序の提示であり, それは対象世界との公共的な価値を持ったコミュニケーションであって, そうした営為こそが「公共社会学」の名にふさわしいと考える.この公共社会学は, 単に経験的にとどまらず規範的に志向しており, 新しい意味秩序の理論的な構築をめざす専門的な社会学である.
  • 橋爪 大三郎
    2006 年 57 巻 1 号 p. 109-124
    発行日: 2006/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    行為の二重性, すなわち, 行為が, 実物世界のなかでの出来事であることと, 意味理解を通じて効力をもつこととの関係を, これまでの理論は整合的に取り扱ってこなかった.構造主義は, 記号のレヴェルが実物世界から切り離されていること (恣意性の原理) に注目し, マルクス主義の想定を覆した.ヴィトゲンシュタインの言語ゲームは, 構造主義が想定した二重性をつき抜け, 世界が一重であることに徹したアイデアである.行為は人びとのルールに従ったふるまい, すなわち, 言語ゲームのなかで意味をもつ.その意味は, 実物世界のなかでの個物の列挙に示されている.
    実物世界のなかに人びとの身体が散在しているとき, 間身体的に波及する形式が, 言語である.言語派社会学は, 言語に加えて, 性と権力とを, 社会空間の基本的な作用力と想定する.言語/性/権力から, さまざまな社会形象が派生し, 制度的な前提が選択されて具体的な社会システムが形成されてゆく.このようにして, 言語派社会学は, 社会の普遍的な原理と, 社会システムの経験的な考察とを, 包括する理論構成をもつことができる.
  • 油井 清光
    2006 年 57 巻 1 号 p. 125-142
    発行日: 2006/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    本稿は, 「理論形成はいかにして可能か」という主題を, 比較近代化論とグローカル化論との節合という「事例」から考える試みである.
    比較近代化論とその原理論であった機能主義とは, 舩橋 (1982) や高坂 (1998) らによる理論分類から捉えることが可能である.しかし, それらはすでに或る種の「解体」 (佐藤1998) を経験しているという.社会学理論は, 原理論のレヴェルで多元化していると言われて久しいが, それ.は社会学理論にある程度内在的な性質でもある.そのなかで事実として次々に新しく魅力的な「嚮導的発想」 (グローバル化論, リスク社会論など) が追究されている.本稿は, こうした「嚮導的な発想」と, 各自のそれまでの研究蓄積との節合による理論形成という可能性について考える.その道筋を, 比較近代化論とグローカル化論との節合の試みという実際のエスキスをとおして, 探る. (1) いずれの原理論に立脚するにせよ, らせん的進展をともなう「理論と経験との往復運動」を前提とすることがのぞましい (グローカル化論にとっては, 比較近代化論というヨリ経験的研究に根ざした「中範囲の理論」との節合が有意義となる), (2) 節合の過程で双方の内的相互変容をともなう (比較近代化論とグローカル化論双方の再構成), (3) この節合は, 理論伝統の組み換えをうながすことがある (「テーマ」としての, 市民権を超えた人権), といった諸主題があつかわれる.
  • 大井 由紀
    2006 年 57 巻 1 号 p. 143-156
    発行日: 2006/06/30
    公開日: 2010/04/23
    ジャーナル フリー
    移民は国民国家の「他者」とされてきた.このため, グローバル化への対抗手段の1つとしてナショナリズムが現れている今日, 国家の「他者」である移民は, ともすると暴力や排斥の対象となっている.グローバル化時代における民主主義を考える場合, 「他者」へ開かれた社会, つまり公共性をどのように形成していくことができるのかは, 焦眉の問題だといえる.しかし移民と公共性を論じることは容易ではない.移民を国家の「他者」として対置する認識に加え, 移民に対する閉鎖性は主権の行使として位置づけられるからだ.そこで本稿では, 移民と公共性という問題を立てる端緒として, 国家と移民の関係について再考察を行う.
    以上の問題意識に基づき2節では, 移民が国家の「他者」とされてきた背景として, 社会科学の方法論的ナショナリズムを指摘する.ここではアメリカのアジア系移民・アジア系アメリカ人を事例とする.そして, 移民と国家の関係について認識する上で重要な変化をもたらした方法論として, トランスナショナリズムに注目する.3節では, アジア系のトランスナショナリズムが, 方法論的ナショナリズムに部分的に依拠しており, これが盲点となっていることを指摘する.さらにこれを克服する方法として, 筆者の事例研究を用い, 国家形成と移民の歴史的関係を見直すことを提起する.
  • 眞住 優助
    2006 年 57 巻 1 号 p. 157-173
    発行日: 2006/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    本稿は, 現代のアメリカ中西部農村地域におけるメキシコ人移民流入現象に着目し, この地域の移民の主要雇用主である食肉加工業の再編成戦略を分析することで, 移民増加の原因を明らかにする.この地域への移民流入は, 都市部など移民の伝統的居住地域とは異なる文化的・社会経済的文脈を有する地域に移民が増加していることを示している.この事実は, この地域の移民の適応問題を提起しているといえるが, 移民増加の原因解明はそのための不可欠の前提である.本稿では, 食肉加工業はいかなる再編成を経験したのか, そしてその再編成はなぜ今日この地域で移民増加を引き起こしたのかを考察する.
    産業再編成による移民労働需要の形成過程から移動の発生原因を説明する, 既存の移動のマクロ・レベル視角にある欠点を補うため, 本稿ではまず, 基幹産業の再編成を, 単線的過程を辿るのではなく, ある外的影響下で最適の諸戦略が選択され, 他の戦略部門の戦略と結合し, 戦略部門間で適合的な戦略が選択されてゆく過程と捉える.そして移民利用戦略を, 賃金削減だけでなく, 他部門の戦略との連関において必要とされる適合的な戦略と認識する.特に再編成過程に与える製品特性の影響に着目し, いかにそれが再編成戦略において特有の戦略部門間結合を誘発し, 独自の再編成に導いたのか, そしてなぜそれが今日, 中西部農村地域において移民労働力の利用戦略を引き起こしたのかを考察する.
  • 青木 秀男
    2006 年 57 巻 1 号 p. 174-189
    発行日: 2006/06/30
    公開日: 2010/04/23
    ジャーナル フリー
    本稿は, 近代民衆の自立の構造を, 加賀 (金沢) の象嵌職人の日記 (『米澤弘安日記』, 明治~昭和期) を事例に分析する.まず, 近代民衆像をめぐる近代史学の論争を, 安丸良夫の通俗道徳論を中心にレビューする.そして, 近代民衆は, 生活の自立をめざして固有の生活倫理を実践したこと.その際, 搾取や抑圧と闘って自立をめざした民衆と, 闘わずに, もっぱら生活倫理を実践して自立をめざした民衆がいたこと, つまり, 民衆の自立には2つの回路があったことを論じる.
    次に, 生活史法としての日記分析の方法について説明する.次に, 闘わない民衆の事例として, 弘安の自立の構造を, 生活倫理の分析により明らかにする.生活倫理の徳目として, 生計の維持と家族の平穏に対する〈責任感〉, 責任を全うするための禁欲的な生活態度としての〈勤勉〉, 生計の維持を確実にするための, 象嵌細工の新分野開拓をめざす〈革新〉, 生計の維持と家族の平穏の確かな展望を得るための, 仕事や近隣の身近な人びととの〈和合〉, その反面としての, 不幸な境遇にある人びとや社会的弱者に対する〈憐憫〉 (と蔑視) を抽出する.そして, 弘安の自立が, これら徳目の相互関係の中でめざされたこと, これら全体が, 近代に内在する必然としてあったことを論じる.
    最後に, 近代史学の民衆像の議論に還って, それらと, 本稿の近代民衆像の差異について論じる.それによって, 仮説ながら, 〈もう1つの〉民衆像の提起とする.
  • 首藤 明和
    2006 年 57 巻 1 号 p. 190-203
    発行日: 2006/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 櫻井 義秀
    2006 年 57 巻 1 号 p. 204-217
    発行日: 2006/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
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