社会学評論
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39 巻 , 4 号
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  • 栗田 宣義
    1989 年 39 巻 4 号 p. 374-391,479
    発行日: 1989/03/31
    公開日: 2010/02/19
    ジャーナル フリー
    一九六〇年代後半、日本の政治社会は、青年層に主導されたラディカルな抗議活動の高揚とそれに対する強力な社会統制の発動によって織りなされる激突政治の時代を迎えた。一九六八年から一九六九年にかけて、大学紛争は全国的に拡大し、その頂点に達する。このような激突政治の時代に青年期を過ごした世代は、反抗的な政治文化を学習する機会を与えられたのである。本稿は、この世代に焦点を合わせ、彼ら/彼女らの現在に至るまでの持続的な政治的社会化過程を解明する。「一九六〇年代後半激突政治の時代に政治的社会化を受けた者たちは、その後もラディカルな抗議活動に従事し続けているのだろうか?」「現在、社会運動勢力は、彼ら/彼女らのエネルギーに支えられているのだろうか?」これら二つの問いに答えるために、政治世代構成仮説、同時代的政治的体験による社会運動加入仮説、社会運動加入による抗議活動従事仮説、と命名された三つの仮説を提示する。これらの仮説は、本稿で提唱される世代政治的社会化の理論モデルに依拠しているのである。社会運動の水源地である抗議活動支持層を対象としたデータ解析の結果、仮説群は全て支持され、世代政治的社会化の理論モデルの妥当性が確認された。一九六八-六九年世代は、彼ら/彼女らの青年期に生じた大学紛争の激化という同時代的政治的体験の共有と、社会運動加入の両要因からなる世代政治的社会化のフィルターを通過することによって、激突政治志向に傾き、抗議活動に従事していることが明らかになったのである。
  • 小林 久高
    1989 年 39 巻 4 号 p. 392-405,478
    発行日: 1989/03/31
    公開日: 2010/05/07
    ジャーナル フリー
    権威主義の基本概念は、弱者に対する攻撃を意味する権威主義的攻撃と強者に対する服従を意味する権威主義的服従の結合にある。アドルノ、ロキーチ、アイゼンクの研究を検討すると、この権威主義の基本的な意味と保守主義とが密接に関係していることがわかる。この事実を説明するために、一つの図式が提出される。この図式は、概念的な観点から、権威主義と保守主義の密接な結合を明らかにしたものである。次に、シルズのいう左翼権威主義の問題が検討される。そこでは、左翼の位置する体制の違いを考慮する必要性、体制に対する態度と党派に対する態度の違いを考慮する必要性、態度とパーソナリティのレベルの違いを考慮する必要性が述べられ、自由主義・資本主義体制内の左翼は、過激主義的ではあるが、右翼に比べて権威主義的ではないという指摘がなされる。
  • 奥村 隆
    1989 年 39 巻 4 号 p. 406-420,478
    発行日: 1989/03/31
    公開日: 2009/11/11
    ジャーナル フリー
    現在、社会科学に持ち込まれている「生活世界」という概念は、いったいどのような「社会」についての構想を、新しく社会科学にもたらすのであろうか。
    この問いに答えるためには、まず、従来必ずしも自覚的に区別されていない「生活世界」概念のさまざまなヴァージョンの相違を吟味しなければならない。本稿では、次の三人、すなわち、日常生活の常識による主観的構成を描いたシュッツ、これを再生産する間主観的コミュニケイション過程を捉えたハバーマス、これらを基礎づける自明性の世界を抉るフッサール、それぞれの「生活世界」概念の内包が検討されていく。
    そのうえで、そこから「社会」の構想へと延ばされる射程が吟味しうることになる。シュッツは「社会」が日常的過程に入り込む場面を、ハバーマスは社会システムと「生活世界」の相剋を、それぞれの「生活世界」概念から新たに描き出している。しかし、彼らの構図には、「生活世界」を「社会」に位置づけようとしたための限界があり、「生活世界」という基層から「社会」が形成される相を把握しようとする、フッサールの概念から展開しうる構図ほどの射程を持ちえない。「社会」の原初的な位相を抉り出すこの構図の展開は、困難なものといわざるをえないが、「生活世界」の視座から全く新しく「社会」を捉え直す戦略として、さらなる検討を加えていくべきものである。
  • 山下 雅之
    1989 年 39 巻 4 号 p. 421-436,477
    発行日: 1989/03/31
    公開日: 2010/02/19
    ジャーナル フリー
    ベルナール・ラクロワは『デュルケームと政治』において次のように述べた。「社会学的伝統の第一の誤りは、今日存在する学科への知の分割から出発して過去を再構成していること、つまりどうなったかを知りつつどうなるだろうかを述べるということ…にある。」 (三〇頁)
    この言葉を反省の契機として、今一度初期デュルケームの諸論文を読み返すことが本論を生むきっかけとなった。リセの教師時代に卒業式で行った一八八三年の演説から『分業論』の直前まで約二〇の論文等には、同時代に生きたデュルケームの足跡が鮮明に浮かんでくる。この中で重要なできごとは、一八八六年を中心としたドイツ留学と一八八七年のボルドー大学就任であるが、我々の関心は前者にある。デュルケームがドイツで何を見、何を学んだか。ドイッ社会思想からデュルケームへの影響に関しては夙にドゥプルワージュの批判があり、これを交えて検討を行う。我々が焦点をあてるのは、道徳の実証科学の確立をめざすデュルケームが、他方で社会にとっての道徳の重要性を強調したことであり、しかもこのような姿勢はデュルケームに特有の論点ではなくて、同時代の知識人や政治家に共通してみられる点である。それゆえ、この時期に彼が重視した社会の統一性、連帯とは、何よりもフランスという具体的な社会について述べられていたと考えられる。
  • 坪内 良博
    1989 年 39 巻 4 号 p. 437-438
    発行日: 1989/03/31
    公開日: 2009/11/11
    ジャーナル フリー
  • 川崎 賢一
    1989 年 39 巻 4 号 p. 438-440
    発行日: 1989/03/31
    公開日: 2009/11/11
    ジャーナル フリー
  • 寿里 茂
    1989 年 39 巻 4 号 p. 440-442
    発行日: 1989/03/31
    公開日: 2009/11/11
    ジャーナル フリー
  • 中野 秀一郎
    1989 年 39 巻 4 号 p. 442-443
    発行日: 1989/03/31
    公開日: 2009/11/11
    ジャーナル フリー
  • 小関 三平
    1989 年 39 巻 4 号 p. 444-445
    発行日: 1989/03/31
    公開日: 2009/11/11
    ジャーナル フリー
  • 松本 康
    1989 年 39 巻 4 号 p. 445-447
    発行日: 1989/03/31
    公開日: 2009/11/11
    ジャーナル フリー
  • 光吉 利之
    1989 年 39 巻 4 号 p. 447-449
    発行日: 1989/03/31
    公開日: 2009/11/11
    ジャーナル フリー
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