社会学評論
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51 巻 , 4 号
選択された号の論文の10件中1~10を表示しています
  • 長谷川 公一
    2001 年 51 巻 4 号 p. 380-381
    発行日: 2001/03/31
    公開日: 2010/04/23
    ジャーナル フリー
  • 樽本 英樹
    2001 年 51 巻 4 号 p. 382-397
    発行日: 2001/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    21世紀の国際社会学は, どのような課題を背負わなければならないのか.20世紀末に生じた国際移民をめぐる「諸事件」を概観してわかることは, それら「諸事件」の核心が「国民国家への挑戦」だということである.そこで, 「国民国家への挑戦」を解消すること, すなわち国民国家に代わる市民権の新たなモデルを提示することが, 国際社会学の最重要課題のひとつとなる.「国民国家への挑戦」は, 「国際移民の増加・多様化」「普遍的人権の台頭」によって引き起こされ, 国民国家は「社会統合への不安」によって擁護されていた.国民国家モデルに代わりうるものとして現在提唱されている市民権のモデルは, それぞれ国民国家モデルと抵触する点を持っている.21世紀に存立しうる市民権の新たなモデルは, 出生や血縁によって仮定された「文化」に代わる要因から, 新たな正統性を供給されなくてはならない.現在優位な要因である「居住」が正統性を供給できるか否かを考察するためには, 国際社会学的想像力の獲得が必要とされるであろう.
  • 筒井 淳也, 秋吉 美都
    2001 年 51 巻 4 号 p. 398-411
    発行日: 2001/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    コンピュータが作り出す社会空間には, 真の公共空間としての期待がしばしば寄せられる.電子ネットワークは対等で自由な議論を市民の問に可能にすることによって, より民主的な社会を構築するものとされる.対面状況の公共空間で展開される相互行為は, 個人の属性や個性に関する手がかり情報を活用している.ネット空間のなかの公共空間はこのような手がかりに乏しいため, カテゴリーの差異化が起こりにくく, 人々は対等な個人として自由で自発的なコミュニケーションに参加するというのである.だが期待と裏腹に, ネットでは極度な関心の細分化やフレームといった現象が見受けられる, 対等で自由なはずのコミュニケーションは現実にはしばしば頓挫する.この期待と実際の乖離は, 公共空間の情報構造を技術的特性から記述することによって生まれる.本稿は電子ネットワークの利用の実際, すなわち相互行為実践に注目し, より正確に電子ネットワークのなかの公共性を記述する視座を提示する.媒介された公共空間の特徴として匿名性や平等性が挙げられるが, 相互行為実践は実際にはアイデンティティや権威の分化を持ちこみ構造化する.異質な個人どうしがコミュニケーションを行うことのできる空間の「可能性」は, メディアにではなく, メディアを不可欠の一部として含むコミュニケーションの構造と実践に左右される.
  • 今井 信雄
    2001 年 51 巻 4 号 p. 412-429
    発行日: 2001/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    阪神・淡路大震災以後, 被災地には「震災を記念するモニュメント」が数多く建てられている.記念行為が「ひとつの世界」との結びつきを再確認したいという要求をあらわすものであるならば, それぞれのモニュメントも何らかの「ひとつの世界」を想定していると考えられる。それぞれのモニュメントの指向を分析してみると, 実際は設立主体の組織としての性格に大きく影響されるものであった.設立主体の違いが, モニュメントの性格を決定づけていたのだ.震災のモニュメントは, 設立主体が組織として担っている「職務」の範囲内にあるかにみえた.けれども, 組織を越えて, ふたつのリアリティがモニュメントとしてあらわれていた.まず, 身近な人の死を追悼するモニュメントの型式があった.言葉は少なく, ただ死を死としてのみ受け取る心性のあらわれであった.次に, 「わたしたち」という言葉が数多くみられたモニュメントがあった.「わたしたち」という言葉は, 均質な空間を前提にしたリアリティのあらわれとして考えられるであろう.どちらも, 組織を越えてモニュメントを特徴づける型式として存在していたのだが, ふたつのリアリティが重なるモニュメントはみられなかった.ふたつのリアリティはまったく異なる機制によって成り立っていることが明らかになったのである.
  • 柄本 三代子
    2001 年 51 巻 4 号 p. 430-446
    発行日: 2001/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    身体を社会学というフィールドで語ることの意義は, 徹底化したモダニティを人びとの “ありふれた経験” という水準から照射する視野を手中にするということと, 専門家システムの確立にしたがった近代的知の行き詰まりを突破する理論の再構築をはかる, という2点にある.また, 身体を論じるということは, 「どう生きるのか」という根源的な問いを内在させた人びとの政治的実践を論じることと等しい.本論はこれらの知見を背景として, 新しいタイプのリスクのひとつである生活習慣病を例に, 現代において異論の余地のない象徴的価値となっている「健康」を問題化する.このリスクが象徴的価値として機能するためには, 専門家システムの確立が必要となり, ありふれた日常的経験に対する科学的知による指示の氾濫を招くことになる.結果として, 科学的知を介して脱埋め込み化されていた “ありふれた経験” を, 科学的知は再度ローカルな脈絡で各人によって主体的に埋め込ませようとする.しかし人びとは, たとえ健康増進をめぐる高尚な理念に異議を唱えなくとも, 身をもってすでに知っている経験に対する指示に対して, 容易に拮抗する身体知を働かせることができる.本稿で用いる「身体知」という用語で意味する知とは, 実際的に身体にもとづき, 身体によって形成されるものであって, 身体から分離されるものではない.本論はまた, 専門家システムの一部である社会学の可能性を考案するものでもある.
  • 渋谷 知美
    2001 年 51 巻 4 号 p. 447-463
    発行日: 2001/03/31
    公開日: 2010/04/23
    ジャーナル フリー
    本稿では, 現代日本の社会学 (ならびに近接領域) において行われている「男性研究者による男性学」「女性研究者による男性研究」の問題点をフェミニズムの視点から列挙し, これをふまえて, 「向フェミニズム的な男性研究」が取るべき視点と研究の構想を提示することを目的とする.
    「男性研究者による男性学」批判においては, 男性学の概念「男らしさの鎧」「男性の被抑圧性」「男らしさの複数性」「男女の対称性」を取りあげて, 男性学がその関心を心理/個人レベルの問題に先鋭化させ, 制度的/構造的な分析を等閑視していることを指摘した.また, 「女性研究者による男性研究」批判においては, 「男性」としての経験を有さない「女性」が, 男性研究をするさい, どのような「立場性positionality」を取りうるのかが不明確であることを指摘した.
    そののち, 「向フェミニズム的な男性研究」の視点として, 第1に「男らしさの複数性」を越えた利得に着目すること, 第2に男性の「被抑圧性」が男性の「特権性」からどれだけ自由かを見極めることの2点を挙げ, それにもとづいた研究構想を提示した.
  • 高橋 勇悦
    2001 年 51 巻 4 号 p. 464-468
    発行日: 2001/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 岡本 英雄
    2001 年 51 巻 4 号 p. 469-473
    発行日: 2001/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 大村 英昭
    2001 年 51 巻 4 号 p. 474-478
    発行日: 2001/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 綿貫 譲治
    2001 年 51 巻 4 号 p. 479-481
    発行日: 2001/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
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