社会学評論
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29 巻 , 3 号
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  • 羽江 忠彦
    1978 年 29 巻 3 号 p. 2-19
    発行日: 1978/12/31
    公開日: 2010/01/29
    ジャーナル フリー
    看護労働が問題化してから久しい。看護婦は、近年、自己を専門職として実現する方向で、自らと自らをとりまく諸問題を解決しようとしているかのようである。
    高学歴化、知識労働化、ホワイト・カラー化等と指摘される職業構造にみられる諸変化は、非専門職業の専門職化を帰結する流れとして重視されている。ここでは既成専門職も伝統的態様にとどまり得ず、自らを変化させざるを得ない。したがって、非専門職も既成専門職の変化を見通しつつ、新たな専門職職業モデルを模索しながら、自らを変化させねばならない。
    教師、看護婦等を中心に、専門職志向の非専門職に関する検討が蓄積されつつある。しかし、それらの検討は、看護婦を例にとれば、看護労働に分析を加えた場合には現状での実践的改善への寄与に傾き、専門職化要求に検討を加えんとした場合にはその要求をめぐる意識状況の把握に傾き、新たな看護職業モデル構築との関わりは未だ不十分である。さらに、社会学的研究は非常に不足していると思われる。
    本稿は、看護労働それ自体に看護婦が期待する満足感-規範感と充足感の分析を手掛りとし、看護労働の質的構成に検討を進める。その上で予測される看護労働のモデル化を試みた。
  • 森田 政裕
    1979 年 29 巻 3 号 p. 20-36
    発行日: 1979/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    家族と「家」の理解をめぐり有賀喜左衛門と喜多野清一両氏の問で展開された論争については、その直接の契機となった戸田貞三の家族理論の評価の問題に、両氏の理論的立場の相違がよく示されている。そこでこの「有賀・喜多論争」を検討しようとする場合、ひとまず戸田家族理論と有賀「家」理論の方法論上の相違にまでたちかえって、考察していくことが要請される。
    家族生活の近代化に着目し、「小家族」論的立場から家族集団の結合原理を論理的・演繹的に措定し、これを理論的準拠枠として日本家族の実証的分析を行なった戸田に対して、柳田国男の民俗学を経由した有賀喜左衛門は、家族生活の歴史的変遷に関心を寄せ、「大家族」形態に日本の家族の本質見い出し、帰納的手続きにより「家」として日本の家族を定義した。本稿はこうした戸田と有賀の方法論上の相違を、両者の社会学基礎理論とのの関連で検討しようとするものである。
  • 伊賀 光屋
    1979 年 29 巻 3 号 p. 37-56
    発行日: 1979/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    本稿は、婦人就業を規定する要因の分析、労働市場の構造の分析、職業経歴のパターンの分析、家族の稼得構造の分析から、戦後の婦人就業の性格を明らかにする。戦後の女子労働力率の低下は農民層分解によって生じたものだが、雇用労働者の増大は都市家族の周期的変化と歴史的変化とに起因している。周期的変化としては、出産児数の減少に伴う、就労可能期間の増大が重要である。また、歴史的変化としては、妻の役割が階層別で異化し、ノン・マニュアル階層の妻の主婦化とマニュアル階層の妻の就業化が進んでいることが重要である。しかし、雇用労働者の増大は労働それ自体や稼得の補助的性格の変化を伴わない。
  • 福岡 安則
    1979 年 29 巻 3 号 p. 57-72
    発行日: 1979/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    本稿は、『資本論』マルクスの「三位一体範式」論につき、文献学的考証を踏まえつつ、その未完の論理の再構成を企図する。
    一では、今日リュベールの考証によって復元可能となったマルクスの配列指示を、何故にエンゲルスは無視したかの謎が究明される。その過程で、「諸断片」と「書下し部分」との間に、マルクス自身における重大な視座転換が介在していたことが開示される。それは、資本制社会における日常的生活信条たる「三位一体範式」の不条理性の単なる曝露に自足する水準から、その神秘性・倒錯的自明性の存立機制の展開=叙述を意図する水準への、飛躍であった。
    二では、リュベール編集が指示するテーマの流れとエンゲルス編集が示唆する視座転換の介在とを導きの糸としつつ、「三位一体範式」論の再構成がなされる。すなわち、 (1) 「資本-利子、土地-地代、労働-労賃」という経済学的三位一体の不条理性の曝露。 (2) <物象化Versachlichung>の機制を核とした、資本制社会における富の領有と分配の実在的連関の展開=叙述。 (3) 俗流経済学による教義化の試みとその挫折。 (4) <物化Verdinglichung>の機制をとおしての神秘化の完成。
    かくて、資本制社会は、<物象化>と<物化>の重層的構成において、その倒錯的自明性を確立するのである。
  • 1979 年 29 巻 3 号 p. 72
    発行日: 1979年
    公開日: 2010/01/29
    ジャーナル フリー
  • 岡田 真
    1979 年 29 巻 3 号 p. 73-83
    発行日: 1979/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    日本ではエコロジーに開発抑制運動の旗手としての役割が期待される向きが強いが、世界の傾向は、むしろエコロジーを開発促進に応用する研究者によって主流を占められている。エコロジーは開発抑制の学であるのか、開発促進の学であるのか。
    本稿は、まず開発促進にエコロジーを適用しようとする社会学者たちの論理を整理し、その論理に批評を加えるとともに、エコロジー研究者の哲学を問おうとするものである。
    さて、世界的な開発志向が、仮に、中進、後進諸国のニーヅを反映する点において、同情にあたいするものであるとしても、その開発要請を、無条件に承認することはできない。なぜなら、現在は、公害問題、資源有限問題などの、いわゆるエコロジカル・リミットを、全世界的に考えなければならない時代であるからである。たとえその開発が、これまで低開発であった地域で促進されるものであるとしても、その効果は全地球的である。これが本稿の論点の一つである。
    第一の論点から導かれるところとして、I・S・Aの考えた「開発促進によって望ましき社会変動を」という図式は、再考を要することになる。これからの社会の変革のあり方が第二の論点である。
    第三の論点は、開発をめぐる楽観論にも悲観論にも、それを説く人の哲学的背景が反映しているのでないか、ということの指摘にある。日本では、公害激化とともに、ヨーロッパの哲学が自然破壊に手を貸していると説く評論家が出現した。だが、この種の評論は、日本国内でいわゆる新聞投稿家層等に歓迎されることがあっても、世界の科学者を納得させることはできない。むしろヨーロッパの人の哲学は、ヨーロッパの人自身に、判断の対象としてもらうべきであろう。筆者は、筆者を含む日本人の哲学に、問題はないかを問いつめてみたい。そして、筆者自身を含めて、日本人が、公害問題や世界の開発志向にどういう姿勢をとるべきか、考えてみたい。
  • 八木 正
    1979 年 29 巻 3 号 p. 84-87
    発行日: 1979/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 佐々木 交賢
    1979 年 29 巻 3 号 p. 87-90
    発行日: 1979/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 佐藤 嘉一
    1979 年 29 巻 3 号 p. 90-93
    発行日: 1979/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 孝本 貢
    1979 年 29 巻 3 号 p. 94-96
    発行日: 1979/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 1979 年 29 巻 3 号 p. 97
    発行日: 1979年
    公開日: 2010/01/29
    ジャーナル フリー
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