社会学評論
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67 巻 , 3 号
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投稿論文
  • 廣本 由香
    2016 年 67 巻 3 号 p. 267-284
    発行日: 2016年
    公開日: 2017/12/31
    ジャーナル フリー

    本稿の目的は, 福島原発事故を起因とした自主避難をめぐる「不条理な選択」の問題が, 自主避難者の生活を脅かす「広義の被害」 (舩橋1999) になりうることを明らかにすることである. 本稿では, 佐賀県鳥栖市の自主避難者を事例に, 避難の選択過程における経験世界の諸相を‹ゆらぎ›という概念で記述する. ‹ゆらぎ›は, 選択過程の動揺, 葛藤, 不安, 戸惑い, ためらい, わからなさなどが混在する心理的状況や自己認識であり, その変化をさす.

    政策・法制度的な「加害―被害関係」では把握できない領域を‹ゆらぎ›という概念を用いて記述することで, 原発事故による生活の被害が, 損害賠償制度で認められる領域よりも広範で深刻であるとともに, 長期にわたり生活世界に潜在化・重層化することを示す. すなわち, 生活者の生活の視座から被害を考えたとき, 自主避難の‹ゆらぎ›は生活やそれを下支えする社会関係を揺るがす「広義の被害」となりうることを実証する.

    今後, 政府の避難指示解除による「『強制避難者』の『自主避難者』化」 (除本2013) が加速する. 社会的制約を受けながら行われた自主避難も, 個人的選択の結果であるとみなす社会規範のもとで自己責任の問題として受け止められてしまう. こうした被害の個人化に陥らないためにも, 「広義の被害」の視座が自主避難者当人の「被害非認識」や「被害の潜在化」による被害の矮小化, 加害者側の「被害放置」を防ぐ手立てとなる.

  • 孫・片田 晶
    2016 年 67 巻 3 号 p. 285-301
    発行日: 2016年
    公開日: 2017/12/31
    ジャーナル フリー

    戦後の公立学校では, 法的に「外国人」とされた在日朝鮮人の二世・三世に対し, どのような「問題」が見出されてきたのだろうか. 在日朝鮮人教育の運動・言説は, 1970年代以降全国的な発展を見せるが, そこでは「民族」としての人間形成を剝奪されているとされた児童生徒の意識やありようの「問題」 (教師が想定するところの民族性や民族的自覚の欠如) に専ら関心が注がれてきた. こうした教育言説をその起源へ遡ると, 1960年代までの日教組全国教研集会 (教研) での議論がその原型となっている.

    1950年代後半から60年代の教研では, 在日朝鮮人教育への視角に大きな変容が生じた. その背景には帰国運動など一連の日朝友好運動と日本民族・国民教育運動の政治が存在していた. この時期の教育論には, 親や子どもの声に耳を傾け, 学校・地域での疎外, 進路差別, 貧困などの逆境に配慮し, その社会環境を問題化する教育保障の立場と, 学校外の政治運動が要請する課題と連動した, 民族・国民としての主体形成の欠落を問題化する立場が存在していた. 当初両者は並存関係にあったが, 上記の政治の影響下で60年代初頭には後者が圧倒的に優勢となった. その結果, 「日本人教師」が最も重視すべきは「同化」の問題とされ, 「日本人」とは本質的に異質な民族・国民としての意識・内実の “回復” を中核的な課題とする在日朝鮮人教育言説が成立した.

  • 玉井 眞理子
    2016 年 67 巻 3 号 p. 302-318
    発行日: 2016年
    公開日: 2017/12/31
    ジャーナル フリー

    本稿では, クリフォード・ショウのモノグラフをアメリカ移民史のなかに位置づけ, ショウのライフヒストリー研究の再検討を行った. その意義は, ショウのライフヒストリー研究の歴史的・社会的意義を問い直し, ライフヒストリー研究が切り拓く社会学的地平を展望することにある.

    本稿ではまずショウのモノグラフに対する先行研究をまとめ, それとの対比で本研究が持つ独自の視点を説明した. 次にアメリカ移民史を概観する中で, 移民マイノリティに対する偏見がアメリカ社会で公式に共有されていたことについて論じ, ショウのモノグラフが書かれるに至った社会的背景を明らかにした. 続いて『ジャック・ローラー』 (1930[1966]), 『非行歴の自然史』 (1931), 『犯罪に手を染める兄弟たち』 (1938) のいわゆる「生活史三部作」が著された当時, 逸脱者を移民マイノリティに結びつける偏見が広く社会に浸透していた社会的背景に触れ, スラムの移民の子どもたちが置かれていた状況をこれらの作品をもとに素描した. そこではショウのモノグラフが, この偏見が現実とどれほど大きく食い違っているかを例証していることが浮き彫りになる. 最後にショウのライフヒストリー研究が有する歴史的・社会的意義をまとめ, 移民マイノリティとの共生を目指すことにこれらの研究の真意があったことを明らかにした.

  • 戸江 哲理
    2016 年 67 巻 3 号 p. 319-337
    発行日: 2016年
    公開日: 2017/12/31
    ジャーナル フリー

    家族社会学では, 家族を構造 (であるもの) としてではなく, 実践 (するもの・見せるもの) として捉える研究の道筋が切り開かれつつある. 他方で, 家族とは何かという問いを研究者にとっての問題である以前に, 市井の人々自身にとっての問題と捉える研究も登場している. 両者が合流するところに, 人々の立場からその日々のふるまいを検討するという研究課題が生まれる. 会話分析はこの研究課題に取り組む術を提供する. そこで本稿では, 親をすることや親だということを見せることが可能になるしくみのひとつを解明する. そのために本稿は, 母親が同じ場所にいる自分の幼い子どもを「この人」と呼ぶ発言とそれをふくむやりとりを検討する. この呼びかたは, 母親が子どもを子どもとして捉えていないように思えるだろう. だが, 分析の結果, そうではないことが明らかになった. 「この人」は, 近くにいる (「この」) 人物 (「人」) であること以外に, そう呼ばれた人物についていっさいの特徴づけを行わない. それによって, 「この人」はそう呼ばれた人物をめぐる隔たりを刻印する. 母親は, 自分の子どもを「この人」と呼ぶことによって, 普通の子どもとの隔たりを刻印する. あるいはその例外性を際立たせる. 子どもを例外扱いできる人物は, その子どもをよく知っている人物である. 母親は子どもを「この人」と呼ぶことによって, 自分がそんな人物であることを打ち出せる. 子どもを「この人」と呼ぶことは母親としての特権なのである.

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