イノベーションの普及理論は、ロジヤースの
Diffusion of Innovations (一九六二年) によって一応の定式化をみた。そして、それは発展途上国の開発に適用されたけれども、当初の予想ほど目標を達成できていない。そこで、この理論の有効性に対する疑義が生じるとともに、その視野の限界が明確になった。本稿の目的は、これまでに提起された仮説を吟味し、代替すべき理論を構築する方向を探索することである。本稿における、理論と事例の検討によって、次の諸点が判明した。第一に、社会体系の個々の成員が所有する社会的資源の絶対量だけでなく、社会的資源が社会体系内でどのように分布しているかも、イノベーションの普及効果を規定する。第二に、普及効率と普及効果の平等な分配とはトレード・オフの連関にあるが、ロジャースの理論は前者の視座から構成されている。第三に、社会心理学的要因を重視するロジャースの理論は、イノベーション採用のために充分な社会的資源が全成員によってほぼ均等に所有されている社会体系で成立するという意味で、妥当範囲が限定されている。第四に、社会的資源の分布が不平等な社会体系において、政策者が開発のためにロジャースの理論を軽率に適用すると、普及効果の不平等な分配といった、望ましくない、予期されぬ普及効果が発生する。そこで、社会心理学的要因だけでなく、社会学的要因をも考慮に入れた理論に基づき、イノベーションを普及することが要請される。
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