かつて、P・L・バーガーは近代意識成立の結果、名誉観念が衰退していくことを論じた。しかし、この論文の主旨を敷延すれば、近代の成立以前には「名誉」は価値の中枢であり、最重要な社会構成原理であったということでもある。しかも、「名誉」の観念は近代以降も大きな変容を経ながらも、価値の重要な一翼を担っていることにかわりはない。
社会学理論のなかで名誉は、行為論や集団論においては社会統合を側面から支える一要因として論じられてきた。あるいは、近代化論の主題としてとらえられてきた。そのいずれも、権力の形態に従属する価値として位置付けられてきた。
しかし、名誉は、権力によってつくり出されるものという側面のみで理解する278ことはできない。名誉という価値は、権力と深く結びつく場合もあれば、権力とのあいだに葛藤や摩擦を起こす場合もある。名誉はむしろ権力の形態からは独立した構成原理を持つ価値である。そして名誉と権力の統合形態がどのように関わるかによって、社会は個性的な特質を生み出すことになる。このような視角からこの論文では、古典古代からキリスト教思想を経由し、近代初期にいたるヨーロッパ思想の具体例を手がかりにしながら、「名誉」という価値の社会学的位置付けを行うとともに、名誉の変容の理論的な契機はなんであったのかを論じる。
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