社会学評論
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57 巻 , 4 号
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  • 西原 和久, 油井 清光
    2007 年 57 巻 4 号 p. 662-665
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    社会学における「理論」は, 研究の枠組みを形成し, 調査実証研究でも用いられ, 社会構想にも深く関与する.そうした理論の想像力・構想力を, グローバル化という現実のなかで, いかに展開できるのか.本特集は, 社会学理論, 社会哲学, 国際社会学, メディア研究, ジェンダー研究などのさまざまな局面から考察した論考によって構成される.社会的現実の精密な分析を課題の1つとする社会学研究の成果を検討し, グローバル化時代の社会学理論はいかに今後の社会像を描いていくことができるのか, そしてそのためには, いま何が問われなければならないのか, 本特集の考察の狙いはこれらの点にある.
    そこで, 本特集企画が成立した過程について, 若干述べておきたい.以下は, 特集企画趣意書の主要部分である (なお, 紙幅上, 若干の削除改変がなされている).
  • 西原 和久
    2007 年 57 巻 4 号 p. 666-686
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2010/04/23
    ジャーナル フリー
    本論文ではまず, 理論の意味が考察され, 社会学における理論が, 基層理論, 中範囲理論, 理念理論からなることが提示される.ついで, (現象学的社会学の) 発生論的相互行為論の立場から相互行為と身体性ないし間身体性を含む問主観性論が論じられ, あわせて現代社会の基本構造, つまり科学技術社会, 知識情報社会, 高度消費社会, 国際競争社会が示される.さらにそこから筆者は主に, 「界」の概念に着目して国家の問題へと至る議論の道筋を提示する.そして本稿では最終的に, グローバル化時代における社会理論としての社会学理論において, 身体性および/あるいは間身体性の問題と脱国家的志向とが社会学的課題の主要なものとなるべきことが提示される.
  • 三上 剛史
    2007 年 57 巻 4 号 p. 687-707
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2010/04/23
    ジャーナル フリー
    以下の論考は, 道徳に対する現代社会学のアンビヴァレントな関わりを, 社会学が現在直面している社会情勢から再考し, 社会学という学問が, そのそもそもの成立において孕んでいた契機を反省する営みとして提示するものである.検討の対象となるのは, グローバル化の中で改めて「社会とは何か」を問う理論的諸潮流であり, また, 「福祉国家の危機」およびリスク社会化によって明らかになりつつある「連帯」の再考である.まずは, U.ベックを始めとして各方面で展開されつつある, グローバル化とともに「社会」の概念そのものが変革されなければならないという議論を糸口として, 「社会的なもの」とは何かを問い直してみたい.
    それは, 福祉国家の前提となっていた「連帯」の概念を再検討しながら, M.フーコーの「統治性論」を通して近代社会の成り立ちを問う理論的潮流に繋がるものであり, 同時に, N.ルーマン的意味でのシステム分化から帰結する道徳的統合の「断念」, あるいは新しい形での連帯の可能性を問うことでもある.
    これは, なぜ社会学という学問が成立しえたのかを自問することでもあって, グローバル化の中で「社会」という概念の妥当性と社会学の可能性が再検討されている今, 避けて通ることのできないテーマである.
  • 樽本 英樹
    2007 年 57 巻 4 号 p. 708-726
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    国際社会学は, グローバル化した現実の分析をその存立根拠としつつも, その社会理論化には必ずしも成功してこなかった.しかしどのような社会理論化の可能性があるのだろうか.どのようにしたら国際社会学的想像力を発揮できるのか.国際移民と市民権の関係性というトピックを政策との関連で取り上げ, 3つの観点から, 国際社会学の社会理論化の可能性を検討していく.第1に, トピックの検討.理論化する価値のあるトピックを選ばなくてはならないし, 単一のトピックに関して複数の説明的理論ができる可能性を自覚しなくてはならない.第2に, ナショナルな枠の徹底化.グローバル化における国際移民と市民権の関係性の変容を理論化するといっても, ハマー=小井土=樽本モデル (HKTモデル) のようなナショナルな枠に基づく理論の構築および充実から始めなくてはならない.第3に, ナショナルな枠の超越.国際移民と市民権の関係性の理論化に関しては, 国際レジームや国際人権規範が位置する国際環境をいかに理論に取り込むかが, ナショナルな枠を超越するための鍵となる.以上のことから, グローバル化の分析が国際社会学の使命だとは言っても, ナショナルな枠を敵視することなく, かつトランスナショナルな枠を神格化することなく, 説明力を上げるという観点から理論構築を行うべきである.
  • 伊藤 守
    2007 年 57 巻 4 号 p. 727-747
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    電子メディアに媒介された情報とイメージの移動は, ローカル, ナショナル, リージョナル, そしてグローバルな空間が重層化したメディアスケープを構成し, 従来の「ナショナル・メディア」を前提とした研究視座では捉えきれない社会文化的過程を生み出した.
    本稿の目的は, メディアのグローバル化を解明する上で重要な三つの視点-文化帝国主義, カルチュラル・スタディーズ, 文化の地政学的なアプローチを検討し, 今後の実証研究を進めるための論点を提示することにある.アメリカのメディア産業が地球規模で文化の画一化をもたらすと主張した文化帝国主義の仮説を支持することはもちろんできない.だが, 表象の政治学の問題に直接かかわる, 情報フローの圧倒的な不均衡性が今でも存在していることを考えるならば, その政治経済学的アプローチの重要性は今日でも失われていない.他方, 文化帝国主義を批判したカルチュラル・スタディーズは, 文化人類学や批判的地理学との対話を通じて, メディアスケープの構築を通じた消費実践の政治性を問題化する文化の地政学的な視点を提示している.このアプローチから, メディアのグローバル化がローカルな空間からグローバルな空間への連続的な拡張ではなく, それぞれの空間の間には対立や包摂といった矛盾や非同型的な関係が生成していること, 複雑に折り重なったメディアスケープの構築と相関するかたちで, 民族や宗教やジェンダーを異にする多様なオーディエンスがそれぞれ独自の「メディア・ランドスケープ」を編制していることが明らかにされつつある.この視座をより精緻化していくためには, マクロな構造に規定されたメディアスケープ内部の対抗や包摂の関係と, オーディエンスが布置化された場の歴史的規定性との相互作用を視野に入れることが必要であり, そのことを通じて現実のメディアのグローバル化の複合的な分析を一層進めることが可能となるだろう.
  • 吉澤 夏子
    2007 年 57 巻 4 号 p. 748-762
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    グローバリゼーションの進展は, 「グローバルな女性の連帯」というフェミニズムの理想よりもむしろ, 国家や民族を異にする女性たちの問にさまざまな意見の対立や意識の違いがあることを浮き彫りにした.それは, たとえば欧米社会において, 専門職につく白人女性が家事使用人として有色の移民女性を雇うという現象にも現れている.この現象は, 近代社会の根幹を成してきた公私区分の前提を切り崩す可能性をもつという意味で, 深刻な社会「問題」として捉えられる.二人の女性は, 公私区分の狭間で直接出会い, 圧倒的に不均衡な権力関係の中に放りこまれる.ここで問われているのは, 「私的領域における公的関係」という新しいかたちの社会関係を, どのように「自由で対等な関係」として生きることができるのか, というきわめて困難な問題である.それを解く鍵は, おそらく「心の自由な空間」としての「個人的なものの領域」を尊重するということのなかにある.それが他者との共在の可能性を切り拓くのである.
  • 小川(西秋) 葉子
    2007 年 57 巻 4 号 p. 763-783
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2010/04/23
    ジャーナル フリー
    本稿は, 従来「空間と情報」という見地から論じられることの多かったグローバライゼーション研究において, 「時間」的な側面に再注目することで, 未来の社会学理論とその構想に寄与する試論をおこなおうとするものである.このような問題視座を1節で提出したのち, 2節では, メディアと消費文化を例にとり, その重要性をモダニティ, ポストモダニティとの関連において批判的に論ずる.3節, 4節では, サステナビリティ (持続可能性) とノンリニアリティ (非線形性) という両時間概念が, 社会現象と理論の両面でいかに存在意義を増しつつあるのかについて, ブランドやメディア・コンテンツをめぐるナラティヴとリスクに言及しつつ論じる.最後に5節において, この2つの時間概念を二重らせん状に結びつける核として, モダニティ, ポストモダニティといった時代区分ではなく, ハイパー・リフレクシヴィティを中心に想定する仮説を提出する.そのことによって, グローバライゼーション研究において, 個人や社会といった志向性から目の前にいない未来の他者やモノや情報までも含めた集合的な生命のありかたに注目する必要性を論じる.さらに冒頭で批判した「空間と情報」パラダイムも, 本稿のようなグローバルな時間概念の検討を経たうえで, マルチ・モダリティという観点によって, 時間一空間の見地からグローバライゼーション研究に貢献しうるリソースとなりうることを示す.
  • 石塚 省二
    2007 年 57 巻 4 号 p. 784-803
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2010/04/23
    ジャーナル フリー
    グローバリゼイション (地球化) の議論が社会科学で姿を現したのは1991年頃と言ってよい.それは, 日本の文脈ではバブルの崩壊期, 世界政治の文脈ではヨーロッパ現存社会主義の崩壊期なのである.ギデンズが気付いていたように, 近代科学である社会学が対象としてきたのはもっぱら「民族国家」なのであった.そこで筆者は, 第1において, 新しいテーマ化「ヴァーチュアリティ (擬似現実) 」とも絡んでくる社会哲学考察, 「イデオロギーと社会学」を扱い, エミール・デュルケームの死後まとめられた論集『社会学と哲学』 (1924) の示唆するところ, および最も包括的イデオロギー概念を展開したジェルジ・ルカーチの『社会的存在の存在論』 (1964-71) 等をたよりに新しいイデオロギー類型論へ及んだ.
    第2に, 「近代と社会理論」においては, 近代の出自論を明確にした上で, 今日最も影響力のある4人の理論家, ニクラス・ルーマン, ユルゲン・ハーバーマス, ピエール・ブルデュー, そしてアントニー・ギデンズの近代理解を検討に付すことで, 新しい社会学理論の必要性を論証した.
    結論として第3に, 筆者積年の社会学理論「ポストモダン状況論」の骨子について触れ, グローバル化した現代にふさわしい6つのカテゴリーを提示した.すなわち, 社会水準では, フェミニズム・エスニシティ・エコロジーであり, 哲学水準では, 欲望・他者・自然である.社会的距離化テーゼとともに感情の普遍性テーゼをも展開した.
  • 崎山 治男
    2007 年 57 巻 4 号 p. 804-820
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2010/04/23
    ジャーナル フリー
  • 若林 幹夫
    2007 年 57 巻 4 号 p. 821-830
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2010/04/23
    ジャーナル フリー
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