社会学評論
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52 巻 , 1 号
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  • 菊澤 佐江子
    2001 年 52 巻 1 号 p. 2-15
    発行日: 2001/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    役割累積とディストレスの関係性の探索は, 社会構造と個人の内面的状況との結びつきを明らかにし, 社会学理論に貢献してきた.しかし, これまでの主な研究対象は, 成人・中年期であり, 高齢期を対象とする研究は希少である.エイジング研究に指摘されている加齢による役割変化は, どのように役割累積効果に現れるであろうか.本稿は, このような研究関心のもと, 役割累積とディストレスの関係がライフステージによってどのように異なるかを分析した.1998年度全国家族調査データを用いた分析の結果, 男性については, 役割累積とディストレスの関係は成人・中年期においては強いが, 高齢期には弱いことが明らかとなった.特に, 成人・中年期にみられた顕著な就労役割効果が, 高齢期にはみられなかった.また, 成人・中年期には, 妻子をもつ働く男性とその他の役割保有パターンの男性との間に, 顕著なディストレス差がみられたが, 高齢期にはほとんどみられなかった.一方, 女性については, 男性ほど顕著なライフステージ差はみられなかったものの, 役割累積とディストレスの関係は, ささやかながら, 高齢期に強まるという興味深い結果が得られた.また, この結果, 成人・中年期にみられた役割累積効果の性差が, 高齢期にはみられなかった.考察では, なぜこのような結果が得られたのかを議論した.
  • 岡本 智周, 笹野 悦子
    2001 年 52 巻 1 号 p. 16-32
    発行日: 2001/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    本稿は, 戦後の新聞紙上で「サラリーマン」の表象がいかに変化してきたのかを分析する.近年しばしば「サラリーマンと主婦に子ども」という家族構成が家族の「55年体制」と称されている.その「55年体制的サラリーマン」が戦後の全国紙において生成し, 消失していく過程を具体的に提示することが, 本稿の意義である.
    分析の対象は, 1945年から1999年の『朝日新聞』における, 見出しに「サラリーマン」という語が入った全1034件の記事である.我々はまずこれらの記事を量的に検討し, それらを内容の面から8つのカテゴリーに分け, さらにカテゴリーごとに「55年体制的サラリーマン」を自明視する記事の割合の増減を検討した.この作業によって戦後を5つの時期に区分することができた.
    次に我々は, 内容分析によって各時期の「サラリーマン」の特徴を提示した.「55年体制的サラリーマン」に関して明らかになったことは, その自明性が高度経済成長期の初期に初めて成立し, 「サラリーマン」に対して1960年代後半においては「納税」が, ポストオイルショック期においては「性別役割分業に基づいた家族への回帰」が期待されていたことである.また, その自明性がバブル経済期半ば以降に問い直され始め, 1990年代において「サラリーマン」にはリスクを伴う個人化傾向・周縁化傾向が促されつつあるということも, 本研究によって確認された.
  • 松田 茂樹
    2001 年 52 巻 1 号 p. 33-49
    発行日: 2001/06/30
    公開日: 2010/04/23
    ジャーナル フリー
    本稿では育児ネットワークの構造が母親の心理面のwell-beingに与える影響に関する実証分析を行った.育児ネットワークとは, 父親, 親族, 近隣, 子育て仲間など世帯内外で育児に関わっている人々の関係の仕方のことであり, その構造はネットワーク分析の方法を用いて「規模」「構成 (親族割合) 」「密度」の指標で捉えた.また, 母親のwell-beingに関わる変数としては育児不安度と生活満足度を用いた.乳幼児をもつ母親へのアンケート調査のデータを使用して, 被説明変数に母親の育児不安度または生活満足度を, 説明変数に育児ネットワークの構造を投入した重回帰分析を実施した結果, 父親の育児参加が多く, 世帯外の育児ネットワークの規模が大きく, 親族割合と密度が中程度であるときに, 育児不安度が低く, 生活満足度が高いことが明らかになった.このことは母親のwell-beingの向上のためには, 父親も育児に関わることと, 親族と非親族とが適度に混合したネットワークの中で育児を行う体制をつくることが必要であることを示唆する.ただし密度の影響を考慮すると, そのネットワークは過度に密度が高い, すなわち地域全体で育児をしてきた一枚岩のネットワークではなく, ある程度ルースなネットワークであることが望ましいと考えられる.
  • 小倉 康嗣
    2001 年 52 巻 1 号 p. 50-68
    発行日: 2001/06/30
    公開日: 2010/04/23
    ジャーナル フリー
    本稿は, 高齢化社会の内実への歴史的再認識を出発点として, 「高齢化」ないし「老い」の問題を, 全体社会の根本的変革や新たな社会構想の問題へとつなげていく研究枠組を開拓していく試みである.つまり「高齢化」ないし「老い」の社会学的研究に関する「生成的理論」の構築を目指して, 探索的な経験的研究を行っていくうえでの理論的インプリケーションを明確化し, その概念枠組の構築を図ることが本稿の目的である.
    理論的インプリケーションを明確化する際の主張は2つある.第1に, 高齢化社会の内実を「再帰化する後期近代」という歴史的ダイナミズムにおいて認識すること (1節), 第2に, その認識を取り入れてthe agedからaging へと照準を合わせ直し人間形成観の問題圏へ入ること (2節), である.これら 2つの主張は, パースペクティブとしての〈ラディカル・エイジング〉として統括される (3節).
    つづく概念枠組の構築作業においては, いかなる事象にどのような概念的参入を図ればよいのかを検討することによって, さきの理論的インプリケーションを具象化する.まず, 現代日本における「中年の転機」を〈ラディカル・エイジング〉の理論的インプリケーションの集約事象として位置づけ (4節), その作業を媒介に〈再帰的社会化〉という概念構成を導出し, 同時に〈再帰的社会化〉の基盤をめぐる探索課題を提起することによって概念的参入の足場を築く (5節).
  • 花野 裕康
    2001 年 52 巻 1 号 p. 69-85
    発行日: 2001/06/30
    公開日: 2010/04/23
    ジャーナル フリー
    精神疾患の具体的認知過程は様々だが, 精神疾患認知の初期判断項目として行為者の社会的表徴が評価されるという点は, 具体的状況によらず共通である.精神医学は, この表徴から遡行して精神疾患の病因を特定しようとするが, そのような逆向きの実在論にはある種の逆理が不可避である.また行為の社会的表徴それ自体に精神疾患の根拠を求める物語論や構成主義的方法も同様に実在論としての逆理を孕んでいる.
    本稿では, 郡司ペギオ幸夫らが提唱する内部観測論を援用しつつ, 非実在論としての精神疾患論を展開する.内部観測論は, 観測者と観測対象との未分離性を前提としつつ, 局所の行為としての観測 (特定の言語ゲーム) を契機に普遍的な観測 (普遍的言語ゲーム) を感得させるための, 観測の存在論である.内部観測論的に言えば, ある社会的表徴を精神疾患のメルクマールとして評価しうるのは, 特定の言語ゲーム内における実行性に関してのみである.しかし精神疾患の実在論は, この特定の言語ゲームを普遍的言語ゲームと混同することで, 認知過程の「根拠化」を図ろうとする.かかる説明図式を脱構築しつつ, 精神疾患の内部観測論的モデルを提示することが本稿の目的である.
  • 大光寺 耕平
    2001 年 52 巻 1 号 p. 86-101
    発行日: 2001/06/30
    公開日: 2010/04/23
    ジャーナル フリー
    本稿は, 人間の心理的なものの理論の内で, ジャック・ラカンの精神分析学理論をどのように位置づけるべきかを考察したものである.そのために, 言説に関するラカンの理論を, ニクラス・ルーマンのオートポイエーシス的システム理論の立場から検討する.ラカン派の立場は, 人間がことばを持っていることによって, 精神的に動物とまったく異なる働きをすることを前提としている.本稿ではそれに対して, 人間の精神が動物と共通する面をも持っていることを重視し, 〈語る主体〉と〈動物的存在〉の二重性を仮定すべきことを, そのような二重性を理論的に扱うことの難しさとともに指摘した.それからルーマンのシステム理論と比較することによって, ラカンにおける「構造」の概念が, システムの内在的な関係ではなく環境との関係に指向していること, 及びシステムが環境の刺激を利用するさいに「脱トートロジー化」の機構によっていること, という2点でルーマンのシステム理論と共通していることを明らかにした.またその結果, 〈語る主体〉と〈動物的存在〉の関係が構造的カップリングの概念によって適切に理論化されうるという可能性を示した.
  • 圓田 浩二
    2001 年 52 巻 1 号 p. 102-117
    発行日: 2001/06/30
    公開日: 2010/04/23
    ジャーナル フリー
    従来, 社会調査において, 調査者は価値判断や感情に左右されず中立の立場から, インフォーマントに対して客観的に振る舞うことを要請されてきた.しかしインタビューを行う事例研究においては, 調査者がインフォーマントとの濃密なコミュニケーションを前提としているために, 調査者がインフォーマントに対して, 客観的に振る舞う, あるいは中立の立場を維持することに困難が生じると考えられる.本稿においては, 筆者のフィールドワークにおける事例研究をもとに, これまでの社会調査研究に新しい論点を投げかけている.
    その論点は3つある.第1点は, 調査関係においてインフォーマントとの濃密なコミュニケーションが, 時として, インフォーマントにおけるカタルシスの表出を伴うという問題である.第2点は, 調査者がインフォーマントから一方的に知 (情報) を受け取るだけではなく, インフォーマントは調査者とのインタビューというコミュニケーションを通じて, 新しい知識やパースペクティヴを創造・獲得していくという問題である.最後に, 第1点, 第2点を受けて, ライフヒストリー研究やインタビュー調査には従来論じられてきた表現と解釈という側面だけでなく, 新たに表出の側面を加えることができるという考察を展開している.
  • 吉澤 弥生
    2001 年 52 巻 1 号 p. 118-132
    発行日: 2001/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    レイモンド・ウィリアムズは, 戦後イギリスを代表する文化研究者である.彼は, 近年国際的にも大きな広がりをみせているカルチュラル・スタディーズの先駆者の一人として知られている.本稿の目的は, これまで正面から論じられたことがあまりない, 彼のメディア研究を検証しその意義を示すことにある.対象は『テレビジョン-技術と文化形式』 (1974) である.ウィリアムズはまず, テレビの文化的側面はその技術自体と深く関係するという認識から, テレビをめぐるさまざまな技術史の検証を丹念におこない, 次にテレビに関係するさまざまな文化的形式 (演劇や小説, 新聞や報道など) の発展をたどり, それらがテレビ番組の形式にどのように受け継がれてきたかを明らかにする.さらに, 現代テレビの放送の様式から見いだされる「フロー」形式が, 視聴の経験においても同様に現れていることを示す.このように『テレビジョン』では, 形式を媒介として, 技術と文化そして社会のつながりが明らかにされている.ウィリアムズによる, こうしたメディアの歴史的検証と形式分析は, 欧米を中心としたメディア社会学や, イギリスの文化研究のなかでみると, 独特な視点と方法であったことがわかる.
  • 遠藤 英樹
    2001 年 52 巻 1 号 p. 133-146
    発行日: 2001/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    現代社会において, 観光はますます重要な事象となっている.とくに, それはイメージを媒介することではじめて成立するという点で, 近代のありようと共鳴しあっていると考えられる.観光パンフレット, テレビ, 雑誌, 映画といったようなメディアを通じ, 観光地に対するイメージはたえず再生産されつづけており, こうしたメディアによるイメージの再生産に関する分析は, 観光という事象を語るうえで不可欠のものとなっている.本稿は奈良を事例とする意義について述べるとともに, 観光地・奈良のイメージを再生産するうえでメディアが重要な役割を果たしていることを指摘する.こうしたことについては, かつてD.J.ブーアスティンが指摘した問題圏にかさなるものであるが, ここではブーアスティンの指摘よりもさらに議論をすすめ, イメージの消費者たるべきツーリストたちが奈良という観光地をいかに読み解いているのかまでも考察する.それにより最後には, ツーリストたちが 「ブリコラージュ」の方法を用いつつ, 観光という「イメージの織物 (text-ile) 」を主体的に読み解いている姿を浮き彫りにする.
  • 山本 英弘, 渡辺 勉
    2001 年 52 巻 1 号 p. 147-162
    発行日: 2001/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    政治的機会構造論は, 現在の社会運動論において主流をなす理論の 1 つだといえるが, いくつかの問題点がみられる.本稿では, 政治的機会構造論の修正を試みたうえで, 1986~1997年の宮城県における社会運動イベントのデータを用いて計量的に検証する.
    分析から, 以下の2点を示唆することができる. (1) 社会運動に対する政治的機会構造の影響は, 運動の類型によって異なる.したがって, 政治的機会構造がそれぞれの社会運動の類型に対してどのように影響するのかを考慮しなければならない.従来の研究ではこの点が看過されていた. (2) 社会運動の類型によっては, 運動に対する政治的機会構造が機会として影響するのではなく, 政治体による政策が運動を誘発するという影響を及ぼす.そのため, 政治体と社会運動体の相互作用をより重視する必要がある.
  • 西阪 仰
    2001 年 52 巻 1 号 p. 163-164
    発行日: 2001/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 干川 剛史
    2001 年 52 巻 1 号 p. 165-166
    発行日: 2001/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 武川 正吾
    2001 年 52 巻 1 号 p. 166-168
    発行日: 2001/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 馬場 靖雄
    2001 年 52 巻 1 号 p. 168-169
    発行日: 2001/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 伊藤 茂樹
    2001 年 52 巻 1 号 p. 170-171
    発行日: 2001/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 春日井 典子
    2001 年 52 巻 1 号 p. 171-173
    発行日: 2001/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 若林 敬子
    2001 年 52 巻 1 号 p. 173-175
    発行日: 2001/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 園田 茂人
    2001 年 52 巻 1 号 p. 175-176
    発行日: 2001/06/30
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
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