本稿の目的は,当事者である筆者の体験と活動をとおして,回復という現象の特徴を記述し,現在の薬物政策や薬物依存者処遇が,それまでに蓄積してきた当事者活動の豊穣さを簒奪し,一義的な意味に還元する事態について論じることである.すでに逸脱を社会的な視点から考える時代は過ぎ,こんにち薬物依存は自己責任の問題となった.しかし当事者はそれ以前から支援活動を行い,それは時代の変化を超えて存在し続けている.その一つであるダルクは,こんにちの社会からみたら逸脱的な支援を,すでに四半世紀にわたって続けてきた.その重要な考え方は「薬物を使う自由と使わない自由」が本人にゆだねられているということであり,そのことによって実現されるのは「回復の集約とその後の拡散」と表現できるものである.一方,近年の法改正や行政機関の薬物再乱用防止プログラムの実施は,薬物問題への取り組みとして望ましいものとされ,専門家らを巻き込みながら推進されている.しかしながら,それらによって回復という言葉は当初の輝きを失い,当事者活動本来の豊穣さが覆い隠されつつある.
「セックスワーク研究」は,売春にかんする議論の歴史とセックスワーカー権利運動の影響を受け,2000 年代に名付けられた比較的新しい研究分野である.それは,マイノリティ当事者の立場に立ってグローバルな格差の是正をめざすプラクシスでもある.本稿は,セックスワーク研究に共鳴する筆者の経験にもとづき,この分野の方法として必要不可欠な当事者参加行動調査(Tojisha Participatory Action Research)の重要性と困難およびジレンマについて考察する.ジレンマは,周縁化された当事者が主体となって,その現状とこれを生み出す構造を変える目的をもつ参加行動調査において,主体と主題が周縁化されているまさにそのために目的を達成することが難しいという,マイノリティ運動や研究につきもののジレンマである.具体的課題として,当事者と職業研究者の避けがたく不平等な関係と,その関係のなかで研究調査に参加する当事者が「同意」することの複雑さについて,本稿は議論する.そして最終的には,これらの困難を対象化し克服しようとすること自体がこの方法の可能性であることを指摘し,その意義を再確認する.当事者参加行動調査は,研究倫理にかんする議論を深め,研究制度やその運用の具体的改善案を提示し,これらを通じて,足元から少しずつ変化を起こしうる研究方法なのである.
本稿は,筆者の23 年間にわたるセックスワーカー運動について自身の経験と考察を中心に論じることで,セックスワーカー運動が遭遇した困難とそれが示す社会の実情について明らかにしたものである.セックスワーカー運動はHIV/AIDS の影響もあって1980 年代半ばに国際的に広まり,日本では1999年にSWASH(Sex Work and Sexual Health)が設立された.しかしその運動の軌跡は,セックスワーカーを囲む社会の壁の厚さを実感させるものであった.それらは,調査結果を事実として受け入れてもらえない壁,政治家や研究者,メディアが自分たちの思い描く枠組の中でセックスワーカーに役割を演じさせようとする壁,セックスワーカーが遭遇する困難の実際をみないようにする壁,自分たちの経験を示す言葉がないという壁である.その一方で,この運動は国際的な出会いを通して,自分たちが被抑圧者でありながらも抑圧者となる可能性を基礎とし,属性に関係なく差別や排除に対抗した「セックスワークは労働である」をスローガンに続けられてきた.こんにち,それらの壁を乗り越えるために必要なのは,代弁者ではなく,当事者の経験や困難の通訳者であることを指摘した.
本稿の目的は,「日本でクレジットやサラ金などの貸し借りをめぐる問題に取り組む運動団体は,なぜ過剰債務を “被害” と呼ぶのか」に答えるものである.本稿が取り上げるのは,ノンバンクへの強力な規制によって過剰債務の抑止と金融市場の縮小をもたらした「貸金業の規制等に関する法律等の一部を改正する法律」(2006 年制定.以下,改正貸金業法)の成立過程である.特に,この法律の成立を主導した全国クレジット・サラ金問題対策協議会(当時)の活動に焦点を合わせる.改正貸金業法の成立後,過剰債務は,専門職の関与も増え,迅速・容易に解決できるようになった(制度化された逸脱処理).一方で,専門職が機械的に債務を整理し,当事者がなおざりにされる状況がある(専門職主導と当事者不在).しかし,このような制度化以前には,専門職と当事者がもっと密接で動的で相補的な関係をもつ時代があった.そのような関係を導き,支えたのが過剰債務を被害とする認識である.一風変わった専門職と当事者による社会運動の形成・展開・帰結を考察する.
本稿では,2016 年から大阪新世界エリアの女装コミュニティにおいて不定期開催されている,当事者主体の交流イベントに着目する.そこで,一連のイベントに関わった人々へのインタビューから,イベントの成立過程および当事者たちの自己語りについて描き出す.その上で,そこでは女装の逸脱的意味づけがどう組み替えられているのかを考察する.第1 に,この交流イベントは,当事者同士の連帯と結びついた「楽しみの増加」を目指す女装者たちと,長期的観点からの「売り上げの増加」を目指す商業施設側との間の利害や合理的判断が一致するかたちで成立していた.第2 に,女装者たちが語る自らの性別越境とは,女装と男性とを自由に往来するような可逆的なものであり,また気軽に実践できるような楽観的なものでもあった.これらの結果から,一連のイベントは,女装という行為に対する娯楽化と経済化という異なる逸脱的意味づけの組み替えが共存することで支えられており,さらに逸脱の娯楽化は当事者たちによる固定的な性別越境のあり方との差異化によって可能となっていることがわかった.以上の知見は,これまで医療化によって支援から周縁化されたり,犯罪化によって差別的扱いを受けたりする傾向にあった女装という行為を捉え直すための,新たな視角を提起するものである.
本稿の目的は,社会における既存の価値観を変えようとする社会運動として「ひきこもり」の当事者活動を検討することである.まず,「ひきこもり」の当事者活動をマイノリティの社会運動として捉える視点を検討する(2 節).「ひきこもり」の当事者が,支援の〈受け手〉から活動の〈担い手〉へと研究の焦点が移行していることを踏まえ(2.1),「ひきこもり」の当事者活動が社会変革を指向する社会運動であることを確認し(2.2),「ひきこもり」の当事者の存在証明戦略のあり方としての私的戦略(「印象操作」「補償努力」「他者の価値剥奪」)と集合的戦略(「価値の取り戻し」)を検討した(2.3).
次いで,当事者の語りを検討しつつ,2000 年代の自己変革から(3.1),2010 年代の制度変革へ(3.2)と当事者活動を支える言説状況が変化したことを考察した.そして,「ひきこもり」の実像を伝えるための当事者発信の台頭(4.1),「対話」を通じた「ひきこもり」像の変容を目指す対話型イベントへのシフト(4.2),協働して当事者活動をすることによるネットワーク形成(4.3)の3 点を通じて,当事者活動が価値を取り戻す社会運動として拡大していく過程を論じた.本稿を通じて,「ひきこもり」の当事者活動は,「ひきこもり」に対するかつての逸脱のイメージを転換し,社会における既存の価値観を変えようとする社会運動であることが明らかとなった.
本稿は,戦後の『主婦の友』を主な資料として,郷土料理/郷土食の「伝統」が強調されていき,「主婦」をその伝承者とする語りが,どのように構築されていったかを明らかにした.本稿では「伝統」を,昔から続いているとする「継続性」に加え,良いものとして価値づける「美化性」のまなざしによって構成されるとし,1979 年までの「郷土料理/郷土食にかかわる記事」において,これらの語りの分析を行った.
本稿の考察結果は次のようになる.(1)1960 年代半ばまで,従来の郷土料理/郷土食を改良したり,新しく生み出すことが推奨されている記事が登場しており,郷土料理/郷土食の「伝統」は強調されていなかった.(2)著名人の郷土料理/郷土食に関するエッセイが,1950 年代半ばから数多く掲載され,その多くで自らの故郷の郷土料理/郷土食が賛美されていた(美化性).(3)1960 年代半ば以降,「おふくろの味」が賞揚され,「おふくろの味」と郷土料理/郷土食は,長い間,伝承されてきたものだとされ(継続性),女性による伝承が規範化していった.(4)このことは「主婦」に新たな役割を与え,揺らぎはじめたジェンダー秩序の維持に寄与した.
雇用をめぐるジェンダー不平等の生成メカニズムを明らかにする上で,企業側の要因に着目する重要性が指摘されている.先行研究の多くは,企業組織の制度や権力関係に着目し,これらが不平等に与える影響を検討してきた.本稿では,この視点をさらに発展させ,こうした組織的要因の効果が,組織が置かれた環境の変化と連動して,どのように変化しているかを検討した.とくに本稿では企業の経営状況に着目し,組織の制度や権力関係が,企業の経営状況に応じてどのような影響をジェンダー不平等に与えているかについて,国内大企業の新卒採用を対象に分析した.
分析から,組織的要因がジェンダー不平等に与える効果は,必ずしも企業の経営状況から独立に発揮されるわけではなく,一部の組織的要因については,その効果が経営状況によって変化していることが示された.ワークライフバランス改善に向けた企業内施策は,基本的には新卒女性採用比率に影響しないものの,業績が悪いと,施策が充実している企業ほど女性採用比率が低くなる傾向にあった.一方で,女性管理職比率の高さは,新卒女性採用比率を高める効果を持ち,この効果は業績の良し悪しによらず確認された.先行研究で検討されてきた組織の制度・権力関係の効果について,企業の経営状況との関連を検討した本稿は,こうした要因が雇用の不平等に影響するメカニズムの精緻化に貢献するものである.