本稿の目的は,「産業遺産」という概念の出現を転回点として,産業革命以降の近代化の表象がいかに変容したのか,そしてとりわけ地域社会の住民にとって,その新しい表象はいかなる可能性と困難をはらむのかについて検討することである.
今日,地域社会はグローバリゼーションとネオリベラルな構造改革をうけて,かつてない苦境に立たされている.なかでも,2007年に財政再建団体に指定された夕張市にみられるように,炭鉱の閉山によって主要産業を失った多くの旧産炭地は,企業誘致にも観光開発にも行き詰まり,コミュニティ解体の危機に瀕している.産業遺産はこうした旧産炭地において,最後に残された地域資源として注目されつつある.
こうした状況において,産業遺産はいかに表象されるのか.本稿では,「産業遺産」という概念の導入と並行してさかんになりつつある,地域社会の住民自らの手による産業遺産の表象がいかなる新しさをもつのか,石炭産業や炭鉱を専門に扱った博物館の展示と比較しつつ検討する.そのうえで本稿はこの新しい表象の地域的な基盤である,「産業遺産」概念を自らの経験や当事者性に基づいて主体的に解釈・表象する個人や団体に注目し,その具体的な論理や実践の特徴を明らかにする.
これらの検討に重ねて,本稿は上記のような産業遺産の表象の新しい実践がはらむ危うさも指摘し,それに対し今後地域住民がとりうる戦略的可能性について考察する.
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