社会学評論
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65 巻 , 4 号
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特集・映像アーカイブズを利用した質的調査の探求
  • 石田 佐恵子, 山田 富秋
    2015 年 65 巻 4 号 p. 454-464
    発行日: 2015年
    公開日: 2016/03/31
    ジャーナル フリー
  • 山田 富秋
    2015 年 65 巻 4 号 p. 465-485
    発行日: 2015年
    公開日: 2016/03/31
    ジャーナル フリー
    本稿では社会問題や差別問題の映像資料を質的に研究する時の問題点として, A. クラインマンの指摘する「映像の流用」 (Kleinman et al. eds. 1997=2011) という問題を取り上げた. この問題は, 私たちがグローバルな消費社会に生活するかぎり, ほとんど避けて通ることができない問題である. つまり, 社会問題や差別に苦しむ映像は, ある一定のプロットを備えた「被害者の物語」を伴う悲惨な映像に流用されてしまう. その結果私たちは, 手元の常識にもとづいて類型化され, ステレオタイプ化された映像の読み方に閉じ込められてしまうのである. 本稿では, 薬害エイズの医師=悪者表象はまさにそうやってできあがったステレオタイプであることを示した. しかしハンセン病問題の啓発映像においては, 当事者が最初からローカルな文脈の中で語っているので, 定形化を免れていることを示した.
    具体的な映像資料を細かく解読する作業によって, 脱文脈化され実体化されたステレオタイプを一度解体し, その後で, 「流用された映像」を現場の民族誌的・歴史的文脈に適切に位置づけ直す作業が必要である. さらに言えば, クラインマンが言うように, 映像資料の制作や流通過程自体に当事者自身の同意とコントロールも取り付ける努力が必要になるだろう. この手続きが, 当事者の語りを研究者の記述と同等に価値あるものとして位置づけ, それによって映像資料が当事者の「道徳的証人」になる道が開かれる.
  • 武田 尚子
    2015 年 65 巻 4 号 p. 486-503
    発行日: 2015年
    公開日: 2016/03/31
    ジャーナル フリー
    本稿は, テレビ草創期のNHKドキュメンタリー・シリーズの2本の番組を取り上げ, 地域研究資料としての意義を考察した. これらの番組は, 1960年代に広島県因島の家船集落を取材したもので, 漁村の貧困と不就学児童の問題に焦点をあてている. このシリーズは, 民俗学の視点を参照して, 底辺層の生活に迫り, その人々が直面している社会的ジレンマを視聴者に問うという方針で制作された. これとほぼ同時期に, 同じ集落で, 宮本常一が参加した民俗学調査が実施された. これら2つの調査・取材は, いずれも民俗学的関心に基づいて実施されたものであるが, 見出した知見には相違がみられる.
    テレビ・ドキュメンタリーは, 階層的視点が明確で, 貧困地域という集落特性を映像で実証的に示している点に意義がある. これによって, ミクロな地域社会の事象をマクロな社会構造に位置づけてとらえることが可能になった. しかし, その一方で, 民俗学調査報告書と比較すると, テレビ・ドキュメンタリーは, 該当地域に居住していた非識字者を貧困の視点でとらえる傾向がつよく, 非識字者の集団が保持していた口承文化の豊かさについて, 理解が浅い面があったことがわかる.
    以上のように本稿は, 民俗学調査と比較することによって, テレビ・ドキュメンタリー番組を地域資料として利用する場合の長所および留意点を明らかにしたものである.
  • 内田 順子
    2015 年 65 巻 4 号 p. 504-520
    発行日: 2015年
    公開日: 2016/03/31
    ジャーナル フリー
    本稿は, 国立歴史民俗博物館が実施している民俗研究のための映像制作を事例として, 「映像を保存・活用する」際の諸課題について考察するものである. 長期的な展望をもって映像を制作し, 保存し, 活用するには, メディア変換などの技術的な問題, 著作権・肖像権などの法的問題, アーカイブの構築などの映像を共有するしくみに関する問題などを解決していく必要がある. 民俗研究を目的として制作された映像は, 研究者と, 研究対象となる地域の人びととの協働によってつくられるものであるため, その協働の関係性は, 映像そのものに色濃く反映される. そのような映像を保存・活用する際には, 著作権・肖像権に関する一般的な検討とは別に, 倫理的な問題として検討しなければならない事柄がある. その点が, 一般的な映像の保存・活用と異なるところである.
  • 柄本 三代子
    2015 年 65 巻 4 号 p. 521-540
    発行日: 2015年
    公開日: 2016/03/31
    ジャーナル フリー
    本稿は, 東日本大震災後多くの人びとの関心を引きつけながら専門家の評価・判断が依然として分かれたままの, 福島第一原発事故後の放射能汚染による被ばくのリスクと不安について, わかりやすさが求められるテレビ報道において, いかに説明され語られているかを考察した.
    たんに福島第一原発事故後の被ばくのみを分析対象とするのではなく, 利用可能なアーカイブを駆使し, 広島・長崎原爆やチェルノブイリ原発事故をめぐる報道も分析対象とした. これにより, 被ばくの不安とリスクが語られる際の共通性抽出を目的とした. データは視聴可能なものの中から1986年から2014年までに放送された番組を対象とした. 科学的リアリティの構築に「素人の語り」がどのように寄与しているのかという点に着目した.
    数十年にわたる被ばくの語りを対象化することにより, 現在の被ばくの影響や不安についての関心が, 専門家によってはあいまいでわかりにくい説明がなされたまま, 未来へと先送りにされていく事態について明らかにした.
    専門家による言説だけでなく素人の言説も考察対象とすることにより, わかりやすさが求められるテレビジョンの中で, 科学的不確実性を多分にはらむ被ばくが語られる際には, 素人によってわかりやすい説明がなされるだけでなく, わかりにくい専門家の話を素人が支えることも必要とされている点についても明らかにした.
  • 伊藤 守
    2015 年 65 巻 4 号 p. 541-556
    発行日: 2015年
    公開日: 2016/03/31
    ジャーナル フリー
    本稿の目的は, 日本における映像アーカイブズの現状を概括し, そのうえで映像アーカイブ研究, とりわけテレビ番組アーカイブを活用した映像分析の方法を考察することにある. アーカイブに向けた動きが欧米と比較して遅かった日本においても, 記録映画の収集・保存・公開の機運が高まり, テレビ番組に関してもNHKアーカイブス・トライアル研究が開始され, ようやくアーカイブを活用した研究が着手される状況となった. 今後, その動きがメディア研究のみならず歴史社会学や地域社会学や文化社会学, さらには建築 (史) 学や防災科学など自然科学分野に対しても重要な調査研究の領域となることが予測できる.
    こうしたアーカイブの整備によって歴史的に蓄積されてきた映像を分析対象するに際して, あらたな方法論ないし方法意識を彫琢していく必要がある. あるテーマを設定し, それに関わる膨大な量の映像を「表象」分析することはきわめて重要な課題と言える. だが, 「アーカイブ研究」はそれにとどまらない可能性を潜在していると考えられるからである. 本稿では, M. フーコーの言説分析を参照しながら, アーカイブに立脚した分析を行うための諸課題を仮説的に提示する.
  • 吉見 俊哉
    2015 年 65 巻 4 号 p. 557-573
    発行日: 2015年
    公開日: 2016/03/31
    ジャーナル フリー
    デジタル革命は社会的記憶の構造を持続的に変化させる. デジタル技術は同じ情報が大量複製されていっせいに伝播・流通し, 大量消費されていくというマス・コミュニケーションの回路に介入し, <生産→流通→消費> の空間軸の組織化を, <蓄積→検索→再利用> の時間軸の組織化へと転換させる. もはや <過去> は消えなくなり, 無限に集積されていく情報資源となる. ここで必要なのは, 文化の創造的「リサイクル」である. 古い記録映像は, 音や色を与えられて新しい教育の貴重な「資料」となり, 古い脚本のデータは新しいドラマ作品を創造していく基盤となる. この転換には, まず散在するさまざまな形態のメディア資産の財産目録を作成し, 原資料を安定的な保存環境に集めていく取り組みを進める必要がある. また, アーカイブ化されたデジタルデータについて, 共通フォーマットにより標準化を進め, 公開化と横断的な統合化を進めることも重要である. さらに, デジタルアーカイブ運用のための人材育成, 教育カリキュラムにアーキビスト育成を取り込んでいくことも必要となる. デジタル時代のアーカイブでは, 保存の対象はけっして政府・行政機関の公文書に限定されない. アーカイブ化される資料や情報には, 地域の人びとによって撮影されたり語られたりした情報が大量に含まれるし, マスメディアやインターネットの情報がともに保存されていく. それらの情報全体が, 国境を越えて結びついていくのである.
投稿論文
  • 櫛原 克哉
    2015 年 65 巻 4 号 p. 574-591
    発行日: 2015年
    公開日: 2016/03/31
    ジャーナル フリー
    本稿は, 社会生活への適応に困難を感じたために, 精神医療機関を利用した経験のある人々の語りを考察した. 近年の精神薬理学や臨床心理学的治療の拡充を受け, 精神医学においては従来の心理的・内面的な要因を対象とした治療に代わり, 患者の脳を中心とする生物学的要因や可視的な行動の矯正といった「フラット」な領域の治療が推進されている. N. Roseは, このような管理技術の浸透を, 精神医学の統治の「フラット化」の現象として指摘する.
    統治のフラット化を被治療者の観点から考察すべく, 筆者は医療機関への通院経験がある6名を対象にインタビュー調査を実施した. その結果, 「全人格型の語り」と「場面型の語り」の2類型が導出された. 「全人格型の語り」は心理学的な因果関係の文脈から過去との連続性を有する自己を導出するのに対し, 「場面型の語り」は現在属する社会環境内で問題となる思考や行動を限局的に調整しようと試みる断片的な自己という性質を有した.
    2つの語りは, 精神医学の治療構造の分裂を反映し, 医学のフラット化が不均質に浸透したことにより, 治療対象となる自己も分裂して生起することが確認された. このことから, 精神医療における統治により, 社会環境に適合的な自己が「フラットに」産出される一方で, 心理学的な主題に回帰して「精神の深部」を参照するような自己が, フラットな統治を下支えし治療の求心力として作用していることが示唆された.
  • 坂無 淳
    2015 年 65 巻 4 号 p. 592-610
    発行日: 2015年
    公開日: 2016/03/31
    ジャーナル フリー
    本稿では, 大学教員の研究業績の男女差について分析を行う. 多くの先行研究では, 平均的には男性の業績が多い傾向が示されている. しかし, 研究業績には性別という属性以外に多くの規定要因があり, それらの要因を統制したうえでも, なお性別が規定要因となるかを明らかにする必要がある. そこで, 2010年に日本の地方国立大学で行った調査から, 大学教員の1年間の論文数を従属変数とした統計的な分析を行う. その結果, 単純に平均値を比較すると, 年1本ほど男性の論文数が多い傾向があった. つぎに, 性別に加え, キャリア年数, 研究以外の業務量 (授業担当数や学内会議数), 出張日数, 分野, 職階を独立変数に入れた重回帰分析と, 低い値に偏る従属変数の分布に適合した負の二項分布回帰を行った. その結果, 性別は規定要因とならず, むしろ分野や出張日数が強い規定要因となった. 具体的には, 分野では医歯薬学と比べて, 他分野では少なく (農学は除く), 出張日数が多い人は論文数が多い傾向がある. また, 婚姻や育児状況, それらと性別の交互作用など家族面の要因を独立変数としても, それらは規定要因とはならなかった. 結論として, 他の要因を統制すると, 性別は研究業績の規定要因とならず, 性別という属性に基づく研究業績の差は見られない. くわえて, 出張日数が研究業績に与える影響の大きさと, 多様な状況にある研究者への出張支援の重要さが示唆される.
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