原子爆弾の災禍は,戦後日本において,「被爆国」を掲げる特有のナショナリズムの形成を促した.この被爆ナショナリズムは,核兵器の被災を国民の経験として捉え,核兵器禁止や被爆者援護を求める行動を展開させた.それは,国家と社会運動といった,大きく2つの対立する担い手によって支えられてきた.
本稿は国家による被爆ナショナリズムの形成に着目し,その政治力学を解き明かすことを目的とする.そのために,本稿は核兵器反対行動と原爆被爆者問題に対する自民党政権の態度と対応を検討する.
自民党政権において,被爆ナショナリズムは次の3つの仕方で展開された.第1は,核兵器を国外の問題とすることで,国民の核兵器反対行動の矛先を国外に向けようとしたことである.第2は,原爆を戦争の被害から区別し,政府の戦争責任と国家補償を不問にすることで,被爆者問題を国内問題にとどめ,「唯一の被爆国」という被害者共同体を維持しようとしたことである.第3は,第1,第2の根底にあって,それらを支える政治的な志向である.それは外交や軍事というハイ・ポリティクスへの影響を回避する態度である.
上記の3つは,自民党政権において最初から存在したわけではなく,社会運動や他の政党による働きかけがある中で,それらに対抗する立場として具体化された.国家による被爆ナショナリズムは,対抗するナショナリズムとの衝突を通じて形成されたのである.
抄録全体を表示