本研究は食塩結晶に異種陽イオンが混入した場合の格子欠陥の発生機構について検討を行なうと共に格子欠陥と結晶透明度との関係について究明せるものであつて, これを要約すれば次の如くである.
1) 従来は, 食品結晶に多価の陽イオンが混入した場合の格子欠陥の発生機構として, 混入イオンがNa
+イオンの格子点に入り込むと同時に, 結晶が電気的に中性を保つため, 必然的にそれに対応するNa
+イオンの空格子点の生ずることだけが考えられているが, この場合の格子欠陥の発生機構は更に複雑な性格を有するものと考えられる.
2) 異種イオンが混入した場合の結晶中の自由正空格子点の濃度は, 各混入イオンに応ずる, それぞれの所定温度に於て, 純粋食塩結晶に於けるものと同一濃度を保つものと考えられる.(この温度を各イオンの平衡空格子点温度と称することとする.)
3) 混入異種イオンは, 平衡空格子点温度以下の低温域では結晶に於ける熱的空格子点への抑制作用を有し, 平衡空格子点温度以上の高温域では, 熱的空格子点への促進作用を有するものと考えられる.
4) したがって, 結晶中の自由空格子点の構成は結晶育成に於ける温度領域によつて著しく異なる. 特に注目すべきは負空格子点に関してであり, 平衡空格子点温度以下の温度領域に於で, 異種イオンの混入量の増加するに従つて, 負空格子点は順次減少し, 遂に各異種イオンの極限混入量に於て皆無となるものと考えられる.
5) 食塩結晶の透明度を支配する液泡の吸蔵は結晶成長に際しての吸着層およびその膜先 (Step) の形態に密接な関係を有し, 吸着層の発生が頻繁で, かつ膜先の曲屈の烈しい場合は液泡の吸蔵が多い.
6) 結晶の格子配列の整然たる場合は, 吸着層は薄く, かつ, その膜先の屈曲も円滑であるが, 格子配列の乱れのある場合は膜厚も厚く, 膜先の曲屈も烈しくなるものと推察される. したがつて, 結晶中の液泡は結晶の格子配列の乱れの有無によつて左右されるものと考えられる.
7) 食塩結晶に於て, 格子配列の乱れは, Na
+空格子点の存在によつては起りえず, Cl
-空格子点の存在によつてのみ起るものと考えられる.
8) したがつて, 食塩結晶に於て, その透明度に対する主要な役割をなすものは負空格子点であり, これが減ずるに従つて透明度を増し, 皆無となれば完全に透明結晶となるものと考えられる.
9) 食塩結晶の透明度を左右する負空格子点の存否も結局は各イオンの平衡空格子点温度の問題に帰着することになり, したがつて, 従来の所謂媒晶イオンと称せられるものも, 特別に異なつた性質を有するわけではなく, 平衡空格子点温度に差違があり, これが比較的高く, 常温以上というに過ぎないのではないかと考えられる.
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