第四紀研究
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39 巻 , 5 号
選択された号の論文の7件中1~7を表示しています
  • 田中 真弓
    2000 年 39 巻 5 号 p. 411-426
    発行日: 2000/10/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    信濃川活褶曲地帯最南部に位置する十日町盆地を対象に,空中写真判読と詳細な地形・地質調査から,活褶曲と活断層の関係と褶曲運動の運動様式について考察した.当盆地に広がる約50万年前以降に形成された河成段丘群には,基盤である鮮新世から更新世にかけて堆積した魚沼層群の東翼より西翼が急傾斜という,非対称な向斜構造と対応した累積的な変形が認められる.またこの河成段丘群は,既知の活断層である十日町断層・珠川断層・津南断層と新たに認定した小根岸断層・霜条断層・宮栗断層による変位を受けている.当盆地内の活断層の活動度,変位地形から推定した断層面と地質構造の関係から,各断層をタイプ分けした.さらに,十日町盆地の活構造の活動を総合的に検討することを試みた.その結果,当盆地の褶曲運動は,少なくとも約50万年前から現在まで継続しており,盆地南部より北部において活発であることが明らかになった.また,当盆地の水平圧縮速度は1.4~2.7mm/yrより大きいと予想される.
  • 大串 健一, 根本 直樹, 村山 雅史, 中村 俊夫, 塚脇 真二
    2000 年 39 巻 5 号 p. 427-438
    発行日: 2000/10/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    2本の海底コア中の底生有孔虫群集に基づいて,過去約2万年間の親潮域における海洋環境を推定した.襟裳岬沖のST-5コア(水深2,098m)および釧路沖のST-21コア(水深1,083m)の底生有孔虫群集は,いずれも最終氷期から完新世への過渡期に著しい変化を示す.ST-5コアの最終氷期の群集が,現在の黒潮-親潮混合水域における水深2,000m付近のそれと類似することから,襟裳岬沖の深層水は最終氷期から現在まで変化しなかったと考えられる.しかし,完新世には海洋表層の生物生産が高くなったため,海底で有孔虫殻の選択的溶解が起こり,完新世の群集組成は大きく変化したと判断される.一方,ST-21コアの最終氷期の群集でEpistominella pacificaが優勢であることから,釧路沖の水深1,000m付近では北方起源の中層水の影響が最終氷期に強かったと示唆される.しかし,完新世前期には現在に近い低酸素で栄養塩に富んだ親潮中層水が成立し,中期に溶存酸素量は一時的に上昇するものの,後期になると再び低酸素で栄養塩に富んだ中層環境が存在したと推定される.
  • 嶋田 智恵子, 村山 雅史, 青木 かおり, 中村 俊夫, 長谷川 四郎, 大場 忠道
    2000 年 39 巻 5 号 p. 439-449
    発行日: 2000/10/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    約7,300年前以降をカバーするピストンコア試料を用いて,完新世におけるオホーツク海南西部の古海洋環境復元を目的とした珪藻分析を行った.そして,産出する珪藻群集は全層準を通じて,高生産指標種および海氷指標種が優占し,前者が現世に向かって増加すること,宗谷暖流を指標する温暖種Fragilariopsis doliolusが低頻度ながらパルス状に産出することを明らかにした.完新世には南西オホーツク海で温暖水がパルス的に流入し,同時に生産性も向上してきたことが示唆される.そして,温暖種のパルス状産出は,日本海で見出された対馬暖流の脈動だけではなく,北海道東部オホーツク沿岸地域の海水準変動曲線や,遺跡中に出土する温暖性二枚貝遺骸の時間分布とも調和する.
  • 西村 裕一, 宮地 直道, 吉田 真理夫, 村田 泰輔, 中川 光弘
    2000 年 39 巻 5 号 p. 451-460
    発行日: 2000/10/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    北海道東部の霧多布湿原において,湿原堆積物の掘削調査から泥炭層中に連続する層厚3cm以下の砂層を発見した.この砂層は,海側から内陸側に向かって層厚や粒径を減じ,比較的層厚の大きな地点では級化構造を呈する.また,乾燥化や塩分濃度の低下に伴って発生する珪藻化石を産出することから,この砂層を津波堆積物と認定した.砂層の下位には泥炭層を挾み,1739年の樽前a火山灰(Ta-a)と1694年の駒ヶ岳C2火山灰(Ko-c2)の2層の火山灰層が確認された.これらの火山灰層の年代をもとに泥炭の堆積速度を求めたところ,この砂層の年代はおよそ1810~50年代と推定された.1843年に,北海道東部の厚岸を中心に46名の犠牲者を出した北海道南東岸沖地震津波の歴史記録があり,この津波の前後に規模の大きな津波が霧多布湿原一帯に押し寄せた記録はないことから,本砂層は1843年の津波によりもたらされた堆積物と考えられる.
  • 能條 歩, 加藤 孝幸, 大島 直行
    2000 年 39 巻 5 号 p. 461-469
    発行日: 2000/10/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    有珠山山頂の西約5kmの史跡入江貝塚(縄文時代)の発掘で,この貝塚を破壊して形成されたと見られるすり鉢状の埋没古地形が発見された.このすり鉢状古地形群は,1)1663年の有珠山の降下火山灰(Us-b層)によって覆われる,2)開口部周辺には基盤から由来したローム質シルトが飛散している,3)下底中央からは開口部の直径に比例した大きさの角~亜円礫が発見されることが多い,4)人工的遺構とは異なり,基盤との境界が不明瞭である,5)下底から発見される岩塊は岩石学的に有珠山の熔岩や基盤の岩石と類似する,などの特徴を持つ.これらの特徴から,この古地形群は1663年の噴火活動により有珠山から飛来した岩塊により形成された衝突孔(インパクトクレーター)の可能性が高いと考えられる.本報告のインパクトクレーター状地形について,これまでに得られている情報はごく限られ,史跡中にあるため詳細を独自に調査し,その性格を特定するまでには至っていない.しかし,これらの古地形群は,少なくとも火口から5km圏には岩塊飛来の可能性があるということを示唆する.今後,ほかの活火山周辺における考古学的な発掘や一般土木工事などに際しても,このような火山学および火山防災上重要な古地形が存在する可能性に留意する必要があるといえる.
  • 谷野 喜久子
    2000 年 39 巻 5 号 p. 471-478
    発行日: 2000/10/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    下北半島尻屋崎に発達する田名部段丘(標高約20m)上には,西の海岸線を中心に,砂丘が分布する.この砂丘は,砂礫層とこれを覆う赤褐色火山灰が段丘端で風食を受け,ブロウアウト(風食凹地)が形成され,その後方に風成物質が堆積してできたものである.それゆえ,pH(NaF)が9.4以上で,火山灰起源と推測される69μ以下の粒子の含有量が砂丘構成物全体の約70%を占めており,一般の海岸砂丘とは性質を異にする.形成開始時期は,砂丘直下の埋没腐植層の14C年代値が8,350±165yrs BPであることから,縄文海進期に対応する.こうした砂丘は,その性質上単なるsand duneあるいはレス堆積物と区別して分類する必要があり,テフラが広く分布する日本列島ではほかにも存在する可能性がある.
  • 岡澤 祥子
    2000 年 39 巻 5 号 p. 479-486
    発行日: 2000/10/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    旧石器時代の遺跡において,石器集中部は空間構造を理解する上での基本的な分析単位であり,これらの差異を把握することが遺跡の機能差を知る手がかりとされる.石器以外の遺物の増加が期待できない日本国内の旧石器時代遺跡においては,現状で獲得可能な試料をいかに利用して石器集中部間の差異を導き出すかが課題である.今回行った野外石器製作実験では,製作過程で生じる0.25mm以上の全剥片について,剥離工程別の出現率と平面分布傾向を検討した.その結果,適切な土壌サンプリング手順に基づいて砂粒サイズの剥片を分析することで,石器集中部の差異を把握する新たな切り口が得られるとの予見を得た.
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